20 修行半分、下心半分
教養の授業を終えた、帰り道。
並木道を歩く空。
このオニマディッカ魔術学園は、本館を出て並木道を行くと、左手にグラウンド、正面に正門、右手に学食や図書館等の建物が並ぶ設計となっている。
本館と正門を繋ぐ並木道は生徒の誰しもが通る道であるため、道幅10メートル以上とかなり広めに設計されていた。
正門を出て林道を5分行くと、住宅街に出る。
そこに空の住む寮がある。
学園や住宅街は道路を石畳で整備され歩き易いが、途中の林道は整備されていないため、雨の日は嫌だなあと思う空であった。
空は住宅街を通り過ぎ、商店街へと向かう。
商店街は住宅街の隣にあり、距離もかなり近い。
様々な店が立ち並ぶ中、空は今日も精肉店へと入った。
「お、これは……」
空は今日もオロクス肉のステーキでいいやと思っていたのだが、ある肉が目に入る。
それは、スースと書かれていた。
スースの肉……どう見ても豚バラ肉のスライスだった。
「これください」
空はスースのバラ肉のスライスを二枚ほど買って、帰宅した。
空は寮のある通りに差し掛かると、寮の前に誰かがいるのが見えた。
「あれ…………システィさん?」
そう呟くと、システィと思われる影はビクッと動いた。
「……よ、よう」
空に気付いたシスティは弱々しくそう言う。
「どうかしましたか?」
空がそう話しかけると、システィは意を決したように空の目を見据え――
「あ、あのよっ……!」
――ることはできなかったので、空の胸元を見て喋った。
「あたしに、魔術、教えてくれねぇか……?」
システィの声は緊張で震えていたが、空にはそれが緊張だとは分からない。
怒りか、我慢か、決意か、どちらにせよそういった切羽詰った理由で、自分に魔術の教えを乞うているのだと空は考えた。
「……理由を聞いてもいいですか?」
空はそう聞く。
システィはぐっと拳を握り、空の目を見て言った。
「あたし……強くなりてぇんだ」
それは嘘ではない本当の理由。
空に魔術を教わることは、システィにとって空との会話のきっかけだけではなかった。
システィはそれ以上は語らない。
だが、システィにはどうしても強くならなければならない理由があった。
それは、彼女がハンターを続ける理由でもある。
「…………分かりました。僕の修行は厳しいですよ?」
空は、何かワケがあるのだと察す。
役に立てるかは分からないが、できる限り自分も協力してあげたいと考えた。
「……へっ、天下の鬼神様だぜ? なめんじゃねぇ」
システィは嬉しそうに、そして得意げにそう言って笑った。
笑顔が実に可愛い女の子である。
その笑顔にはもう緊張の色はなかった。
「よし、そうと決まれば僕は今日から師匠だ。呼び捨てにさせてもらうよ、システィ」
空が名前を呼び捨てにした瞬間、システィは俯く。
「…………ぁぅ」
その耳は真っ赤になっていた。
「……し、システィ・リンプトファート。19歳。け、剣が得意」
空とシスティは、先ずはお互いのことをよく知ろうということで、自己紹介タイムに入った。
システィは借りてきた猫のようにおとなしい。
それもそのはず、自己紹介は空の家の中で行っているからである。
二人はテーブルをはさんで、向かい合って座っていた。
「なるほど。志望動機は?」
「強くなりてぇ、から」
「なるほどなるほど……」
空は不自然におとなしいシスティを相手に、非常にやり辛そうにしている。
「じゃあ、僕の自己紹介だね」
コクリと頷くシスティ。
彼女の頭の中では”二人きり”という四文字がグルグルと渦巻いていた。
「僕は空・春野。21歳。体力は全然ないけど、魔術はちょっと自信ある。上手く教えられるか分からないけど、これからよろしくね」
「おっ、おう」
今度は”年上”という二文字がグルグルするシスティ。
「えーっと、それで……魔術を教えて欲しいってことだけど」
空は半ばシスティの目力に押されて引き受けたが、現状は彼女が魔術を使えるかすら分かっていない。
「教わるにあたって何か希望とかある?」
強くなりたいという理由だけではどうにも魔術の何を教えて欲しいのか見当がつかなかった。
「あたし火属性魔術しか使えねぇんだよな……」
ぽりぽりと頬を人差し指でかきながら、バツが悪そうに答える。
「ん、何が使える?」
「初級はだいたい……あ、あと中級の【炎火】を使えるぜ!」
「そっか、じゃあいきなり色んな事するよりは、今使える火属性魔術を伸ばした方が良いと思うんだけど、どうかな?」
「そ、そうだな! そうする!」
空がそう提案すると、システィはコクコクと頷く。
「オーケー。そしたら早速だけど、勉強しようか」
「お、おうよ!」
まともに会話が出来る程度には落ち着いたシスティだが、やはり所々でぎこちなかった。
空は棚から紙と鉛筆を取り出すと、何やら書き始める。
火が燃える原理や火の特性をできるだけ分かりやすくまとめた。
空気中に酸素という目に見えない小さな粒子があり、その酸素と燃料と熱によって火は燃え続ける――といった感じの、理科の授業のようなものだ。
「はい。これを覚えましょう」
そうして紙を渡されたシスティはきょとんとしていた。
「え、覚えるってよぉ……魔術の修行だろ?」
怪訝な顔をするシスティ。
彼女はわりと顔に出やすいようだ。
「まあまあ騙されたと思って……あ、そうだ。その前にちょっと今の魔術の実力を見せて貰ってもいいかな?」
「あぁ? いいけどよ……」
空はそう言うと、システィを連れ立って庭へと出た。
庭は縦3横4メートルほどの狭さで、ウッドデッキも含めるとそれなりに開けた空間となっている。
「よし、じゃあここに立ってそこに【炎火】を打ってみて」
空はウッドデッキの端を指差してから、庭の中心を指差してそう指示をした。
「おう」
システィはそこへ立つと、深呼吸をして、手をかざした。
ボゥと炎が現れる。
大きさは2メートルもあろうかという大きな炎。
「有難う。そしたら次は、できる限り大きな炎のイメージで【炎火】を撃ってみて」
「でけぇイメージ、か」
ぎゅっと目をつぶり、手をかざす。
先程と同じくらいか、それより少しだけ大きいくらいの炎が上がった。
「チッ……むずいな」
イメージしても実現は難しいようだ。
空は、その上手くいかない原因は魔術が【炎火】のイメージに固定されてしまっていることか、そのイメージが正しい認識ではないため効率が落ちているのか、またはそのどちらかか、と推理する。
「有難う。もう大丈夫」
炎が消えると、空とシスティは部屋に戻った。
「今のは何だったんだ?」
システィは気になって、空にそう尋ねた。
「まあ、ちょっとした実験というか確認というか……。とりあえず、システィが今出した【炎火】よりもっと大きい【炎火】を出せるようになったら、修行成功。分かりやすくていいでしょ?」
「ぁん? さっきも思ったけどよ、【炎火】は【炎火】なんじゃねぇのか?」
空は思う。
やはり魔術を級分けされた定形のイメージで覚えるのは、思考が凝り固まって魔術の可能性を存分に引き出せないと。
この凝り固まった状態に、新しい概念を植え付けるのは至難だと思うが、それはシスティに頑張ってもらうしかない。
「そこはちょっと難しいところなんだけど……頃合を見て教えるよ。先ずはその紙の内容を理解すること。それが先決だ」
「おう。分かったぜ」
ニカッと笑うシスティ。
彼女はリビングの椅子に座るとテーブルに紙を置き、目を爛々と輝かせて見入った。
茶髪のロングヘアーが肩をするりと撫でて重力に従う。
空より少し低いくらいの、女性にしては高身長なシスティの発育は良く、下を向くシスティの胸元には谷間が覗いていた。
空は慌てて目を逸らす。
思えば女性を家に呼んだ事は人生で初めてだった空は、部屋に女性と二人きりだということをこの時初めて意識した。
「シ、システィ。そんなに直ぐに理解できるものじゃないと思うから、持って帰ってゆっくりと読みなよ」
「そ、そうだな」
空がそう言うと、システィは同意して紙を持って立ち上がり、玄関へと向かった。
やはり新しい概念というものは、そう簡単には理解できない。
「何か分かんない事とかあったら、この時間なら家にいると思うからいつでも訪ねてきていいよ」
玄関のドアの前で見送る空。
システィはもじもじしながらも、意を決して返す。
「…………ありがとよ。そ、ソラっ」
そう言い残して、システィは去って行った。
出会ってから初めて、空の名前を呼んだシスティ。
あたしだってやれば出来るんだぜ、と決まり文句で自分を褒めながら帰宅するシスティであったが、心臓の早鐘が鳴り止むのはかなり先のことであった。
お読み頂き有難う御座います。
システィが何故強くなりたいのかはいずれ。
二人は大分自然に話せるようになってきました。
次回から魔術の研究開始です。
空とリーシェが色々と会話をするのですが……。
<追記>
1000000PV突破致しました!
偏に皆様のご支援の賜物と心より感謝しております。
今後共、ご愛読の程、宜しくお願い致します。




