02 ISKにようこそ!
まだ若干掴めてないですが勢いで乗り切った感があります。
どうぞ宜しくお願い致します。
「異世界にようこそ。ソラ・ハルノ君」
老人はそう言うと、目を輝かせにやりと口を歪めて楽しそうに笑った。
空は驚いた。
その一番の理由は、老人がたった今喋った聞いたこともない言語を理解できたからである。
そして、老人は確かに言ったのだ。空・春野、と。
「どうして僕の名前を……?」
「今日この場所にソラ・ハルノ君が来ると予言しておった」
日本語が通じた。
通じたはいいが、今度は老人の言っている事の意味が分からなかった。
「予言って…………」
「儂が95歳の頃に、異世界の者ソラ・ハルノが221年後この場所に来ると予言した」
老人は至って真面目な目をして、微笑みながら空にそう言った。
「ソラ君にとって、ここは異世界じゃな」
空はかなり混乱していた。
確かに考えた。異世界に飛んだんじゃないかという可能性は一瞬考えたが、馬鹿馬鹿しいと一蹴した。自分が異世界に飛ぶだなんて、有り得ない。そう思うのは当たり前だが、目の前の老人を見て、その有り得ない事が有り得てしまったんじゃないかと、考え直さざるを得なかった。
「まあ、色々と考えても無駄だのう……よし、儂が面倒を見てやるから付いて来なさい」
老人はそう言うとくるりと方向転換し、赤い布を辿る道を進んで行った。
空は思考の渦から抜け出せずにいたが、仕方なく老人に付いて行った。
暫く歩くと、開けた場所に出た。そこには三角屋根の大きなログハウスがあり、その前はテニスコート2つ分ほどの広場となっていた。
「ここが儂の家じゃ。今日からここで暮らすと良い」
老人はログハウスのドアを開け、空を中へと案内した。
「この椅子に座りなさい」
そう言って指差す椅子は、なかなか年季の入ったものだった。
空は訳も分からず座ると、向かいに老人が座った。
「さて、ソラ君。聞きたいことは沢山あると思うがのう……まずは自己紹介じゃな。儂はエニマ・トゥルグと言う。エニマと呼んでくれ」
そう言うと老人エニマはにやりと笑った。
「僕は春野空と言います。早速ですが質問してもいいでしょうか、エニマさん」
「何じゃ」
「何故言葉が通じるのですか」
「魔術じゃ」
「魔術じゃって……冗談きついですよ」
「冗談ではないがの」
「そうですか……」
「ソラ君。君は異世界に来たばかりだというのに随分と冷静じゃな」
「いえ、今も割とパニックですよ。でももしかしたら一周回って逆に冷静になったのかもしれません」
「そうか。他に質問はないかの」
「ええっと、質問したいことを整理するので少し待って下さい」
「わかった」
空は互いに知らない言語を使っているのに何故言葉が通じるのか、その理論を知りたいと思った。仮説はある程度立ったが、如何せん魔法というものが分からない。
空は魔法についても知りたくなった。
ここにきて空の知的好奇心はフルスロットルになった。これは理系大学生の性というか、そういうものだ。
だが、優先順位的にそれは後回しにせざるを得ないだろう。先ずはそう、ここが異世界だとして、地球に戻る方法である。
「纏まりました」
「ふむ、大分落ち着いたようじゃな」
「ええ。先ず聞きたいことは、元の世界に帰れるかどうかです」
空がそう言うと、エニマは眉毛をハの字にしながら即座にこう返した。
「無理じゃ」
空は泣いた。
「落ち着いたか」
「……はい、まあなんとか」
冷静そうに見えて実は一杯一杯であった空。
未だ現実感は薄いが、自分の置かれた状況を理解しようと努めた。
「元の世界に戻れんのは残念じゃと思うがの」
「……ちなみに何故戻れないんでしょうか」
本当に戻れなかったら。そう思ったとき、異世界に着の身着のまま投げ出された孤独感と、二度と家族や友人に会えないのだという悲しい感情が空を苛んだ。
「その様子なら、どうやって自分が異世界に来たのかもわからんのじゃろう? 加えて、今まで長く生きてきた儂が見たことも聞いたことも無い世界間移動など、おそらく不可能じゃな」
「僕もそう思います……」
「エニマさん。ここでお世話になってもいいんですか……?」
暫く泣いていた空だが、落ち込んでいても仕方ないと思い自制した。
すると空は、地球に戻れないということはさて置き、エニマ・トゥルグという老人にいくつかの疑問が湧いてきたのだった。
「うむ」
「何故そんなにご親切に……? そう、それと、予言についても詳しく教えて欲しいです」
空はエニマが予言と言っていた事を思い出し、質問してみた。
「よし。順序立てて話してやろう。まず、儂はエルフという種族じゃ」
「エルフ、ですか……」
「エルフ族の寿命は人間と比べると長くてのう、大抵300年は生きる」
「さ、300年!?」
「そうじゃ。儂は今316歳じゃから、エルフでも長生きな方じゃの」
「ええっ!!?」
「エルフ族の特徴について知りたければ後で本を読めば良い。それよりも、今は予言の話じゃろうて」
「あっ、そ、そうですね。失礼しました」
空の知的好奇心が徒らに刺激された。
空が気を取り直すと、エニマは自身の予言について語りだした。
「儂は天性の才を持っておった。それが予言魔術である」
空は魔術という言葉に反応する。
「魔法なのですか?」
「うむ」
エニマは腕を組み偉そうに言った。
「儂の他に予言魔術を使う者はおらぬじゃろう。それ程の珍しい魔法じゃ。三日三晩寝ずに魔力を蓄え続けることでやっと予言ができるのじゃが、その過酷さ故おいそれとはできなんだ」
エニマは深く目を閉じて言う。
「その予言魔術は様々な事を予言した。100年後の戦争であったり、10年後の飢饉であったり、一ヶ月後の嵐であったりのう。その儂の予言の中で、二番目に遠い未来を予言したもの。それが……これじゃ」
エニマはそう言うと、ある巻物を棚から取り出した。
その古ぼけた巻物をテーブルに広げると、そこには……
「……すみません、何て書いてあるんですか?」
「おおっと、そうじゃったな。ソラ君は読めないのか」
言葉は通じるが、文字は駄目なようだ。
「ここには、異世界人であるソラ・ハルノ君が何年後の何月何日に何処の場所に来るかが記されてある」
「なるほど、だから僕のところにエニマさんが……ということは、あの赤い布も?」
「うむ。儂が10年程前にここに引っ越してきた時に巻きつけたものじゃ」
空は納得した。あの赤い布はエニマさんが道に迷わない為につけたものだったのだ。つまり、空側から赤い布が連なっていたのではなく、空側へと赤い布が連なっていたということになる。
「凄いですね、その予言魔術は。こんなに正確に的中させるなんて」
「うむ。だからこそ不思議じゃった」
何が不思議なのか、と空は思う。
エニマは悩む様に顎の白髭に手をやりながら言った。
「予言といえば、先も言ったように戦争や災害の様な大きなものばかりが出ておった。しかしこの予言だけは他と毛色が全く違ったのじゃ」
毛色とはどういうことだろう、と空は思う。
「異世界人というのは気になったが、そのソラ・ハルノという輩が暴れるなり災厄を招くなりとは予言されんかった。ただ単に”来る”とだけ予言されたのじゃ」
空は、言われてみれば、といった表情で顔を上げ、そして少し首を傾げた。
「それは……何ででしょう。不思議ですね」
勿論、空自身が来たくて異世界に来たわけではないので、空が世界間移動をした理由は誰にも分からない。
「ソラ君の事じゃろうて、ソラ君に分からなければ儂にも分からん。まあ、じゃからかのう。今、儂はソラ君の事は暫くここで世話しようと考えた。予言の真意が分かるまでじゃが、儂と一緒に暮らしてはくれまいか」
今そう決めたらしいエニマ。
元々空と暮らすつもりは無かったということか。
「儂はどうしても、この予言の真意を知りたいのじゃ」
エニマがこの予言をしたのは221年前。そして老いた体で10年前からこの地で、空の事を待ち構えていたのである。
二番目に遠い予言、その真意を確かめるべくエニマは残る余生をここに費やすつもりでいた。
空は少し穏やかな表情になり、ぺこりと頭を下げお辞儀をして言った。
「こちらこそ、助かります。お世話になります」
空としてもこの世界での身寄りができることは嬉しかった。
こうして、異世界へと飛んだ空は無事エニマに保護された。
次回は空が魔術を覚えます。
空のポテンシャルが明らかに……。
お読み頂き有難う御座います。
<追記(2014 6/14 21:13)>
カギカッコ等修正しました。