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16 親思ふこゝろにまさる親ごころ

「……ぅ、ん」

「ソラ君!」

 空が目を覚ますと、そこは保健室のベッドの上だった。

「……グリシー、か」

「大丈夫? どこか痛くないかい?」

「うん。多分大丈夫。僕は一体どうしたの?」

「魔力枯渇さ。あれだけの魔術を放ったんだから、当たり前だと思うよ」

「そっか、これが魔力枯渇……」

 空は酷い倦怠感に陥っていた。

「あの魔術……凄いね。震え上がったよ。素晴らしく、そして美しい魔術だと思った」

 グリシーは興奮冷めやまぬ、という感じで言う。

「成功してよかったよ。もし失敗してたらと思うと……」

「うん、本当に。竜巻に巻き込まれて死んでいただろうね……」

「あ、いや、そうじゃなくて。あの真空の中心に僕らも巻き込まれてぺしゃんこだったろうなって」

「…………」

 グリシーの額を冷や汗がつたった。

「……ソラ君、今度僕の前であれ使うときは許可を取ってからにしてね」

「えぇ? さっきも取ったじゃないか、許可」

「今のを聞いたらとても許可なんて下ろせないよ……」

 グリシーは苦笑いする。

 空は、ふと思い出し言った。

「そう言えば、グリシー」

「何?」

「君って凄く良い奴だな。これからも僕の友人でいて欲しい」

「勿論。僕としてはそれ以上の関係でもいいけどね」

「ははっ、よろしく」

 空とグリシーは笑顔で握手する。

 空は自分の危機に駆けつけてくれたグリシーに、熱い友情が芽生えていた。

「……そうだ」

 ふと、急にグリシーの顔が嫌悪に歪む。

「どうしたの?」

「一連の事件の犯人をどうしてやろうか、とね」

「犯人? ……あ」

 空は思い出した。

 竜巻から逃げる際、リーシェが空に向けて放った土属性魔術を。

「確証はないけど、植木鉢も多分あの女の仕業だよ」

 グリシーは忌々しげにそう言う。

「うーん…………」

 空は考えた。

 何故リーシェは自分にこんなことをしたのだろうか、と。

 空にはリーシェに恨まれるような事をした記憶は一切ない。

 また、お互いの接点は、アルギンとオニマディッカ家しかない。

 となると、おそらくはそれに関わる何かが原因なのだと、空はそこまでしか推理できなかった。

「グリシー。リーシェさんをここに連れて来ることはできるかな?」

「ソラ君の頼みなら」

「……悪いけど、お願い」

 空はグリシーにそう頼むと、ベッドから体を起こした。

 そして、保健室から出ていこうとするグリシーを呼び止める。

「あっ、待って、グリシー」

「何だい?」

「その、僕が転んだ時に助けに来てくれただろ? あれ、凄く嬉しかったよ。有難う」

「――――っ!」

 グリシーの頬が瞬時に熱くなった。

「な、何言ってんだよ、当たり前じゃないか」

「ただのホモ野郎と思ってたけど、考えを改めないとなぁ」

 ははっと笑って、空は言う。

 グリシーは平静を取り戻し、微笑みながらこう返す。

「ふふっ。まって、それは誤解だよ。僕はバイさ」

「…………」

「おーい」

「……行ってらっしゃいグリシー」

「あ、うん」

 グリシーはリーシェを呼びに走った。



―――



 教室の扉が開く。

 委員長が迎えに来たみたいだ。

 私は立ち上がって、そちらへ向かう。

「保健室に来てくれ」

 そう言う彼の私を見る目は嫌悪に溢れていた。

 それもそうだろう。命を奪われかけたのだから。

「……申し訳ないことをしたわ。ごめんなさい」

 自分でも信じられないくらいにか細い声が出た。

「……それは、ソラ君に言うことだな」

 彼は目も合わせずに、私に背を向けると歩き出した。

 理由を問わないあたり、彼のソラへの気遣いが見て取れる。


 保健室の扉を開くと、そこにはベッドに腰掛けたソラがいた。

 彼の顔を見ると、未だ嫉妬心に苛まれる。

 委員長は気を利かせて退室したみたいだ。

「座って」

 彼はそう言うと、私の前に椅子を差し出した。

 私はそれに座る。

「えっと……」

 彼は考えるような仕草をとった。

 先に謝らないと、と咄嗟に思った。

「ごめんなさい」

 頭を下げる。

 彼はどんな顔をしているのだろうか。

 私の謝罪を受け入れてくれるだろうか。

「……いや、いいんだ。顔を上げて」

 私は恐る恐る顔を上げた。

 そこには、困ったように笑う彼がいた。

「やってしまった事は仕方ないよ。ただ、理由を聞かせて欲しい。なんでこんなことしたの?」

 まるで子供を諭すように、私にそう問いかける。

 もしかしたら、歳上なのかもしれない。

 しかし、これは……いや、話さないと駄目だろう。

「…………貴方が、羨ましかった……」

 ぼそりとそう呟くと、私は歯止めが利かなくなった。

「お母様に認められて、期待されている貴方が羨ましかったのよ。だって……だって、突然! お母様の息子みたいにっ! 貴方がっ!」

「落ち着いて」

「期待しているなんて、私は生まれてから一度だってお母様に言われたことはないわ! なのになんで! なんでぽっと出の貴方なんかが!」

 頭に血が昇るのが分かる。

「嫉妬したわ……そしてお母様は騙されているのだと思った! お母様に擦り寄って薄汚い真似をしている男を痛めつけてやろうと思った!」

 気がつくと、彼に掴みかかっていた。

 我に返り、ふっと胸ぐらを掴む手を離す。

 彼はずっと私の目を見て、話を聞いてくれている。

 情けなくて、涙が出てきた。

「…………でも、違ったわ。貴方は本当に魔術の才能があって、本当にお母様に期待されている」

 涙が溢れ視界を濡らす。

「きっと、お母様は、私なんか要らないのだわ。だから……」

 そう自分で口に出すと、途端に悲しい気持ちになった。

 私の今までの頑張りが全て無駄だったのだと、自分自身で認めてしまうようだったから。

「……血の滲むような努力を重ねて魔術を勉強したわ。礼儀作法だって、教養だって、一生懸命に学んだ。それもこれも、お母様に認められたい一心でよ。お母様は私にいつも厳しかったわ。私もそれに答えられるように頑張った。頑張って頑張って必死に頑張って、そして、その全てを貴方の登場で否定された私の気持ちが分かるかしら?」

 こんなことを言われても、彼にはどうする事もできないと分かっている。

 それでも、ぶつけてしまった。

 私は分かって欲しかった。

 私の努力を分かって欲しかった。

 私の頑張りを認めて欲しかった。

 それは、誰よりも、お母様に。

「…………僕は、昨日、アルギン様に騙されて契約書にサインしたんだ」

 お母様に騙された。

 その言葉に私は反応する。

 しかし、何故だか、目の前の彼が嘘をついているようには思えなかった。

「その内容は、多分僕を養子にするとかそんな事だったと思うんだけど、それに気付かずにサインした結果、僕はソラ・ロイス・オニマディッカって名前になっちゃったんだ」

 それはつまり、お母様がソラをオニマディッカ家に入れたいがために、策を打ったという事。

 お母様ならやりかねない、と私は思った。

「だからね、僕の本当の名前は、空・春野っていうんだ」

 ソラ・ハルノ。

「……それが、どうしたというの?」

「僕が本当にソラ・ロイス・オニマディッカだったら、アルギン様にリーシェさんと同じ様な扱いを受けていたんじゃないかなって」

 どういうことだろうか。

「僕が思うに、多分リーシェさんはアルギン様に期待されてないわけじゃないと思うよ。むしろ特別に思われてる気がする」

 彼は何を言っているのだろう。

 お母様は私にいつも厳しく、辛辣で、褒めて貰ったことなど過去に一度もないというのに。

「期待してなかったら、きっと無関心になると思うんだよね。リーシェさんはアルギン様に”特別に”厳しくして貰ってるんじゃないのかなって」

 有り得ない。

 そんなわけがない。

「だったら……何故お母様は私に厳しいのかしら? 私に特別な才能が無いからに決まってるわ。絶対に期待なんてされてない」

「それは、うーん、なんと言ったら伝わるか……家族だから特別っていうか、自分の子供には特別厳しくしちゃう親心みたいなものがあるんだよ」

 私はそうは思えない。

「随分と都合のいい解釈ね」

「そうかもしれない。けど、その可能性は十分にあると思うよ。僕が言うと気に障るかもしれないけど、そんなに気を落とすことはないと思う」

 私はそこで、はたと気が付いた。

 彼が私を慰めてくれているということに。

「貴方……」

 彼は、気に障るかも、と言った。

 確かに、嫉妬心はある。

 でも、私があんなことをしてしまったにも関わらず、私の事を理解しようと話を聞いて、その上慰めようとまでしてくれている彼に腹を立てるほど私は屑じゃない。

「まあ、うん、そっか。そんな理由があったんじゃ、やっぱりリーシェさんを責めることはできないよ」

 彼はそう言って、私を見て案じるように微笑んだ。

 それは、許してくれるということだろうか。

「……でも、私はあんなに酷い事を」

「確かにちょっとムカっとしたけど、理由が理由だしね。もうあんなことしないでしょ? やってしまったことは仕方ないから、許すよ。でもちょっとしたお願いは聞いてもらうことになるけれど……あ、決して悪いことじゃないから心配しないで」

 彼は許すと言ってくれた。

 私は、何故だか分からないが、涙が溢れてきた。

「……辛い思いをさせてごめんね。罪滅ぼしではないけど、リーシェさんがアルギン様に褒めて貰えるように僕も協力するよ」

 涙が止まらない。

 何故だろう。

 許して貰えて安堵したからだろうか。

 理解され、慰めて貰ったからだろうか。

 それもこれも、目の前のこの男が優しすぎるのがいけない。

 私はわんわんと声を出して泣く。

 ああ、こんなに泣いたのは久しぶりだ。

 私は泣きながら考える。

 それは不思議と彼の事だった。

 ソラ・ハルノ。

 お母様が認めた男の事――――


 お読み頂き有難う御座います。

 ご意見ご感想お待ちしております。


 親子間の問題って互いにとっては難しいものですが、他人にとっては簡単に感じることってありますよね。


 次回は、空が研究へ向けての準備を始めます。


<追記(2014 6/14 0:08)>

100000PV突破しました!

感謝感激です。

皆様のご期待に応えられるよう、精一杯頑張ります。

これからもご愛読の程、宜しくお願い致します!


<修正(2014 6/14 18:53)>

ご都合主義な → 随分と都合のいい

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