15 後悔
「それでは、最後の挑戦ですね。今回はこの3人が残りました。やはり【吸風】は難しかったでしょうか」
そう言ったヒーチは3人の方へと視線を向ける。
残った3人は生徒達の前に集められていた。
その3人というのは、空、グリシー、そしてリーシェである。
「最後は、風属性上級魔術【竜風】です。この魔術はコントロールが難しいので、無理だと思ったら即座に中止してください」
ヒーチは一歩前に出た。
そのすぐ後ろに3人、その15メートル程後方に生徒たちが待機している。
両手を前方に掲げ、目を閉じ魔力を念じる。
20秒もそれを続けると、ヒーチの30メートル程前方に風の渦が巻き上がった。
その渦はどんどんと肥大し、1つの大きな竜巻のようになった。
「すごい……」
生徒の誰かが呟く。
ヒーチは、そこから少しずつその渦を小さくしていった。
そして渦が全長5メートルに満たなくなると、その手を下ろす。
「これが【竜風】です。それではグリシー君からやってみましょう」
ヒーチはそう言って、グリシーを促した。
「はい」
グリシーは返事をし、前に出た。
手を前に突き出し、魔力を念じる。
すると前方に小さな風の渦が浮かぶ。
それは細く、長く、きめ細かい糸を紡いだような美しさだった。
十数秒間その状態が続くと、細長い風の柱は雲散霧消した。
「はぁ……はぁ……」
グリシーは息を荒くし、元の位置へ戻る。
「グリシー君、惜しかったですね。ですが、グリシー君らしい良い魔術でした」
「はい、有難う御座います」
ヒーチにそう言われると、グリシーは疲れた表情で微笑んだ。
「では、次はリーシェさん。お願いします」
「はい」
リーシェは前に出ると、両手を前方にかざす。
魔力を30秒程念じ続けた。
すると、前方にヒーチの時のような風の渦が巻き上がる。
それはどんどんと大きくなり、ヒーチの【竜風】には及ばないものの引けを取らないくらいの大きさにまで成長する。
「流石リーシェ様ですわ」
「すごいですね……」
生徒達からは賛美の声が上がった。
そこから、今度は竜巻がどんどんと高くなっていった。
そして、ついには先端が上空の雲と繋がる。
「これは……!」
ヒーチは異変を察知した瞬間に叫んだ。
「リーシェさん! 魔術を中止しなさい!」
リーシェはそう言われ、手を下ろし魔術を消した。
――消した、はずだった。
「やはり……っ!」
ヒーチが叫ぶ。
リーシェが【竜風】を消しても、竜巻がそこに残り続けてしまった。
自然現象として、竜巻を発生させてしまったのだ。
その大きな竜巻は、少しずつ手前に向かってくる。
「くっ……【旋風】ッ!!」
ヒーチはその竜巻に向かって風属性上級魔術【旋風】を放った。
凄まじい強風が竜巻へ襲いかかる。
しかし、その【旋風】も竜巻へと飲み込まれ、気流の一部と化した。
「駄目ですかっ……仕方ない、本館へ避難しますよ!」
そう宣言したヒーチは後方へと走り出し、他の生徒達に避難を呼びかける。
「皆さん、屋外は危険です! 付近の建物へ避難して下さい!」
3人もそれを聞き、後方へと走り出した。
その時だった。
「うあっ!」
地面の土が空の足に絡みつき、転んだ。
明らかに不自然な現象。
土属性魔術であった。
「ソラ君っ!!」
グリシーはそれに気づくと引き返し、空を抱き起こす。
しかし、空の足は土に取られて上手く立ち上がれない。
そんな中、リーシェはちらりとも振り返らず走って逃げて行った。
「……あの女ァッ!!!」
グリシーはリーシェの仕業だとすぐに気が付き、怒鳴った。
同時に、植木鉢の件もリーシェの仕業だと断定する。
グリシーの怒髪が天を衝いた。
「グリシー、大丈夫。君は先に逃げて」
空は努めて冷静にそう言った。
「駄目だ! ソラ君が死んじゃうじゃないか!」
グリシーは必死に空の体を引っ張りあげようとする。
「……わかった。だったら、僕を信じて後ろで見ていてくれないか?」
空はグリシーの目を見てそう言うと、竜巻の方を向いた。
「な、何、言って……!」
グリシーは空の言う事のわけが分からなかった。
ヒーチすら止められなかった竜巻をどうこうできる気はしないし、かと言って空を置いて逃げる気もなかった。
自己矛盾を孕みパニックに陥る。
しかしながら、瞬間、グリシーは空が植木鉢を回避する為に繰り出した魔術を思い出す。
(もしかして、ソラ君なら……)
今はもう、それに賭けるしかなかった。
竜巻は、もう目前に迫っている。
(グリシー、何て良い奴なんだ……)
その時、空は内心そんなことを思いながら、頭を冷やしていた。
(……冷静になれ。諦めるな。竜巻の原理から洗い直すんだ)
空は目の前の竜巻を打ち消す方法を必死になって考える。
(竜巻は確か……積乱雲だ。そう、積乱雲からの下降気流と、地表付近の風がぶつかって回転して出来るんだった気がする)
竜巻が迫る。
(……積乱雲…………上昇気流……気流……気圧……気圧、そうだ!)
打開策を見つけた空。
竜巻はもうすぐそこだった。
(ぶっつけ本番っ!)
空は、竜巻の中心に超巨大なオリジナル改良版【吸風】をイメージする。
(成功してくれ!!)
空が両手をかざし、魔力を思いっきり放った。
「――――ッ!!!」
誰もが反射的に耳を押さえた。
大きく空間が裂け、そこを埋めるために大量の空気が押し寄せ、ぶつかり合う音。
それは全くもって未知の世界だった。
空が魔術を放った瞬間、大きな竜巻は、その真ん中からごっそりと抉れた。
竜巻を構成していた気流の一切合切が、空間の中心へと飲み込まれ圧縮される。
それら一連の出来事は正に一瞬だった。
一瞬で、まるでそこには竜巻など無かったかのように消滅した。
竜巻の残骸が散る光景と、穿たれた地面と、目撃した生徒達だけが、そこに大きな竜巻があったことを証明できる。
直後、ズシン、という音が響く。
真空によって一瞬で圧縮された砂塵の塊が、大きな砂岩となってグラウンドに落下した。
「…………」
一部始終を目撃した誰もが、口をぽかんと開けて唖然とする。
何が起こったのか詳しく理解できた者は誰一人いない。
ヒーチであっても、何が起きたのか分からなかった。
しかし、ただ一つ分かることは、空が何かしたということである。
空は魔力枯渇を起こし、気絶した。
グリシーは目の前で起きたことが信じられず、呆然と立ち尽くす。
彼が空の気絶に気づき、空を保健室へと運んだのは一分後のことであった。
リーシェは後悔していた。
竜巻を作って、空をそこに取り残して、びびらせてやろう。
リーシェとしては、その程度の考えだった。
嫉妬に狂っていたとは言え、明らかに過激な行為。
竜巻はリーシェの予想を遥かに超えたスピードで空とグリシーに迫っていた。
「何を、やってるのよっ! 私は――っ!」
リーシェは頭を抱える。
結果、関係のない人達に迷惑をかけ、挙句に空とグリシーを殺してしまおうとしている。
走り逃げる足が止まる。
空とグリシーの方へと向き直ると、もう2人が助からない距離にまで竜巻が迫っている事が分かった。
「私は……っ! 何てことを……!!」
リーシェはもう後戻りできなくなっていた。
これが彼女の仕業だとグリシーに気付かれている事を、リーシェ自身も感付いている。
このまま空とグリシーが死ねば、リーシェの過失ではあるものの作為的なものとは思われないだろう。
仮に2人が奇跡的に助かれば、リーシェは殺人未遂の罪に問われ、今後償いの人生をおくる事になる。
リーシェにとっては、空とグリシーに助かって貰っては困るのだ。
――しかし。
それでも、リーシェは2人に死んで欲しくないと思った。
この土壇場で、嫉妬に押し潰されていた彼女の性格の本質が出る。
母親に認められたい、ただそれだけの思いなのに、そこに空を殺す意味など無かった。
リーシェは、空を見た瞬間から嫉妬に操られ、自分が自分でなくなっていたのだと気が付く。
だが、時既に遅し。もう助ける方法はない。
リーシェは、今後いついかなる時も殺人という事実を胸の中に隠し、一生を過ごさねばならないのだと思った。
後悔。
途方もない後悔。
自分はどうかしていた、殺したい程の嫉妬ではなかった、これは本意ではない、殺すつもりなんてなかった――と、言い訳めいた考えが彼女の頭の中を駆け巡る。
「……っ!」
リーシェは拳を握り、肩を震わせ、涙を流した。
このままこの場所に留まれば、リーシェもいずれ竜巻に巻き込まれる。
避難しなければ助からない。
しかし、リーシェの後悔が、自分への叱責がその足を動かさないでいた。
いっそ、狂いきってしまえたら。
そんな考えがよぎる。
「ごめん、なさいっ……」
空とグリシーに、そう呟き、避難するため足を動かそうとした。
その時。
「――――ッ!!」
リーシェは目を疑った。
爆音と共に一瞬で竜巻が消えたのである。
彼女は直感した。
あの憎くて憎くて堪らなかった空が、何かしたのだと。
今までのことが全て嘘であるかのように、竜巻は無くなった。
消し飛んだ竜巻の跡を見ながら、リーシェは、糾弾を受ける覚悟を決める。
空を痛めつけるという計画は失敗に終わり、更に殺人未遂の現行犯である彼女の今の心情は、何故だか安堵に近いものだった。
お読み頂き有難う御座います。
ご意見ご感想お待ちしております。
リーシェやらかし回です。
空は早速真空を利用しました。これかなり強い魔術ですね。
次回は、空とリーシェの対話です。




