14 鬼才の片鱗
午後の授業は実技である。
空は学園長室から直接グラウンドに向かうと、そこには既に1組の面々が揃っていた。
「やあ、遅かったじゃないか」
グリシーは空を見つけると、近寄って話しかける。
「うん。ちょっと色々と話し合うことがあってね」
空が答えるやいなや、プロン・ヒーチもグラウンドへと出て来た。
「皆さん、集まりましたね。それではこれより実技の授業を始めます」
ヒーチはそう言うと、教科書を半分程のところで開く。
「本日は、風属性下級魔術【微風】を使う練習をしましょう」
開いた教科書を左手に平に持ち、前に出す。
「手本を見せます」
そう言って右手を教科書にかざした途端、ページが風でぱらぱらとめくれた。
「【微風】のコツは授業でも教えたように、風属性の魔力の粒を意識することです。では皆さんやってみましょう。何かあれば私に言って下さい」
ヒーチが語り終えると、生徒達は皆それぞれやり出した。
苦戦している生徒は少なく、全員ある程度問題無く出来ているようだった。
空も一応風を作り出すが、それと同時に考え事も行う。
(……この実技、ひょっとして座学よりいらない授業かも)
空にとっては魔術に下級もくそも無く、練習の必要もない。
そもそも、風属性の魔力の粒という考え方をしている時点で、空の何十歩も後ろを歩いているのだ。
(いや、そういう考えは良くないか。せっかくこんなに広いグラウンドが使える時間なんだから)
学園でグラウンドが使える条件というのは、思いのほか少ない。
それは、実技の授業、魔術祭、研究発表会、実技試験など、その他でも特別な許可が下りないと使用することはできない。
(よし、こっそりだから小規模にしかできないけど、さっきの音魔術の実験をしてみるか)
空はこっそりと実技の授業中に実験をすることにした。
バレないように、広い広いグラウンドの隅の方へ移動する。
(まずは適当に音を出すことをイメージしてみよう)
そう考え、目の前の空中にホイッスルの音を思い浮かべる。
ピーーーーッ
音が鳴った。
その音はホイッスルに似た微妙な音だった。
(やった! ……けど、まあとりあえず成功ってとこかな)
次に、空は音量調節も試してみたところ、これは簡単にいった。
(うーん。音魔術は、音が振動である事さえ理解していれば、それなりにできそうだ)
実験を繰り返して考える。
(なるほど。出そうとする音の波形を知っていればもっと詳しい音を出せる、ってところか。だとするとこれ以上は無理か)
空はそう結論づけた。
空といえど、音の波形までは詳しく学んでいなかったからだ。
(よし、授業に戻ろう)
そう思い元の場所に近づこうとした時だった。
地面に見える空の影の上方、空の頭上に何らかの影が落下してくるのが見えた。
「――――ッ!!」
空は咄嗟に反応する。
実技で風魔術を使っていたからか、咄嗟に出たのは風魔術だった。
反射的に繰り出したので、空はあまり加減ができなかった。
ビュオオオという轟音と共に、空の上に現れたのは大きな風の渦である。
その風の渦は、空の頭上に飛来していた”植木鉢”を粉々に崩しながら巻き上げた。
空はやりすぎたと思い、即座に風の渦を消す。
正に荒れ狂う小さな竜巻であったそれは、Fスケールに直すとF4からF5に匹敵する威力があった。風速は秒速100メートル超。自動車が紙くずのように空を飛ぶ程である。
風の渦が消えると、風圧で粉々に砕け散った植木鉢の破片が空の周囲にばらばらと降り注いだ。
「ふぅ……危なかった」
どういうわけか、空の頭を目掛けて植木鉢が落ちてきたのだ。
空が咄嗟に気づき魔術で回避しなければ、大怪我かそれ以上の事態に陥っていただろう。
「ソラ君! 怪我はないかい!?」
グリシーが心配そうな表情で空に駆け寄る。
「ああ、うん。大丈夫」
「びっくりしたよ。ソラ君の方を見たら、頭の上に植木鉢が落ちてきてるんだもん」
「不思議なこともあるもんだね。どこかに置いてあったのが落ちてきたのかな」
のほほんと言う空。
(そんな、頭の上に植木鉢が飛んで来るなんて、誰かが故意にやったとしか……しかし……)
対して、グリシーはそう考える。
「……うん。それにしても、あの魔術凄かったね! ソラ君がやったんだろう?」
今空にそれを伝えるのは不安にさせてしまうだろうと判断し、グリシーは話題を転換した。
空は、どう答えたもんか、と苦笑するのだった。
「なん、なのよっ……あの魔術は!」
リーシェは物陰に隠れて驚愕していた。
何故隠れているのかというと、風魔術を使い植木鉢をソラの頭上に落としたのは彼女であったからだ。
「あの一瞬であれ程の魔術を放つというの!?」
空が今のような強力な魔術を咄嗟の判断で発動できるということは、本気を出せば更に強力な魔術を発動できるということでもある。
リーシェはその空の驚くべきポテンシャルに慄くよりなかった。
「……少し、痛めつけてやろうかと思ったけど」
もっと方法を変えないと駄目ね、とリーシェの口は動く。
「――――絶対、負けない」
そう呟いたリーシェは、1組の生徒が集まる方へと戻って行った。
「さて、暫く見て回りましたが、皆さんは【微風】についてはもう宜しいかと思います。なので、本日は少し難易度の高い魔術にも挑戦してみましょう」
ヒーチがそう言うと、生徒達は賑やかに湧いた。
空は戸惑う。
「グリシー、どういうことだい?」
「ソラ君は初めてだね。これは実技の時間が余ったらたまに行われる、いわゆる自慢大会みたいなものさ」
「自慢大会?」
「そう。誰かが前に出て自分の一番得意な魔術を披露したり、ヒーチ先生が見せた魔術ができるかみんなで試してみたり、ね。今日は後者みたいだ。ほら、立って」
グリシーはそう言って立ち上がった。
周りを見ると、空以外皆立ち上がっていた。
「それでは、グラウンドに広がってくださーい!」
ヒーチが大きな声でそう言うと、生徒達はかなりのスペースをとって広がった。
「できなかった子は座って周りの子の魔術を見ていて下さいねー!」
そのヒーチの言葉で、空は納得した。
生徒同士の魔術の差を見せつけ合うことで、競争心を煽り、かつ様々な魔術を見ることができて学習意欲にも繋がるという、教育的観点から見るとかなり効き目のありそうなレクリエーションだ。
「今日の実技は風属性魔術ですから、ではまず、中級魔術【巻風】です!」
ヒーチは両手を前に突き出し、念じる。
すると、ヒーチの前方に小さな竜巻のようなものが発生した。
ヒーチが手を下ろすと、その小さな竜巻は消える。
それと同時に、生徒達も皆熱心に【巻風】を発生させようと躍起になった。
空は手も何も動かさず棒立ちのまま、自分の前方に【巻風】程度の大きさの竜巻を発生させた。
「おおっ、ソラ君の【巻風】は美しいね。いや、当たり前かぁ」
空の横にいるグリシーはそう言って笑った。
彼もまた【巻風】を発生させているが、その【巻風】は他の生徒達とは少し違った。
「グリシー、君の【巻風】は綺麗だね」
そう、グリシーの【巻風】は他と比べて、とても綺麗であった。
すっと直線に伸びた風の渦がゆらゆらと揺れている。
「ふふ、照れるよ。僕はね、美しいものが好きなんだ」
グリシーは頬を赤くしながら頭を掻いた。
グリシーはどうやら芸術性に富んでいるようだった。
「さて、できましたか? 次は、中級魔術【吸風】です!」
ヒーチがそう言う頃、生徒の半数は座っている状態だった。
ヒーチはバッと上に向かって枯葉を細かくちぎったものを投げた。
そして、両手で何かを挟むような形にして前に突き出した。
すると、その手に向かって空中に投げた細かい枯葉のくずが吸い込まれていく。
「おおっ」
空は思わず声を上げた。
エニマのログハウスにいた時に読んだ基本魔術概論には書いていなかった魔術であったからだ。
「ソラ君はあの魔術初めて見るのかい?」
グリシーがそう言う。
「うん。吸うって発想はなかった」
「……発想?」
空の答えをグリシーはいまいち理解できなかった。
「できたと思った方は言って下さーい。私が見に行きまーす」
ヒーチはそう言って、見回りを始めた。
空はとりあえず試してみる。
イメージするのは、掃除機だ。
「よいしょっ」
目の前に掃除機のように空気を吸い込む感じを思い浮かべた。
「…………うーん」
どうやら一応吸っているようだが、空としてはいまいち吸引力が物足りなかった。
そこで、吸引力の変わらないただひとつの掃除機を思い浮かべる。
(あれって確か、サイクロン式だったよな)
空はイメージに回転を加えた。
ヒュオオオオオオ
「おおっ、成功」
今度は満足のいく吸引力だったようだ。
(気圧差を生んだらもっと吸い込みそうだな、例えば……真空を中心に作るとか)
空は更に改良を加えていくつもりだった。
(そっか、そうだ、思い出した。気になってた”空気中の魔力を消す”っていう真空の実験もついでにやっちゃえるぞ)
空は、空気中に存在する魔力を固めて一箇所で消すことで、そこに分子が何も無い状態、すなわち真空を作れるのではないかと考えていた。
(ここに真空、で、その周りをサイクロン吸引、と)
イメージを堅め、魔力を放った。
ギュオオン
「うおおお!」
凄まじい音がしたので空は焦ってすぐに消した。
(やりすぎたか……それと、真空を作り続けないと吸引は一瞬で終わっちゃうのか)
空は真空を作るための魔力を集めすぎたようだ。
また、真空を作ったはいいが、一瞬で周囲の空気と同調してしまった。
(それを踏まえて、10%くらいで、どうだっ)
加減をして、魔力を放つ。
ビョオオオオ
「うん、今度は成功かな」
空は【吸風】を成功させたつもりだったが、それはもはや上級魔術以上の難易度と破壊力を持った前例のない魔術だった。
「ソラ君、できましたか?」
「あ、はい」
ちょうどそこへヒーチが見回りに来た。
「では、やってみて下さい」
「はい」
空は小さな真空を作り続けながらサイクロン吸引をイメージする。
ビョオオオオオオオオ
空の前方に空気の集まる穴が浮かび上がる。
「なっ……」
ヒーチは絶句した。
驚くべき点は3つあった。
1つは、両手を使わないこと。
この手放しは、余程確固たるイメージがない限りは難しい技術であった。何故なら意識を一箇所に集中させ辛いからである。
2つは、魔術発動までの速さである。
手をかざさずに、瞬き一つのうちにその魔術は発動した。
そして、3つ。それは、威力であった。
ヒーチは一目見ただけでこの空の使う魔術の威力が察知できたのだ。
「…………」
ヒーチは、興味本位で、枯葉のくずを撒いた。
すると、ひらひらと空中を舞う時間も無く、吸い込まれていく。
「……いいでしょう」
「有難う御座います」
空はお礼を言って、魔術を解く。
その瞬間をヒーチは見逃さなかった。
空中に発生していた空気の穴。それが消えると同時に、その中心から小さな小さな球形のくずが落ちていった。
恐るべき圧縮力だった。
(学園長直々の特待生。こういうことですか……)
ヒーチは空に対して、対応を改めなければならないと考えた。
お読み頂き有難う御座います。
今回は少し適当に書きすぎたかもしれません。申し訳ないです。
ご意見ご感想お待ちしております。
次回は、リーシェがとんでもないことをします。




