12 友情?愛情?僕参上。YEAH
「……では、ソラ君は右後方の空席に着席して下さい」
ヒーチがそう言う。
空は言われた通りに席に着いた。
木造の椅子と机である。
木は艷やかに磨かれており、高級感を漂わせていた。
ヒーチはくせっ毛のふわふわした黒髪の頭をもさもさと触りながら教壇に立ち直る。
「授業の続きに戻りますが……」
何事もなかったかのように授業が再開した。
生徒達はいまいち集中できていないようだが、空とリーシェは全くと言っていいほど集中できていなかった。
「これで授業を終わります。何か質問は?」
ヒーチは手に持っていた本をぱたんと閉じる。
この世界の授業は、教師が発した言葉を聞き、生徒がメモをとり、教科書を参考にし、何か疑問があれば挙手をして質問するという形であった。
「……無いようですね。ではこの後、ソラ君とグリシー君は私の所に来て下さい。以上で本日は終了です」
ヒーチがそう言うと、教室が一気にざわざわと喧騒に包まれる。
空は、グリシーとは誰だろうと思いながら立ち上がる。
すると空の前に1人の女子生徒が立ちふさがった。
それは、アルギンにリーシェと呼ばれていた女の子だった。
「……なんでしょうか?」
空がそう問うと、リーシェは忌々しげに空を睨んで、踵を返し去っていった。
どういうことだ、何か気に障ることをしてしまったのか、と考える。
――しかし、それはさて置き、綺麗な女の子であった。
ワインレッドの腰まで伸びた髪が煌びやかになびき、スレンダーな体躯はその立ち居振る舞いをより優雅に、そして陶器のように白い肌と宝石のような青い目を持つ顔は実に可憐――
話は脱線したが、空は何故彼女に睨まれたのか疑問に思いつつもヒーチのもとへ急いだ。
「ソラ・ロイス・オニマディッカ君ですね。私は1組の担任で、魔術専門の教師を務めております、プロン・ヒーチです。以後宜しくお願い致します」
ぺこりと頭を下げるヒーチ。
空もつられてお辞儀をする。
「あ、はい。ソラ……です。宜しくお願いします」
空は先程アルギンに呼ばれたその名前が、ヒーチの口から出ることに戸惑う。
(ロイス・オニマディッカって……やっぱり、養子にされたって事だよな……?)
空は授業中に考え、ぼんやりとそう結論づけていた。
おかげで授業の内容は何一つ覚えていない。
「では、グリシー君。クラスの委員長として彼のサポートを頼んでもいいですか」
ヒーチは空の隣にいた美少年にそう言った。
線が細く、美形であり、髪は男にしては長髪で、背は空と同じ170センチ程。まさに美少年といった風である。
「ええ。喜んで」
「そうですか、それは良かったです。本日の授業は全て終了なので、学園を案内してあげて下さい」
「分かりました」
グリシーと呼ばれた彼は微笑を浮かべて一礼する。
ヒーチはそれを見て、教室を去って行った。
グリシーは微笑みながら空に近づく。
「やあ、ソラ君。初めまして。僕はグリシー・メティオ。1組のクラス委員長をやらせて貰っています。ソラ君には是非グリシーと呼び捨てにして欲しい」
「え、あ、えー……僕はソラ。よろしくね、グリシー」
「うん。君とは仲良くやっていきたいよ! ふふっ」
「そ、そう、ですか……」
「何だろう、この胸の高鳴り。ソラ君を見た瞬間、僕の胸の奥がきゅんときたんだ」
「…………あ、僕ちょっと用事を思い出し」
「しかし、僥倖だ! 学園を案内してくれとヒーチ先生に頼まれるなんて。願ってもないことさ。こうして君と喋れるのだからね」
「…………」
空の中でこのグリシーという男が要注意人物(意味深)としてブラックリストに載った。
「さて、早速案内したいんだけど、何か希望があるかい? 何でもいいよ」
爽やかな笑顔のグリシー。
空は考える。
(うーん、そういえば学園についてまだ何も知らないんだよなぁ……)
空は学園で教養や魔術を習うということは知っていたが、学園の情報、規則や常識などは何一つ知らなかった。
「そうだな、学園の概要について教えて欲しいかも」
「学園の概要、かい? うーん……」
グリシーは暫し考えて、口を開いた。
「まず、この学園は一流の魔術師を養成する所って言うのは知ってるよね?」
「うん。魔術と教養を学べるってことだよね」
「そう、魔術と教養の授業があるんだ。でも、ただ一流の魔術師を養成するだけじゃなくって、例えば魔術の研究をするような人とか、魔術をもの作りに利用したりする人にとっても、この学園はとても良い環境なんだ」
(なるほど、つまり日本でいう大学みたいな場所ってことか)
「だから、基本的に年齢は関係なく所属できるよ。あ、そう言えばソラ君は何歳なんだい? 僕は19歳だ」
「僕は21歳だよ」
「えぇっ!? 随分と童顔だね! 同い年かそれ以下だと思っていたよ……もっと好きになっちゃいそうだ」
「……それはいいから、話を続けて」
空はアヤシイ目で見つめてくるグリシーを一蹴し、話の続きを促した。
「ごめんごめん。えーと、つまり魔術の能力とお金さえあれば、誰でも学園に入れるんだ」
「身分も関係ないの?」
「勿論。種族も関係ない。だから様々な人が学園に入るよ。あ、でもある程度身分のある人じゃないと、お金が用意できないかもね」
(そうか……じゃあ、僕が学園長の養子になったのは、そういう身分の理由ではないのかも)
「そういえば、ソラ君はオニマディッカ公爵家のお方、なの? だとしたら、僕は敬語の方がいいのかな……?」
グリシーは不安そうに空に聞いた。
「いや、僕はそんなつもりはないから、普通に話してくれていいよ。何か学園長に深い事情があるみたいで、実を言うと僕もよく分かってないんだよね……」
「ふふふっ、何かおかしな話だね。でも良かった、僕はソラ君とこうして気兼ねなく喋っていたいから」
「顔が近いよグリシー!」
空がグリシーを押しのけると、グリシーは笑顔で言った。
「実を言うと僕、最初は緊張してたんだ。一目惚れなんて生まれて初めてで……公爵家のお方に自分から話しかけるなんて絶対できないしね。ヒーチ先生には感謝してもしきれないよ。お陰でこうして仲良くお話できてる」
「い、いや、悪いけど、僕はノーマルだから……」
「ああ、わかってる。そこも含めて好きなんだ。これから仲良く、友人としてやっていけたらなって思ってるよ」
グリシーはそう言うと、ほんの少しだけ悲しげな目をした。
空は至って真面目なクラス委員長を見て、応える。
「……うん。友人としてなら、仲良くやっていけると思うよ。よろしく、グリシー」
「有難う、ソラ君。こちらこそよろしく」
二人の間に、変な友情が芽生えたのだった。
「ところで、1つ質問してもいい?」
学園内を歩いて見てまわる空とグリシー。
その最中、空がふと思い出し質問する。
「なんだい? 何でも答えるよ」
「えーと、僕が学園長と教室に来たでしょ? その時にリーシェって呼ばれてた女の子が椅子を倒したと思うんだけど……あの子について教えて欲しいんだ」
空がそう言うと、グリシーはぷくっと頬を膨らませた。
男がやっても全く可愛くない、と空は思った。
「僕とデートしているというのに他の女の話かい? まったく妬けちゃうね」
「いや、今日初対面なんだけど……」
「恋に落ちるのに時間は関係ない、のさ」
「じゃあ、人を嫌いになるのにも時間は関係ない、かもね」
「わああ待って冗談だって! ええっと、そう、リーシェ様についてだったよね」
グリシーは慌てて答え出す。
(リーシェ、様……ってことは、高い身分なのか?)
空は授業終わりに彼女に向けられた敵対的な眼差しを思い出す。
(確かに、貴族の気品はあったなぁ)
「リーシェ様は魔術が凄くおできになるんだ。多分実力は学園で一番なんじゃないかな。これは僕の印象だけど、自分に厳しい人だと思う。努力を怠らない、とても凄いお方だよ」
「へぇー。彼女は貴族なのか?」
「貴族というかなんというか……いや、貴族なんだけどね」
妙に歯切れの悪いグリシー。
空は疑問に思う。
「何かワケありなのか?」
「いやあ、彼女……学園長のご息女なんだ」
「ソラ、と言ったわね……」
リーシェは屋敷の自分の部屋にいた。
豪奢な天蓋付きのベッドに寝転ぶと、空の事を思い浮かべて歯噛みする。
「お母様に擦り寄って、媚を売ったに違いないわ……」
ギリリ、と音を立てて歯が軋む。
「私だけよ……私だけが、お母様に……」
それは、嫉妬心。
リーシェは空に嫉妬していた。
空が「ソラ」と、アルギンに名前で呼ばれていたことに。
そして。
「期待、ですって? きっとあの男はお母様を騙しているのだわ」
アルギンが空に対して言った言葉、「期待している」。
実の娘であるリーシェは、母親であるアルギンにただの一度もその言葉を言われたことはなかった。
そればかりでなく、アルギンはリーシェを含めた1組を連中呼ばわりし、失望にも似た視線を向けたのだ。
「許さない……私は認めない……」
リーシェは拳を握り締め、そう呟いた。
「学園長の娘さん?」
空はグリシーの言った事をオウム返しした。
「そう。だから、学園では彼女の知名度と地位は凄く高いよ。あと、学園長のご息女ということは、オニマディッカ公爵家のご令嬢ということだからね。並の貴族はおいそれと声すら掛けられないよ」
「そうだったのか……えっと、じゃあ僕はそのリーシェさんに何か気に食わないことをしちゃったのかな?」
「それは……どういう事だい? ソラ君」
「ああ。授業が終わった時にね、なんというか、こう、睨みつけられた」
「うーん、睨みつけられた……? 気のせいではなく?」
「うん。前に立ち塞がれて、こう、キッと」
空はグリシーの前に立って、実演する。
「そ、そんな、見つめないでくれよ……照れちゃうじゃないか」
グリシーは手を頬に当ててくねくねした。
「違うよ! とにかく、明らかに睨まれたんだ」
「そっか……。まあ、僕は理由は分からないけど、何があってもソラ君の味方をすると約束するよ」
そう言って微笑むグリシー。
「……グリシー、君、なかなか良い奴だね」
「ふふっ、ソラ君には劣るよ」
初日にして、空とグリシーの妙な友情が育まれるのだった。
「まあ、リーシェさんの話はこれでいいとして、次は授業について教えてもらいたいかも」
空がそう言うと、グリシーは微笑みを崩さず答える。
「うん、わかった。授業は、基本的に3種類あるんだ」
「3種類?」
「魔術学と、魔術実技と、教養。この3つだね」
「なるほど。取る授業は選べる?」
「勿論。教養を受ける必要が無いと思った人は、年度の始めに魔術学と実技だけ取るような手続きを踏めば大丈夫だよ。ソラ君はこれから手続きじゃないかな」
「わかった、有難う。卒業の条件は何かあるのか?」
「基本的には3年で卒業なんだけど、卒業できる人はその3年のうちに魔術に関する成果を出した人なんだ」
「魔術に関する成果?」
「うん。簡単に言うと、学園長や教員達が一流と認めるような魔術師になること、かな」
「何か試験があったり?」
「そうだね。試験も年度末にあるんだけど、重要なのは3年間の在籍期間内にその成果を見せないといけないんだ」
(大学で言うところの卒研を3年間でやりきればいい、ってことか)
「なるほど、よく分かったよ。有難う」
「いえいえ」
空とグリシーは本館を一通り回ったので、外に出ようとした。
すると、2人の前方からアルギンの侍女が駆け寄って来た。
「ソラ様、学園長がお呼びです。学園長室までご案内致します」
空は、おそらく養子の話だと予想する。
「グリシー。そういうことだから、また明日。今日はどうも有難う」
「いつでも僕を頼っていいからね、ソラ君。それじゃあまた明日」
空とグリシーが挨拶を交わす。
空は侍女に連れられ学園長室へと向かった。
「失礼します」
空は礼をして学園長室の中に入る。
「来たか。教室では悪かったな」
アルギンは一つもそうは思っていない顔で宣った。
「……”お母様”と呼んだ方が良いでしょうか」
空は皮肉を込めたつもりでそう言った。
アルギンは一笑し、こう返す。
「”お義母様”、か。くははっ、悪くない」
どうやら空とアルギンには事情の認識の違いがあるようだ。
「ソラ。お前は座学と実技を取れ」
アルギンは空に授業の種類を言い渡す。
空はこの世界を学ぶために教養も取るつもりでいたので、少し焦った。
「教養も取っても宜しいでしょうか」
「……良いだろう」
アルギンは少し考え、空の申し出を許可した。
「明日より授業だ。準備をしておけ。ああ、それと」
思い出したように、懐から鍵を取り出す。
「これは寮の鍵だ。今日からここで暮らせ」
空はそれを受け取る。
「場所はユーリに知らせてある」
ユーリとは、学園の正門にいる衛兵の名前である。
「はい。有難う御座います」
「ふん。では行け。また用があったら呼ぶ」
アルギンは椅子に深く腰掛けると、そう言った。
空は、アルギンに1つ疑問をぶつけてみる事にした。
「アルギン様。何故僕を息子にしたのでしょう」
そう聞くとアルギンは足を組み、こう返した。
「お前の才能を気に入ったからだ。お前はいずれ必ずオニマディッカ家の良き力となると、そう確信している」
「……そう、ですか」
「私の目に狂いはない。ソラ、期待しているぞ」
「はい、精進致します。失礼しました」
空はそれを聞くと、一礼して学園長室を後にした。
アルギン・ロイス・オニマディッカは、空という男を過大に評価しているわけではない。
空の性格を短期間で見抜き、その勤勉さと魔術の才能を持ってオニマディッカ家の者となるに相応しいと判断したのだ。
空をオニマディッカ家に取り入れることで、確実に大きな得になると考えたのである。
その空を見抜く力、先を見据える力、判断力、洞察力、決断力。人の上に立つ者の才覚として申し分ない女傑であった。
だが。
その女傑は一つ、たった一つだけ空について見落としていた。
それは、空の魔術の才能は才能という範疇に収まるものでは無いということ。
空は、魔術師界の鬼才であった。
お読み頂き有難う御座います。
グリシー・メティオ登場です。
彼の性癖はいずれ明らかに……。
今回はリーシェについても触れました。
次回は、授業開始です!
<追記>
累計10000アクセス突破しました!
今後共、ご愛読の程、宜しくお願い致します!
<修正(2014 6/14 13:53)>
オニマディッカ公爵家の妃殿下ということだからね
↓
オニマディッカ公爵家のご令嬢ということだからね
誤解を与えてしまい申し訳ないです。