11 特待コネクション
空はここ数日、ダイアウルフを狩って過ごした。
1日10匹をノルマに1週間狩り続けて、持ち金は20万セルほどとなる。
暫く学園に通うのだからいつまでも宿屋というわけにはいかないと考えた空は、引越し資金をそうして集めたのだった。
その間、ギルドや街中、食事処で度々システィに会うのだが、空が声を掛けようとするとすぐに何処かへ行ってしまった。
空は気付いていないが、システィはどうやら話しかけるのが恥ずかしいらしい。
また、ダイアウルフを狩るハンター生活をしている間、空は多々気づいたことがあった。
まず、スクロス王国は日本とはまるで違うということ。
人治国家の無法地帯で、日本の常識は全く通用しない。
警察もいなければ、ろくな制度もなく、騙し騙される混沌とした社会であった。
次に、システィが鬼神と呼ばれ恐れられていること。
ある日ギルドにいた斧を持った大柄な男が空にびくつきながら教えてくれた。
空は鬼神と恐れられるシスティにも可愛いところがあると知っていたので、その男に彼女にも可愛いところがあると伝えると、次の日から空を見るハンター達の目が尊敬の色に輝いていた。
そして最後に、自分が今まで生き残ってこれたのは完全に運だったということだ。
経験のない自分が、Aランクハンターといえどいきなり護衛依頼を受けるというのは、思考力が低下していたとしてもあまりに無鉄砲であったと反省した。
アルギンに拾われたからいいものの、よくよく考えると、あのまま行けば間違いなく牢屋行きだった。
衣食足りて礼節を知ると言うが、空自身礼節を知るのはまだまだ先だなぁと思うのであった。
そんなこんなで、一週間が過ぎた。
「失礼します」
空はそう言って一礼し、学園長室に入る。
中ではアルギンと、その侍女が待っていた。
アルギンは大きな椅子に座っている。その前にはこれまた大きな机があった。
侍女はアルギンの斜め後ろに立ち、その手には男用の制服が持たれている。
「来たか。これに着替えろ」
アルギンがそう言うと、侍女は前に歩み出て空に制服を手渡した。
「これは……」
「制服だ。鞄と教科書も後ほど渡す」
「有難う御座います」
「貴様の格好は少々奇抜だな。さっさと着替えろ」
アルギンは機嫌が良さそうに口の端を歪めて笑う。
空は侍女に別室に案内され、そこで制服に着替えた。
制服の布はやはり日本の物には及ばないが、この世界ではかなり上質の布であった。
学園長室に戻ると、アルギンの前まで案内される。机の上には一枚の紙が置いてあった。
「着替えたな。それではこの契約書に署名と血判をしろ」
「え…………」
(入学手続きの一つ、か?)
空は戸惑った。
これはおそらく、騙されている。
サインしたら確実にマズい。
しかし、アルギンに罪を預かられている以上、空に拒否権は無かった。
「どうした、早くしろ」
「……はい」
逆らえない事を悟り署名をする。
契約書と言われたその紙に書いてある内容は、空の読める文字ではなかった。
不安が空を襲う。
ここに来て、空は考え無しに護衛依頼を受けたことを後悔した。
空が泣く泣く血判を押し終えると、アルギンはにやりと笑う。
「……良し」
アルギンは契約書を確認し、それを自分の机の引き出しに入れて、それから空と向き合った。
「ソラ。私は一目見て、お前の魔術の才能に気が付いた。その才能は腐らせてはならん。この学園に入学する事でお前は大きく成長すると、私はそう期待している。いや、確信している」
空はアルギンにファーストネームで呼ばれ、ドキリとした。
「入学後、何か不自由があれば私に言え。可能な限り叶えよう。お前が学園に集中出来るように学園内に家を用意してやっても良い。何なら、私の屋敷に来ても良い」
(家!? 屋敷!?)
アルギンはご機嫌な笑顔である。
まるで、ずっと欲しかった物を手に入れたかのように。
(……何でこんなに親切にしてくれるんだ?)
空はそう考え、口を開く。
「い、家は流石に……しかし、ロイス様は何故これ程親切にして下さるのでしょうか?」
「ふん、言っただろう。期待しているとな。それと、今後私の事はアルギンと呼ぶように」
(期待……本当にそれだけなのか?)
空は怪しむ思いを捨てきれずにいた。
「なるほど……精一杯魔術の研鑽に努めます。有難う御座います、アルギン様」
「ふっ、この学園にお前が入学する事、それは即ち私の生徒になるという事。つまり、お前はもう私の”息子”同然だ。そうだろう?」
「はい。光栄です」
「くっははははは! そうだ、それでいい」
アルギンは声を出して笑うと、立ち上がった。
「では教室に行く。付いて来い、ソラ」
「はい」
空は、煌びやかな赤黒のローブをはためかせ颯爽と歩くアルギンの後を追った。
事態は、取り返しのつかない所まで進んでいた。
アルギンは教室に到着すると、ドアを開いた。
教室内は、教師を含め全員が愕然とした。
学園長が教室を尋ねるなど、学園創立より一度も無かったからである。
学園長とは、それ程に大きな存在だった。
「少し時間を頂く」
授業中であったことなど無視してアルギンがそう言うと、教師は即座に教壇を降りた。
「貴様達のクラスの名前を言え」
アルギンは生徒に言う。
「はいっ、ここは1組であります!」
「1組に、どういった意味があるか言え」
「はい! 全10組の中で、最も優れております!」
「そうか。では、貴様ら1組が、何かを成した事があるか?」
「…………」
生徒達は押し黙った。
アルギンは鼻で笑うと、空へと視線を向けた。
「こういう連中だ。ソラ、お前には期待している」
アルギンがソラと呼んだ瞬間、ある一人の女子生徒の目が見開かれる。
「貴様ら1組に新たに特待生が加わる。ソラ、来い」
空はアルギンに歩み寄り、生徒達の方を向いた。
そこには100人程の生徒がいて、その全員の視線が空へと注がれる。
「本日入学することになりました、空・春野です。至らないところが多々あると思いますが、何卒宜しくお願い致します」
空は自己紹介を終えると、ぺこりとお辞儀をした。
すると、アルギンはくつくつと笑って言った。
「ソラ、駄目だろう? 名前を間違えては」
どういうことだ、と空は思った。
自分の名前は春野空で間違いないし、ファーストネーム・ラストネームであるこちらの世界の法則も破っていない。
確かにこちらでは珍しい名前かもしれないが、アルギンは空の名前を知っている筈だ。
空の疑問は次のアルギンの言葉によって、驚愕へと変わる。
アルギンは、ゆっくりと口を開いた。
「今日からお前は、この1組で特待生として学ぶのだよ。ソラ・ロイス・オニマディッカ」
(――――やられたッ!!)
空は咄嗟に思い当たった。
あの契約書だ……と。
生徒達は絶句している。
――ガタン!
ふいに椅子が倒れる音が鳴った。
その方向には、ワインレッドの髪を長く腰のあたりまで伸ばした、スレンダーで綺麗な女子生徒が立ち上がった姿が見える。
彼女は見開いた目を驚愕に揺らし、アルギンを見た。
「どうした、リーシェ。居眠りでもしていたのか? 席につけ」
「…………申し訳、ありません」
アルギンにリーシェと呼ばれた彼女は、そう言って俯くと静かに自分の席に座った。
「……ふん。ソラ、これはお前の鞄と教科書だ。何かあれば学園長室まで来い」
アルギンがそう言うと侍女が鞄と本の束を渡してくる。
空はそれを無言で受け取った。
「では授業を続けろ。ヒーチ、ソラを任せた」
「はい」
ヒーチと呼ばれた教師が一礼する。
アルギンが去ると、教室は大きくどよめいた。
空は呆然として立っていることしか出来なかった。
お読み頂き有難う御座います。
空は遂に学園に入学できましたが……何かえらい事になってしまいました。
次回は、授業の様子や、リーシェと呼ばれた女子生徒について書けたらなと思っています。
<追記(2014 6/14 19:20)>
序盤を大規模に改変しました。
読みやすくなっていれば幸いです。
(2014 6/15 17:20)
ダイアウルフの討伐数と持ち金を変更しました。