01 神隠し
こういうベタな作品を書いてみたかったので、思い切って見切り発車します。
どうぞ宜しくお願い致します。
春野空は勤勉な理系の大学4回生だった。
春も終わり初夏の暑さに辟易する今日この頃だが、夜はまだそれなりに涼しい。空は頬に風を感じながら、家路を歩く。
空は朝からつい先程まで研究室に入り浸りで、明日も明後日も明々後日も朝から晩まで研究である。
家に帰るとその日の研究成果の確認と整理をし、明日の作業の予習を怠らず、今後の予定の見直しと詰め直しを行う。
春野空は勤勉な大学生だった。
――そう、大学生”だった”。
それは、今までの事である。
「えっ」
空は自分自身に突如として発生した異常に気がつくと、短い声をあげた。
空間の歪みが空を覆う。
温度、光量、位置、速度、密度、放射線、重力、電磁波、様々な要素がイレギュラーを生じ、奇跡的にそのタイミングが合致した。
何れかの要素が粒子の最小単位レベルでもずれていたら、この現象が起こることはなかった。
天文学的確率の超常現象。地球という星にとって、誕生以来初めての出来事。
幸か不幸か、空は奇跡的にその現象の真っ只中にいた。
いや、空がこの場を通ったからこそ、発生したのかもしれない。
何故この様な現象が起こったのか、それは未来永劫誰の認知する所ではない。
「うわわわなんだこれっ!?」
空間の歪みが更に激しくなると、空の体は全て飲み込まれ、溶けるように消えていった。
空間の歪みが収まるとそこには空の姿はなく、涼しい夜の風が通りすぎるだけであった。
……もし仮に神がいたとすれば、腰を抜かして驚いたであろうこの超常現象。
世間はこの春野空の行方不明事件を”神隠し”だと騒ぎ立てたが、当の神でさえまったく感知していなかった。
空は倒れ込み蹲った状態で様々な不快感に耐えた。
それは重力や空気圧の変動であったり、耳鳴りであったり、眩しい光であったり。それらが断続的に空を襲い、数秒もすると空は気絶した。
「んぐっ……」
空は目が覚めると、真っ先に土の匂いを感じた。
体を起こし周囲を見渡すと、日が真上に昇っていることと、森の中であることがわかった。
「…………」
なんだこりゃ、と空は思ったが、声には出さない。
公園かどこかだと予想するが、何故自分がこんな森の中にいるのか皆目見当がつかなかった。
体はなんともないので立ち上がると、思いのほか森が深い事に気付く。
「……なんだこりゃ」
声に出さないと気が済まなかった。
いくら考えても状況が全くつかめない。
拉致か悪戯かとも思ったが、目的も分からないうえ突如気絶するというのもおかしい。
それに、あの空間が歪むような現象。あれはただの目眩のようには感じなかった。
手に持っていたはずの鞄は無い。
ポケットのスマホは無くなっていなかったが、何故か電源が入らない。
「だめだこりゃ……」
無一文の身一つで知らない森の中。空は全くのお手上げ状態だった。
空はとりあえず人のいる所まで歩こうとしたが、その途中である物に気が付いた。
それは木にしっかりと括りつけられた古ぼけた赤い布だった。
よく見ると、その赤い布の括りつけられた木は一本だけではなく、何本にもわたって括りつけられ道を示しているようだ。
しかし、ふと空はその道しるべを不自然だと感じた。
空はもう一度よく辺りを見渡し、そして違和感を確信へと変える。
どう見ても、この道しるべは空の倒れていた場所から始まっているのだ。
おかしい。
この赤い布の汚れ具合からして、どう考えても何年もここに縛られてあったように見える。
今更ながら、空は寒気を感じた。
空はそこでまたふと気付く。
現在の日本は初夏。いくら森の中とは言え、日中は暖かい筈だ。
だがその森の気温は体感で20度程も無く、肌寒かった。
自分が気絶している間にどれだけの距離を運ばれたのか。何が目的なのか。そう考えると、途端に恐ろしく感じる。
空は足が竦み、思考がループし、暫しの間その場で留まっていた。
何れ程時間が経っただろうか。
木にもたれていたら、知らぬ間にうとうとしていたらしい。
日はまだ出ているが、このまま森の中で夜になりでもしたら大変だ。
空は立ち上がり、赤い布を辿ろうと決心した。
すると、すぐ近くで足音が聞こえた。
人だ。
赤い布の方角に人が見えた。
その人物は西洋風の顔立ちの白い髭を蓄えた白髪の老人だった。
老人は杖をついてゆっくりと空に近づく。
空は何も言えないでいた。
空の5メートル先ほどで老人は止まり、空に向かってこう言った。
「異世界にようこそ。ソラ・ハルノ君」
お読み頂き有難う御座います。
次回は老人と空が色々お話します。
女の子はもうちょっと後に出て来ますので……。
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