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滅亡の足音が聞こえる中で

作者: ネコ削ぎ

 本日、世界の人口が五百万人を下回ったと政府から発表がありました。

 以前に政府の予想した結果を著しく超える早さの人口減少に我々は刻々と人類滅亡の道を進んでいるのだと知らされました。

 アメリカの研究所ではいまだにクローン人間の作成を進めていますが、まったく成果が上がってきません。私たちは――。




 テレビの電源を切る。プツンという音と同時に室内が静かになった。

 手のひらに収まるサイズのリモコンを枕元に置く。空中投影ディスプレイがなくなると部屋は病的なまでに静かで耳鳴りがしてくる。

 ひざ上に開いたまま置いた本を手に取って読む。どんなにじっくりと読んでも中身が頭に入ってこないけど、構わずに文章を読んでいく。

 本を読むのは嫌いでないけれど、どう頑張って読んでも台詞の一つ覚えられないし、感情がどうも動かない。

 全てがしょうがないのかもしれない。

 ぱたりと無味無臭な読書を中断する。

 部屋の外で足音が聞こえてくる。時計を見るとちょうど十二時になった。どうやら昼食の時間になったみたいだ。

 溜息を吐き出す。昼食の時間だというのに全く嬉しくもないし、何を食べようかな、なんて悩むこともない。ただ、昼食の時間になったとしか思えない。

 数回ノック音が聞こえてくる。いつもノックは要らないと言ってるのに律儀だ。


「失礼します」


 ハスキーボイスがドア越しに聞こえてくる。音もなくドアがスライドして一人の男性が部屋に入ってきた。食事の乗ったトレイを持っている。


「宮辺さん。ノックは必要ないと言ったけど」


「いいえ、お嬢様。誰かの部屋に入る際は必ずノックをするべきです」


「固いな」


「固いかどうかではなく常識です」


 困ったような顔をした宮辺さんは部屋の角にひっそりと佇む椅子引っ張り出してくる。椅子をベッドに横づけするとそこに座った。

 ベッドに備え付けられたテーブルの上にトレイを置いて、スプーンを差し出してくる宮辺さん。

 私はスプーンを睨み付ける。


「今更何か食べる必要なんてないだろ」


 悪態をつきながらスプーンを受け取って食事に取りかかる。刺激の少ない胃の負担を考えた食事だ。特に美味しくない。

 いいや。そもそも食事に対して一喜一憂するほどの年齢でもない。ただ事務的な態度で胃袋に収めるだけだ。


「データベースを活用して作りましたが、お味はどうですか」


「美味いよ。とても味気なくて何をさっぱりわからない」


「どっちですか?」


「美味しくも不味くもない。今日もこれが答えだ」


 何を食べても美味しいとも不味いとも感じられない。確かに舌は味を感じてはいる。だけど、心はまったく満たされていない。これからも満たされることはないかもしれない。


「宮辺さんは食ったか?」


「ええ。何かあるといけないので、お嬢様のお食事の前に充電をしました」


「心配性だな」


「当たり前です」


 宮辺さんはきっぱりと言い切ってくれた。

 私は「ありがとう」と素っ気なく返事をして食事を終えた。

 宮辺さんはお粗末様ですと言って半分も残った食事を片付けにいった。

 宮辺さんの背中がドアに阻まれて見えなくなると、私は読みかけの本を手に取って続きを読みだした。










 誰かが神の試練と言った。


 誰かが人間の犯した過ちのツケを払う時だと言った。


 誰かが新種のウイルスだと言った。


 誰かが人類滅亡のカウントダウンだと言った。


 誰もが人類滅亡を予見してしまった。






 始まりは今から100年前。

 突如として謎の病気が現れた。

 人が衰弱して死ぬ病気。それも幼い年齢の子供がかかるもので、次々と子供たちが亡くなっていった。子供を三人産めばその内の二人が亡くなるような危険な病気だ。

 いつどこで誰かが最初にかかったのかは分からない。でも取り上げられるまでには時間がかからなくて、いまだに特効薬も見つからずに今日まで跋扈しているような病気。

 研究者たちは必死になって病気を調べていたらしいのだが、結局はどうすることもできずに寿命を真っ当して死んでいった。

 成果が上がらずに30年も経つとメディアが騒ぎ立てた。これは人類の犯した罪に対する罰なのではないかと。

 自然界が生み出した人類消滅プログラム。時代に流れに乗ったコメントは人類を怯えさせ、自然復活プロジェクトを始めさせた。何十年と対策を得られないとなるとなりふり構っていられなかったのであろう。

 人口減少が著しく、今更何かをするには人手が足りなくなった人類は数年の月日をかけてロボットを作り上げ、労働の担い手として使役を始めた。

 ロボットたちは人間と変わらない姿かたちをしていて、人間のように考えることができた。

 病気が発生して70年が立つ頃にはロボットがロボットを作り上げ、人間の身の回りの世話をして、自然復活プロジェクトの舵取りを行い、人間が今まで行っていた全てのことを代わりにこなしていた。ロボットが増えるにつれ人間は確実に数を減らしていって、億単位でいた人口は千万と減っていた。

 今の人間の寿命は40年もない。人によっては10も生きれない。大体は20から30までに死ぬ。他人よりも幸運な人でも40に手が届くところまでしか生きられない。

 残った人間たちはロボットに養われて生活するだけだった。

 私もご多分に漏れず宮辺さんという名前のロボットに全ての世話をされる身分だ。


「分かるかい? 人間は滅ぶベくして滅ぶ。明日私がコロッと死んでもおかしくない世の中だ。世話なんて手を抜いてもらっても構わない」


「それはいけません。私はお嬢様に少しでも長く生きていてほしいと思っています。これは私の中にある人間保護プログラムによってだけではなく、私自身がそれを望んでいるからです」


 今日も宮辺さんは生きることへの希望がない私の世話をしている。

 明日死ぬかもしれないし、明後日死ぬかもしれない小娘に何をそんなに思い入れるのだろうか?

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