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第一話 渦巻く回想 うずくまるじいさん

 6月…今日も、雨だ。


 バイトをクビになってから10日ほど経った。

 あれから一歩も外に出ていない。


 今が朝なのか昼なのか夜なのか…目覚まし時計を壊してしまったから分からない。

 携帯はかける相手も居ないのでずっと前に解約してしまった。パソコンは金に困りつい最近質に入れて、固定電話も今時珍しい黒電話だ。もちろん誰からもかかってはこない。

 

 なぜか空腹感も起こらないので、何も食べていない。いや、残ったカレーを食ったか…。 

 

 永遠と永遠と…ただ巨大で空虚な感情だけがオレの中で渦巻く…これが感情と呼べる代物なのかは分からないが、なにか大きなものを失ったかのような…そんな気持ちだけがずっと…。


「なぜ………こうなった」


 オレの口から呟かれた言葉はひどく枯れていた。水もしばらく飲んでいないからか。

 さて、なんでこうなった…か。自分の質問には自分が答えるしかない。自分のために、なぜこうなったか…オレの生い立ちに沿って、オレ自身に説明してやろう。


0歳 オレ、如月 彼方(きさらぎ かなた)誕生。


1歳 妹、誕生。


3歳 父さん、蒸発。母さん、バイトと内職しながらオレ達を育てる。偉い。


6歳頃 オレ、小学校に入学。極度の人見知りゆえ、友達出来ず。多少、いじめられる。ちなみに妹はクラスの女子全員と友達だったらしい。母さん、なぜか夢だったプロゴルファーになる。すごい。


12歳頃 オレ、中学校に入学。思春期ゆえ、友達出来ず。部活通わず。なぜか家ですごい筋トレしていじめられなくなった。妹、現状維持。母さん、賞金女王になる。ちょっと家がリッチになった。


15歳頃 オレ、高校に入学。妹に…彼氏が出来て…母さん…が………死。


「はあ…はあ…はあっ…はあっはあっはあっ…!」


 急に呼吸が辛く、苦しくなった。これは…過呼吸…?どんどん辛くなる。マズイ…マズイマズイマズイ…!ビニール袋…!


 フラフラと立ち上がり冷蔵庫を必死で漁った。賞味期限の切れている食材が入ったビニール袋を取り出し口に当てた。魚や肉の生臭い匂いでむせたが、それでもビニール袋を離さないでいると、だんだん収まってきた。


「げほっかはっ…!はあ…はあ…はぁー………くっ…み、水…」


 急激な喉の渇きを感じて、水道の蛇口を捻り、おいしくない水を直接ガブガブと飲んだ。心臓がまだバクバク言っているが、ひとまず大丈夫だろう………話を…戻そう。


 そう…高校1年生の6月。母さんが死んだ。雨の日に、それでも練習しに行くと言って家を出て行った。その帰りだった。対向車線を走っていたトラックの運転手が酒気帯び運転をしており、母さんの車と正面衝突。運転手が救急車を呼んだが、病院で死んだ。


 ・・母さんの亡骸は母さんの親族だけが見たようだが、オレ達兄妹には見せてはもらえなかった。トラックと運転席に挟まれた母さんは顔や体がぐちゃぐちゃになっていたらしい。オレ達が見たのは、母さんが買ってきた潰れた3つのショートケーキだけだった。


 確か…オレがひとつ食べて、妹もひとつ食べて、もう一個は…オレが無理を言って、火葬の時にに棺桶に入れたんだ。泥と血が混じった、酷い味のショートケーキだった。


 オレはそれでも学校へは行っていたんだが、妹は不登校になった。毎日遊び歩き、酷く荒れた。母さんの姉さんからもらっていた仕送りを使い込み、毎日、喉が枯れるまで言い合いのケンカをした。


 一度、思いっきり引っ叩いたこともあった。

 その日…付き合っていたガラの悪い男と駆け落ちして、未だに連絡はつかない。


 オレはその時から話しかけてくる奴は全部無視して、必死に勉強した。独りで生きていくためにただ勉

強した。医者になって金持ちになれば、妹も戻ってくるかもしれない。母さんみたいに大けがした人を助

けられるかもしれないと思った。

 

 高校3年生の冬…オレは試験を受けることも叶わなかった。

 原因は入学資金。母さんの姉さん…つまり伯母さんが大学までの資金は出せないと言ったのだ。


 仕方ないことだった。誰も、責められない。オレもなんとかバイトで溜めようとしたが、入学金の足しもならなかった。そして…―今に至る。


 高校を出てから株式会社などに就職したがうまく行かなかった。

 理由はオレの、コミュニュケーション力の欠落だ。


 子供の時から他人と深く関わらなかったがゆえに、オレはどの部署に回されても、うまくいかなかった。全て、言い訳だが、まったくもって、ついてない。


 そして―今のオレには何もない。


 家族も、友人も、彼女も、仕事も…辛うじて狭く汚い、家があるだけ。それもすぐに追い出される。

 もう働く気も…生きる気力も…何もかも消え失せてしまった。


 だがそれはオレの中で、やっと答えが出た瞬間だった。


 バイトなんかクビになるずっと前から、オレは全てを失っていたのだ。


 オレはそこらへんにある紙に書置きをした。


『大家さん お世話になりました 探さないで下さい 如月』


 一応丁寧に字を書き、分かるように玄関にテープで貼っておいた。

 そして財布だけ持って外に出た。


 久しぶりに見た空の色、そして目に見える背景は、相変わらず灰色だった。それでもこの前に比べると、雨も優しく感じる小雨。バイクは要らない。置いとけばいい。


 しばらく使っていない傘を差すと、穴が空き、折れ曲がっていた。でもそんなことはどうでもいい。最後に少しだけ、歩こう。


 どうやら早朝では無いようで、車が時々通った。狭い一通なので歩いていると何かと面倒だ。それでもなんとなく、バイクは使いたくなかった。とりあえず、歩いた。


「川…か」


 ひたすらに真っ直ぐ歩いていると、雨で氾濫している大きな川の前に出た。初めて見る川ではないが、ここまで激しく流れていると、別物だ。


「ここがいいな」


 10日ぶり…いや、もっと久しぶりに、オレの口元が緩んだ。

 あの激流に飛び込めば、無事では済まないだろう。楽には死ねなさそうだが、せっかくここまで来たんだ。ここにしよう。ここで死のう。ここで全てを、終わらせよう。


 傘を道端に捨て、一歩、一歩と、オレの足が川へと向かう。さっき回想したばかりの、母さんや妹、なぜか父さんのことまで思い出した。母さんは死んだけど、多分父さんと妹は生きてるだろうな。だけどここの川に沈んで、誰にも発見されなければ、二人に迷惑をかけることもないだろう。


 そうだ。運が良ければ母さんに会える。もしも天国が在るんなら、向こうでも家事とかゴルフとかしてんだろうな…。あの笑顔をもう一回見れるなんて…最高だね。


 ガードレールを軽くまたぐと、雑草が生えた斜面を背中で滑った。冷たいが、どうせ今から飛び込むのだから関係ない。砂利のあるところまで降りると、もうすぐそこまで川が迫っている。


「じゃあな遥(はるか)、父さん……母さん、ベタだけど今そっちへ行………ん?あれは…?」


 目線の先に、何か黒い塊のような物が見えた。ゴミ袋だろうか…いや、違う気がする。

 なぜか妙に気になり、オレは死ぬまえにそれだけ確かめてみようと歩き出した。


「………いや…ゴミ袋じゃ…ない?」


 歩くスピードを上げ、終いには走り出した。なにか嫌な予感がして…そして予感は的中した。


「……………人…?」


 そこに居たのは…いや、うずくまっていたのは居たのは人だった。帽子を被り、黒いジャンパーを着て、足は濁流に浸かり、靴が脱げていた。


「お、おい!あ、あの、大丈夫…ですか?ちょ、ちょっと…」


 オレはその人の背を軽く揺さぶってみた。だが、反応はない。


「…オイ、オイ!しっかりしろよ!おい!じいさん!」


 抱き寄せるようにオレの腕に頭を乗せると、それは7、80くらいのおじいさんだった。白髪で顔中しわだらけ、今にも死にそうな表情だ。いや、もう死んでるかもしれない。オレはおじいさんの動脈に手を当てながら心臓の部分に耳を付けた。


 ………………ドクッ………………ドクッ……。


「生きてる…脈拍が少し弱い…が、生きてる…!」


 それでもこの雨の中、こんな氾濫した川の岸辺でうずくまっていたのだ、衰弱している。とりあえず、病院に連れていかなければならないが、病院はオレの家の反対側だ。遠回りしてでもオレのバイクを取りに行った方が早い。


「じいさん…!しっかりしろよ…今、病院連れてくからな。死ぬなよ…!」


 オレはじいさんを背負って、遠くにある階段を駆け上がった。

 そこからアパートに着くまでずっと、疑問を抱き続けたいた。

 

 さっきまでのオレと今のオレ、なぜこんなにも違うのかと。

「いつタイムスリップするの?」「今じゃないでしょ!」…ということで次回、タイムスリップさせます。無理やりに(苦笑い)見てくださった方、チラ見してくださった方、二度見してくださった方、ありがとうございました。

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