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ネクタイ / 眼鏡

ツイノベとツイノベ崩れの掌編二編です。

 

 

 

    ネクタイ

 

 

「ネクタイを嫌がるほど若くはないのでね」


 そう言って朗は口角を上げた。眼鏡の奥の瞳を束の間細め、右手を襟元にやる。「だが、ネクタイを絶対視するほど年寄りでもない」

 結び目にかけられた指が左右に振れ、ネクタイが緩められた。鷹揚に長椅子の背に身を預け、囁く。


「おいで、志紀」

 

 

 

 

 

 

 

 

    眼鏡

 

 

 あれは大学生の頃だったか。眼鏡を鎧に例える話を小耳に挟んだ時、「それは違う」と朗は思った。

 確かに、視力の悪い者にとって、眼鏡が無い状態というものは、酷く頼りなく、無防備に感じられるものである。輪郭がぼやけ、色彩が滲み、全ての境界が曖昧になった世界には、時に不安や、場合によっては恐怖が潜んでいる。そう、たそがれどきの四つ辻のように。

 だが、世界が不明瞭であればあるほど、自身もその薄闇にたゆたうことができるというものだ。見通せぬ世界が怖いというのならば、見なければよい。見なければ、認識上それは存在しないのと同義になる。そう、全ては靄の中に。嫌なものも腹立たしいものも全て、ぼんやりとした薄幕の向こうに追いやってしまえばいい。


 ソファに腰掛けた朗は、眼鏡の位置を直して、薄く笑った。

 明瞭な世界。ここには、朗と、朗をとりまく全てのものがある。朗にとって眼鏡は、自分と世界とを繋ぐよすがであった。


「どうしました?」


 志紀が、怪訝そうな表情で朗の顔を覗き込んできた。

 艶やかな黒髪、人形のような肌理、澄みきった瞳を飾る睫毛の一本一本までもが、くっきりと薄闇に浮かび上がって見える。


「私、何か変なこと言いましたっけ?」

「思い出し笑いみたいなものだ。気にしないでくれ」


 ――他人の至近で眼鏡を外す、ということが、私にとってどういう意味を持つのか、おそらく君は知らないだろう。


 朗は、微かに目元を緩めると、志紀を引き寄せた。

 そっと眼鏡を外し世界を遮断する。手元に志紀を残したまま。

 

 

 


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