おいでませ、異世界・9
目を醒ますと、そこは修羅場だった。
「どぅわっ」
視界に入った銀色が何か把握する前に、俺はごろんと横へ転がる。
かなりの勢いを付けて襲い掛かったであろう盗賊は、枕代わりにしていた倒木と格闘していた。深々と突き刺さった武器を抜くのはちょっと難しい。こっちを忌々しそうに睨みながら、必死の上下運動だ。うん、虚しいな。
「おらよ、っと」
「ぐえっ」
がら空きの腹へ蹴りを一発お見舞いして、その反動で起き上がった。
ボイスのアドバイスで下敷きにしておいた剣は、奪われることなく定位置にある。とっさに握ったものの、やっぱり俺に人間を斬れるだけの度胸はない。しばらく迷って、手頃な布を二つに裂いた。
ぐるぐるに巻きつけた両手の具合をみる。
「よし」
「死ねやコラァ!」
「だが断る」
実は俺、運動神経には自信がある。
攻撃された時には目を逸らすな、というボリスの教えを守れば避けるのも容易い。おお、俺って熟練者っぽくないか。布を握りしめた拳で、態勢の崩れた盗賊を殴った。どこに当たったか知らないが、くぐもった声を上げて崩れ落ちる。
いける。
「ご主人様っ」
「余所見しなくていいから、自然破壊だけはするなよ!」
「えー、こういう手加減って難しいんですよね。余計に魔力を消耗しますし」
ぶつくさ言いながらも、ちゃんと言うことを聞いてくれる。
クラークについて、その辺は信用してもいい。焚火はかろうじて消えずに残っているが、頼りない明かりではせいぜい近辺しか見えない。ボリスもどこかにいるはずだが、迂闊に動き回るのもヤバそうだ。
そろりと注意深く足運びをしても、踏んだ先が盗賊の体だったりする。
(し、死んでない……よな?)
ぐんにゃりとした触感が、とてつもなく気持ち悪い。
「ボリス!」
「ソースケ、馬をやられた」
ちょうど叫んだ頃合に向こうも片がついたらしい。
夜の闇からのっそり現れたボリスは、開口一番「すまん」と謝罪する。
「んだとぉ?!」
「荷台は無事ですが、これを引っ張るのは大変そうですね」
「仕方ねえ。持てそうにない分は、置いてくか」
そうと決まれば行動するだけだ。
多少血の臭いがする荷台に顔をしかめつつ、テキパキと荷物をまとめていく。念のためと大きな袋や丈夫な箱を持ってきておいて良かった。箱の方には、皮袋を割いて作った紐をくくりつける。余った皮紐は中身が飛び出さないようにするためのバンドにした。
「手際が良いな」
「色んなバイト経験の賜物さ」
「ご主人様、一番下にこの石を入れてください。浮遊の魔法が込めてあります。多少は助けになるかと思います」
「クラーク。お前、いつの間にそんなもん作ってたんだよ」
「はい。備えあれば憂いなし、というお教えのままに」
そういや、そんなことも言ったっけか。
カントにあるクラークの家で、慌ただしく荷造りを始めたのが随分昔に思える。実際には大して日数も経っていないから、不思議なもんだ。
ちら、と焚火がくすぶる辺りを見やった。
(どいつも、動かねえな。死んでるのか)
やらなければ、やられる。
ふと見た手に巻いた布が血に濡れていて、思わず引き抜いた。それでいて、はらりと落ちていく様子を何となく見送ってしまう。
「ご主人様」
「……行くか。二度寝する気にもならねえや」
「そうだな」
野郎三人の旅路が再び始まる。
ぽぉ、っと行く先に光が生まれた。手のひらに発光体を乗せているクラークが、複雑そうな笑みを浮かべている。ドヤ顔でもしてくれたら、罵ってやったのに。
「気ぃ遣ってんじゃねえよ、ばぁか」
「では、これは消してしまいましょう」
「嘘です嘘です、めっちゃ助かる!! クラーク先生、さっすが」
「ご主人様、気持ち悪いです」
「身震いするな。光がブレる!」
「くくっ」
思わぬ現象にぽかんとする俺たちの前を、ボリスが歩いていく。クラークが持っている光のおかげで、口角の上がった顔がはっきり見えた。
あまりの珍しさに、呆然と見送る。
「笑われましたね」
「お前がな」
やや遅れて、俺たちも歩き出す。
荷物は浮遊石のおかげで、それほど重く感じない。だが、今後の野宿は厳しいものになるだろう。山を越えた向こうは、どんな気候になっているか分からない。
それでも俺の心は未知の情景に対する期待で、ガキみたいにわくわくしていた。