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勇者が街にやってきた  作者: 天野眞亜
旅立ち編
9/18

おいでませ、異世界・9

 目を醒ますと、そこは修羅場だった。

「どぅわっ」

 視界に入った銀色が何か把握する前に、俺はごろんと横へ転がる。

 かなりの勢いを付けて襲い掛かったであろう盗賊は、枕代わりにしていた倒木と格闘していた。深々と突き刺さった武器を抜くのはちょっと難しい。こっちを忌々しそうに睨みながら、必死の上下運動だ。うん、虚しいな。

「おらよ、っと」

「ぐえっ」

 がら空きの腹へ蹴りを一発お見舞いして、その反動で起き上がった。

 ボイスのアドバイスで下敷きにしておいた剣は、奪われることなく定位置にある。とっさに握ったものの、やっぱり俺に人間を斬れるだけの度胸はない。しばらく迷って、手頃な布を二つに裂いた。

 ぐるぐるに巻きつけた両手の具合をみる。

「よし」

「死ねやコラァ!」

「だが断る」

 実は俺、運動神経には自信がある。

 攻撃された時には目を逸らすな、というボリスの教えを守れば避けるのも容易い。おお、俺って熟練者っぽくないか。布を握りしめた拳で、態勢の崩れた盗賊を殴った。どこに当たったか知らないが、くぐもった声を上げて崩れ落ちる。

 いける。

「ご主人様っ」

「余所見しなくていいから、自然破壊だけはするなよ!」

「えー、こういう手加減って難しいんですよね。余計に魔力を消耗しますし」

 ぶつくさ言いながらも、ちゃんと言うことを聞いてくれる。

 クラークについて、その辺は信用してもいい。焚火はかろうじて消えずに残っているが、頼りない明かりではせいぜい近辺しか見えない。ボリスもどこかにいるはずだが、迂闊に動き回るのもヤバそうだ。

 そろりと注意深く足運びをしても、踏んだ先が盗賊の体だったりする。

(し、死んでない……よな?)

 ぐんにゃりとした触感が、とてつもなく気持ち悪い。

「ボリス!」

「ソースケ、馬をやられた」

 ちょうど叫んだ頃合に向こうも片がついたらしい。

 夜の闇からのっそり現れたボリスは、開口一番「すまん」と謝罪する。

「んだとぉ?!」

「荷台は無事ですが、これを引っ張るのは大変そうですね」

「仕方ねえ。持てそうにない分は、置いてくか」

 そうと決まれば行動するだけだ。

 多少血の臭いがする荷台に顔をしかめつつ、テキパキと荷物をまとめていく。念のためと大きな袋や丈夫な箱を持ってきておいて良かった。箱の方には、皮袋を割いて作った紐をくくりつける。余った皮紐は中身が飛び出さないようにするためのバンドにした。

「手際が良いな」

「色んなバイト経験の賜物さ」

「ご主人様、一番下にこの石を入れてください。浮遊の魔法が込めてあります。多少は助けになるかと思います」

「クラーク。お前、いつの間にそんなもん作ってたんだよ」

「はい。備えあれば憂いなし、というお教えのままに」

 そういや、そんなことも言ったっけか。

 カントにあるクラークの家で、慌ただしく荷造りを始めたのが随分昔に思える。実際には大して日数も経っていないから、不思議なもんだ。

 ちら、と焚火がくすぶる辺りを見やった。

(どいつも、動かねえな。死んでるのか)

 やらなければ、やられる。

 ふと見た手に巻いた布が血に濡れていて、思わず引き抜いた。それでいて、はらりと落ちていく様子を何となく見送ってしまう。

「ご主人様」

「……行くか。二度寝する気にもならねえや」

「そうだな」

 野郎三人の旅路が再び始まる。

 ぽぉ、っと行く先に光が生まれた。手のひらに発光体を乗せているクラークが、複雑そうな笑みを浮かべている。ドヤ顔でもしてくれたら、罵ってやったのに。

「気ぃ遣ってんじゃねえよ、ばぁか」

「では、これは消してしまいましょう」

「嘘です嘘です、めっちゃ助かる!! クラーク先生、さっすが」

「ご主人様、気持ち悪いです」

「身震いするな。光がブレる!」

「くくっ」

 思わぬ現象にぽかんとする俺たちの前を、ボリスが歩いていく。クラークが持っている光のおかげで、口角の上がった顔がはっきり見えた。

 あまりの珍しさに、呆然と見送る。

「笑われましたね」

「お前がな」

 やや遅れて、俺たちも歩き出す。

 荷物は浮遊石のおかげで、それほど重く感じない。だが、今後の野宿は厳しいものになるだろう。山を越えた向こうは、どんな気候になっているか分からない。

 それでも俺の心は未知の情景に対する期待で、ガキみたいにわくわくしていた。

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