表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者が街にやってきた  作者: 天野眞亜
旅立ち編
8/18

おいでませ、異世界・8

 マンフレート山脈はいくつもの山が連なって出来た、いわゆる自然の壁だ。

 山の一つずつに名前がつけられているらしいが、マンフレート西峰や東峰といった呼び方が一般的だという。遠目からだとゴツゴツして見える山肌も、入り口は鬱蒼とした森から始まる。薄暗い密林地帯を進むうちに坂道があり、下り坂もあり、とうとう街道も外れてしまったりと、旅の初心者がやらかしそうなミスを犯した。

 その結果が、これだ。

「馬車と有り金、ついでに身ぐるみ脱いで、置いていけ」

 命が惜しかったら、という常套文句だ。

「ボリス、どうするよ?」

「温情をかける必要もありません。一網打尽にしましょう」

「いや、こういうのってさ。どっか、その辺にアジトがあったりするだろ。こいつらはこの街道担当で、今ぶちのめしても仕方ねーのかなって」

 ざっと見て、盗賊は6人。

 隠れている奴がいるにしろ、ボリスとクラークの敵じゃない。ゲームの世界で考えるなら、一人残らずHP0にする。皆殺しだ。

(俺は、やりたくない)

 たとえ自分が手にかけるんじゃなくても、殺し合いは嫌だ。

 ボリスは甘い考えだと笑うだろうか。クラークは心の中で憐れんで、表面上は同意を示すかもしれない。俺の予想が当たっているなら、盗賊を生かしても殺しても同じだ。他の盗賊たちが別の人間を襲う。

「どうする、ソースケ」

 俺よりもはるかに強い二人が、俺の決断を待ってくれているのが嬉しかった。

「この間も言ったけど、急ぐ旅でもないんだよな」

「まあ、そうですね」

「どちらかと言えば、もう少し仲間が欲しい。たとえば、可愛い女の子とか」

「おい、そこのガキ! こっちが何もしねえからって、呑気に構えてんじゃねえぞ」

 痺れを切らした盗賊の一人が、恫喝っぽい台詞を吐く。

 クラークの握った杖が、ボリスの肉体が、奴らの行動を慎重にさせている。交渉の余地はありそうだが、上手くいく保証もない。最善の手は、盗賊団をまとめて騎士団かどこかに付き出すことだ。

 そこで処刑されようと、何されようと知ったことか。

 罪を裁くのは、その役目を負った人間たちがやればいい。ボリスやクラークにそんなものを背負わせたくはない。そう考える俺は、やっぱり甘い。

(どうする)

 悩めば悩むほど、焦れてくる。

 相手は既に抜刀し、ボリスとクラークもすぐさま戦いに転じられる態勢だ。今まで野獣相手とはいえ、何度か戦闘を重ねてきた成果ともいえる。

「ああ、くそ! 誰でもいいから、こいつらどっかやってくれっ」

「はいな~」


 ゴオオオオオオオォッ


 突風が、吹き抜けた。

 木々が密集する山の中とは思えない凄い風だ。吹き飛ばされないように足を踏ん張る中、木の葉と一緒に盗賊たちが飛んでいくのが見えた。

 人間って空、飛べるんだな。

「うぎゃあああああっ」

 品位の欠片もない悲鳴がどんどん遠ざかり、次第に風も弱まった。

 俺たちは何が起きたのかも分からないまま立ち尽くす。文字通りに盗賊たちがどこかへ行ってくれたのはとりあえず幸い、とだけいっておこうか。

 今のは、とクラークが呟いた。

「風の魔法ですね」

「それくらい、俺にも分かる」

「凄まじい風だったな」

「ああ、人間が飛んでったぞ」

 恨めしげな視線は無視スルーして、俺はきょろきょろと周囲を見回した。こういう時のお約束として、さっき聞こえてきた声の主が登場しそうなものだ。しかも、若い女とみた。

 否応なしに俺の期待は高まる。

 そして。

「街道って名ぁつけるんならよ、馬車が通れるくらいの広さは最低限維持すんのが常識だろ。そうだろ?」

「はい、もちろんです。ご主人様」

「ぼーぼーじゃねえか!」

「枝払いをする姿も素敵です、ご主人様」

「お前もやれ!」

「そうしたいのは山々ですが、馬を連れていく人間がいなくなりますので」

「ソースケ。騒ぐと、余計に体力を消耗するぞ」

「うぐ」

 ボリス一人に任せられず、俺は御者台を下りていた。

 鍛錬以外で鞘から抜くことのなかった剣を、ぶんぶん振り回して枝を払う。素振りをやっていると思えば、我慢できなくもない。ちなみにクラークが御者を担当しているのは当人が言った理由もあるが、威力が強すぎて辺り一帯を吹っ飛ばしかねないからだ。

 地道な手作業という選択もあるのに、魔術師が魔法を使わないのは主義に反するとか何とか言いやがる。くだらない押し問答で日が暮れかけ、今は野宿できそうな場所を探している最中だ。

 あの声の主は、とうとう現れなかった。

「くっそう、潤いがー」

「ソースケの下心を見抜かれたのではないか?」

「声だけで、美女と判断するのは早計だと思います。もしかすると、年端もいかない少女かもしれません」

「あんな物凄い風を起こせるんだぞ。少女であるわけが、ない!」

「魔術師の中には外見を好みに合わせて変更する者もいます」

「ならば、ナイスバディの美女に変更していただく」

「目が据わっているぞ」

「申し訳ありません、ご主人様。そこまで女に飢えているとは知らず…………お役に立てない不忠者と、どうぞ罵ってください」

「ふちゅーものー」

「心がこもっていませんっ。もう一度!」

 クラークは変人な上に、マゾだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ