おいでませ、異世界・5
かぽかぽかぽ……
呑気な蹄の音が響くは、トロイメア街道。真っ直ぐ行けば、マンフレート山脈に繋がっていて、南側で最大規模を誇るアクレイギア王国へ至る。
この道のりで最も難関とされるのは、やはりマンフレート山脈だ。
街道は整備されているとはいえ、周辺は盗賊の被害が多く報告されている。ついで野獣も出没するので、ここを通る時には腕のいい冒険者か自由戦士を護衛として雇うのが常識だ。山の中は国境にあたるというのもあって、どの国も手出ししづらいという欠点もあった。
「うわあ、なにそれメンドクセー」
「案ずるな。盗賊や野獣程度、俺の敵ではない」
「ああ、期待してる」
「危なくなったら、瞬間移動で最寄りの街まで飛びます」
「その後力尽きても意味ねえだろ。温存しとけ」
「ご主人様……っ」
歓喜に震えるクラークはさておき、俺は手綱を握り直した。
(何が驚いたって、俺が『なんちゃって御者スキル』持ってたことだよなあ)
現実的な話、徒歩で歩ききるのは無謀極まりない。
いくら急がない旅とはいえ、どこの街も一日で辿り着ける距離とは限らないのだ。最悪の場合は野宿も視野に入れなきゃならない。尤も、クラークは全力で拒否しそうだが。
「……置いてきゃいいか」
「冷酷なふりしても、最後は見捨てられないご主人様を…………尊敬しています」
「大好きとか言いやがったら、一生口を利かねえ」
後ろを見なくても、青い顔で固まっているクラークが想像できた。
何度でも念を押しておくが、俺にそういう趣味はない。あいつも初対面こそ、単なるインテリ系の毒舌家だった気もするんだが。どっかで大事なネジの一つや二つを置いてきたのだろう。可哀想だが、同情はしない。
「それよりも女だ。潤いが足りねえ」
「女衒を探しているなら、街道から少し外れていくが」
「あんのか?!」
「ああ」
「いけません、ご主人様。そのような場所で、どんな恐ろしい病をうつされるか! いえ、医者が匙を投げようとも私だけは見捨てません。一生かけて治してみせます」
「どんな難病にかかってんだよ、俺は」
「えっ、そ…………それは、声に出して言うのが恥ずかしいというか」
「ボリス」
「おぐえっ」
荷台が揺れ、クラークがどさりと倒れる。
ちゃんと魔術師らしく、物理ダメージに弱いのはいいことだ。ボリスの(手加減した)一撃で沈められるから、しばらくの安寧も得られる。
「毎回悪いなー、ボリス」
「構わん」
「そういうトコ、好きだぜ」
「………………」
「だから、俺はそっちの趣味はねえっつの!」
今後もこの誤解がつきまとうのかと思えば、ものすごく気が重い。
性格的な面を除けば、クラークはとんでもなく強い。ボリスは剣も扱えるらしいので、この二人だけで大抵の敵は一掃できそうな気がする。もちろん、俺は後方支援だ。腰に差したは竹光、なんて気取るつもりも毛頭ない。
(リーダーが最弱だって、いいじゃねえかよ)
うっかり所持スキルが他にもあるかもしれない。
そして、俺はひょんな所でそれを発掘するに至ったのだった。