おいでませ、異世界・2
ケビン・マイク(以下略。自称クラーク)は、魔術師の家系らしい。
その昔はナントカ王朝屈指の超一流名門だったのが、とある大戦で没落したとか。それでも一流貴族の座は維持しているんだから、彼らの実力は推して知るべしだ。
「んで、その魔術師サマがなんで主人を召喚するんだ? 王宮で雇ってもらえばいいじゃねえか。王族とか」
「いいえ、過去の過ちは繰り返すわけにはいきません。確かに私たちの身分からいきますと、主人として仕えるに相応しいのは皇帝とその一族しかおりませんが」
すげえ自信。ちょっと引くわ。
ただ、この男がとてつもない金持ちだというのは昨日で嫌というほど分かった。
神殿から自宅へ連れていってもらったはいいが、あっちもこっちも召使だらけ。執事に秘書に、専属の従者とやらも複数いる。こんなに仕える人間がいて、わざわざ異世界から召喚する必要ってあるのか。
ちなみに俺は専用の部屋をもらって、ふかふかのソファで寛ぎ中。
クラークを反対側の椅子に座らせ、世界についての勉強をしているところだ。ゴシュジンサマは何もしなくてもいいというが、俺は知っている。ウマい話には裏があり、タダほど高いものはなく、ダマされた方が馬鹿なのだ。
そもそもRPGをプレイする際には、まず世界観を把握しておくのがいい。
何も分からないままに突っ込んでいっても、なんとなーく先へ進めちゃうのがゲームというやつだが、俺はそういうのが嫌いだ。たとえ決められたシナリオ通りに進むのだとしても、自分で考えながらプレイしていくタイプ。
最初に出会ったのがなよっちい優男でも、そのうちに可愛いヒロインが出てくることを信じて。
(エロゲなら、片手で余るくらいには出てくる)
おっと涎が。
期待しすぎても損をする、っていうのも短い人生で学んだことだ。伊達に彼女いない歴が実年齢と同じじゃない。くそう、泣けてきた。
「ご主人様?」
「ああ、悪い。要するに世界のど真ん中にでっかい大陸があって、その大陸のあちこちに大小さまざまな国があって、北にあるそこそこ大きな国がハルトリーゲル皇国で」
「現在の皇帝はオルヒデーエ三世です」
「俺ヒデエ賛成?」
なんだそりゃ。
首を傾げた俺に、可哀想なものを見る目をするな。自分でも大した空耳だと思っているから、ものすごくいたたまれなくなる。
たっぷり自己嫌悪に陥る時間を与えてから、クラークが微笑んだ。
「猊下にお伝えしておきますね」
「すいませんでしたごめんなさい!?」
「冗談ですよ。ご主人様を危険な目に遭わせたり、悲惨な状況へ追い込むようなことはいたしません」
にこにこと告げるクラークの腹ん中は、きっと真っ黒だ。
皇帝の悪口を言ったら、そういう目に遭うんだと記憶しておこう。さわらぬ神にたたりなしだ。いつ戻れるかも分からないのに、危ない橋を渡ることもない。
「そういや、大陸の名前はなんていうんだ?」
「名もなき大陸です」
「ないのか」
「あえて言うなら、名もなき大陸ですね」
「わ、分かった」
片手を挙げた俺は、ほとんど降参のポーズをしたようなものだ。
主従関係は明らかであるはずなのに、どういうわけか下僕の方が偉い。こっちが勝手にそう思っているだけだから、実際はどうなのか分からないんだが。
「俺はこの世界で何をすればいいんだ?」
「竜を殺してください」
「へー」
「この世界のどころかにいるはずなので、それを探すことから始めなくてはいけませんね」
「ほー」
「ご主人様?」
「うん、頑張れ。俺は応援している。お前ならできる!」
「言い伝えによりますと、異世界の者にしか見つけ出せないということです」
「じゃあ、俺以外の誰かだな」
「残念ながら、一族の者で召喚魔法に成功したのは私だけです」
「はあぁ!?」
クラーク曰く、召喚魔法とはひどくデリケートなものらしい。
あらゆる自然現象と術者のコンディションに、召喚対象となる異世界人の波長が完全に一致しなければ成功しない。そして、一族の者が召喚魔法を使えるのは一度きり。泣いても笑っても一回限定の魔法で成功しなければ、異世界人はやってこない。
「ってことは、主人がいないままに終わるのか?」
「そうですね。魔術師であると同時に一領主でもありますから、餓死することはありません。主人を得るということは、一族にとって至上の喜び。まさしく奇跡なのです」
「ナイスバディの奇跡じゃなくて悪かったな」
「よくよく考えれば、我が主に閨でのお相手を頼むわけにもまいりませんので。我が主がどうしてもと懇願されましたら、私も僭越ながらご奉仕させていただきたいと」
「俺は男だ! そういう趣味はねえっ」
「はい、とっても残念なことに」
それは残念そうに言われ、俺はがっくりと肩を落とした。
俺だって、と返したい。だが、もっと虚しくなるだけだと我慢した。恋人のいない健全な独身男だ。ちょっとくらい夢を見たっていいじゃないか。
「ケビン、入ってもいいかしら」
鈴の鳴るような声に、ピクリと反応する素直な俺。
ゆっくりと扉を開けて入ってきたのは、まさしく夢が現実化したようなナイスバディの美女だった。燃えるような色の髪に、栗色の瞳、目鼻立ちがはっきりしている割にキツイ印象がない。少し厚めの唇は柔らかそうで、豊かなラインを描く体はいっそ蠱惑的だ。
目が合うと、にっこりほほ笑む。
「普通ね」
この美女に召喚されたかった、という言葉は瞬時に消し飛んだ。
「ケビンったら、女の子を召喚するって宣言していたのに期待を裏切ったどころか、こんな普通の人間を召喚してどうするの? 魔法の無駄遣いじゃない」
「エヴァ姉さん、そんな本当のことばかり言ったら駄目だよ」
「だいたい竜なんて、実在するかどうかも分からないものを殺しに行くこと自体が夢物語なのよ。あんたの失敗で明らかになったわ。一族はもう、古い呪縛から解き放たれるべきなんだって」
美しい薔薇には棘がある。
俺だって知ってる。そんなこたぁどうでもいい。さんざん人の自尊心を踏みにじりやがって、こっちも好きで異世界に来たわけじゃねえ。気が付いたらここにいた、っていうお約束展開だ。しかも大事な所を見られた直後に、覚醒した。
「挙句の果てに、間違いだの、失敗だの……」
「怒った? でも本当の事だから仕方ないわよね」
「クラーク!」
「はい、ご主人様」
「その竜とやらはどこにいるんだ」
「伝承によりますと、大陸の西端にあるシクリア王国だそうです」
「距離は」
「正確な数値は省きますが、徒歩で数年くらいは」
「遠いな、オイ!! まあ、長期の海外旅行すると思えばいいか」
実際にどんな道を進むのかは別として、この国で過ごす義理もなければ興味もない。いや、街に出れば面白いもんもあるかもしれないが。
「……正気なの?」
「任せろ。これでも昔、ドラゴンスレイヤーの称号を得たことがある」
とあるゲームで。
姉弟の驚きや畏敬に満ちた視線は、ちょっと心地良かった。
コントローラーに繋がったテレビ画面と睨めっこして、最強装備と最強レベルで挑んだボス戦を思い出す。あの時は勇者以外に何人かの仲間を含めたパーティーだった。
とりあえず魔術師は確保している。他は、旅の途中でゲットできればいい。
できなかったとしても、俺のせいじゃない。
(ここが剣と魔法の世界なら、愉しまなきゃ損だろ)
この時点での俺はまだ、希望があった。