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勇者が街にやってきた  作者: 天野眞亜
オルタンシア編
18/18

正しい勇者の名乗り方・6

「柄をしっかり握って」

「あ、あんた……」

「重心を常に意識して、剣は己の一部だと考えるのです。腕の延長線に敵がいます。動きが見えているのですから、反撃するのは難しいことではありません」

 退治依頼を説明した時のように淡々と、それでいて感情のこもった声だ。俺の背後に立ち、一斉に斬りかかろうとしたオークたちを相手にしている。

 剣戟の音が倍に増えた。

「やればできるのですね」

「こいつらが! 弱いからっ、だろ」

 渾身の力で蹴飛ばし、転がったオークを上から突き刺す。引き抜いた勢いに左手を重ね、斧を振り上げたオークは横払いにした。そいつも蹴っ飛ばして、大きく息を吐く。

 まだ終わっちゃいない。

 魔法生物(ガーゴイル)相手でも引けを取らなかった面子が、手こずっている。

「クラークの奴、風属性の魔術使ってんのか。燃やし尽くしてやればラクなの、に」

 そういや、討伐の証拠が必要だって話していた。

 火属性で燃やすと、跡形も残らない。加減すればいい話だが、オーガが森の外へ出てこないからだろう。そこで火を使えば、あっという間に燃え広がる。近隣の村にとって、森は大事な資源と食料の宝庫だ。なるべく森に被害が残らないようにしたい、と作戦会議中に話していたのを覚えていたんだろう。

「ちっ」

 クラークは人の話を聞かないくせに、妙なところで素直だ。

「どこへ行くのですか?!」

「決まってんだろ、オーガをやっつけるんだよ」

「無謀です。あなたの実力では、近づくことすら」

「あーあー、煩ぇ女だな!! 仲間が戦ってんのに、安全な所で傍観できるかっ」

「せめて傷を治してからにしてください。満身創痍ではないですか!」

 振り払った腕はすぐさま掴まれる。

 そこはちょうどオークに斬られた部分だが、おそらくは夢中で気付いていない。指がわずかに食い込んで、痛いとか痛くないとかいう段階を越えている。いいから早く放せ。

「舐めときゃ消える」

「そういうわけにはいきません!!」

「てめえは俺の女か?! 俺に触るな、離せっ」

「あ」

 助けてくれたのは感謝している。

 頼んでもいないのに、丁寧な指導をしてくれた。おかげで自力でオーク二体を倒せた。そのことについては感謝している。だが、イライラする。

 俺は、こんなに短気な男だったろうか。

「クラーク! ぐあっ」

「ちょ……っ。ソースケってば、何やってんの。バカなの?」

 勢いで突っ込んでいって、思いっきりオーガに殴り飛ばされた。

 うわー、格好悪ぃ。すげえ痛え。ビバ、水平飛行初体験。って、なんだこれ。いきなり真っ赤な血を吐いたぞ。森へ吹っ飛ばされたから、何かにぶつかった拍子にどこかを壊したかもしれない。血の色が鮮やかすぎて、呆然とする。

 完全に動きの止まった俺をボリスが拾い上げ、リタが何かを投擲した。

 苦悶の声が上がる。

 オーガが大きくひるんだ隙に、クラークも駆け寄ってきた。

「ご主人様!」

 眼鏡のズレた間抜け面が、泣きそうに歪んでいる。あのお気楽娘のリタまでが青ざめていて、まるで俺が重傷を負ったみたいじゃねえか。確かにめちゃめちゃ痛くて、熱くて、どうにかなりそうだ。

「だ、だいじょぶだ……。クラーク、火を使え」

「ですが」

「俺が、許ず。ざっざと終わらせ、ろ」

「承知しました」

 証人はいる。

 黒燕の女が見ている前で、オーガを倒してやれ。そうすれば、認めざるを得ない。俺たちは報酬をもらって、旅を再開する。オルタンシア共和国を南西に、それから二つの国を越えていけば目的地であるシクリア王国だ。

 そこから竜についての情報を集め、見つけ出し、倒す。

「ごほ…………っあー、骨が折れでんな」

「呑気に言ってる場合?! あ、寝ちゃダメだよ。寝たら死ぬから!!」

「ごごは、極寒の地が」

 咽喉がおかしい。声が濁っている。

 ひゅーひゅー、と聞こえるのは俺の体だった。今気づいた。

「どいてください、私が治します!」

「ざわんな、ぼっどけ」

「できるわけがないでしょうっ。私にも騎士の誇りというものがあります」

「…………あ?」

 あんた、兵士団の人だろうが。

 ぼんやりと女を見上げれば、こっちも泣きそうな顔だ。クラークはともかく、出会って二日目の女に心配されるか普通。これは何かのフラグだとしか思えない。よし分かった、全力でへし折ろう。

 そんなことを考えているとも知らず、女は意識を集中させる。

 クラークと同じように呪文を詠唱しているようだが、その言葉が全く理解できない。今まで普通に意思の疎通ができていただけに、ちょっと驚いた。

 彼女が、微笑む。

 見惚れていたと思いたくなくて、目を逸らせば照れていると誤解されそうで、俺はただ無心で視線を固定した。呪文は「音」には違いないが、やはり意味が分からない。唄のようにも聞こえるから、詩みたいなものだろうか。

 光が体を包んで、何かが早送りにされている感覚も――。

「……っつ」

 やばい、と気付いた俺は咄嗟に女を突き飛ばした。

「きゃ?!」

「何なに? どうしちゃったの」

「がはっ、ごほ…………ぐえっほ」

 戸惑う声が聞こえるが、それどころじゃない。

 熱が溜まっている腹を力いっぱい殴った。当然ながら、おえっとなる。吐瀉物には血が混ざっていないのを確認できたが、四つん這いになって地面をかきむしった。何が起きているかって、そんなのは俺が一番聞きたい。

 血が暴れている。破裂しそうだ。

(くっそ、だから放っておけって言ったんだ!)

 ぐるぐる回る視界は、瞑目して遮断。余計に眩暈が強くなった気もするが、この際気にしていられるか。考えるんだ、何が起きているかを。こんな所で、治癒魔法を使われたくらいで死ぬか、普通。アンデッドか、俺は。

 もう一度、腹を殴った。

「くか……っは」

「ご主人様!? これは一体、何事ですか」

 やっとクラークが来た。

 遅いぞ、てめえ。何してやがった。

「申し訳ありません。加減を間違えて、捻じれた空間を元へ戻す作業に手間取りました」

「っは」

 さすがは凄腕魔術師。とんでもないデカさだったとはいえ、オーガ相手に桁違いの魔力を使ってしまったらしい。芸の細かい魔術も使えるくせに、手加減できないとはそういう意味だったかと今更理解する。

「加減を、間違えた?」

 少しずつ血が落ち着いてきた。よしよし、俺は人間だ。誰が何と言おうと人間だ。

 汚れた口を拭い、巻きつけた布を外した手で汗を払った。ふぅ、ふぅと息を繰り返す。気功術でも学んでおけばよかった。しかし、うろ覚えの呼吸法でも効果はある。徐々に体がいつもの状態になっていき、やっと一息つける。

 思わず地面に座ったまま、大きなため息を吐く。

 ああ、酷い目に遭った。

「ご主人様、大丈夫ですか?」

「もう落ち着いた。んで、クラーク」

「はい?」

「てめえ、最初から知ってただろ」

 目を逸らしやがった。

「こういうことは先に言え、馬鹿」

「愛の鞭!」

 せめて悲鳴くらい、普通に言ってくれ。

 接近しすぎた顔には拳をめり込ませると、なんだか嬉しそうに倒れていく。クラークの奴に、そっちのケもあるとは知らなかった。うむ、今後は気を付けねばなるまい。

「あの、ごめんなさい。私」

「あんたは悪くない。だからもう、俺個人に関わるな」

「…………っ」

「うっわぁ、ザックリいきましたよ」

「半端な情けは為にならん」

 リタとボリスは、すっかり傍観者になっている。こういう時に下手な首を突っ込むといい結果が出ない、と分かっているのだ。彼女にも、それくらいの勘の良さがあればいい。

 いわゆる空気を読め、だ。

「で、どーゆーことなの?」

「簡単に言うと」

「ふむふむ」

「治癒魔法が暴走した」

「そ、そんな!」

「だからあんたは悪くない、って言っただろ。問題は俺。理由は言えない」

「それでは納得いきません」

「してくれなくていいよ。俺にとっちゃ、どうでもいいことだ」

「あらら、格好つけちゃって。激しくのたうってたくせにぃ」

 むふふんと笑うリタを睨みつけ、もう一度ため息。

 自然治癒能力が高すぎるのも考えものだ。自分で治そうとしている所へ、外部から強い力が加わった。相乗効果で血圧が上がったか、骨が過剰発達しようとしたか、その辺は分からない。知りたくもない。俺は普通の人間だし、これからもそうありたいと思っている。そもそもこういう過剰治癒って有りなのかを、神様(仮)に聞いてみたいところだ。

 善意から治癒をかけてくれたことには感謝するが。

(それをここで言ったら、また好感度上がりそうな気がする)

 立ち上がった拍子にフラついて、すかさずリタが支えてくれた。

「珍しいな」

「この場だと、あちししかいないっしょ」

「……助かる」

「にゃは」

 ぼそぼそと小声で言葉を交わす。

 ボリスだと身長差がありすぎて吊り下げ状態になるし、クラークの場合はちょっと想像したくない事態になりそうで怖い。

 実は騎士でした、な女を見やる。

「オーガは倒したぞ」

「はい、この目で見届けました。黒燕兵士団の名において、報酬をお渡しします。砦の兵士から、お受け取りください」

「へーい」

「ダジャレ?」

「違ぇ」

 脳内辞書のヲタク師匠の欄に、無駄スキル「親父ギャグ」も追加。

 頼りない足取りながらも、ゆっくり歩き出した俺にボリスが続く。クラークもしょんぼりしながら、後を追いかけてきた。安心しろ、そんな顔をしても気遣ってやらん。

「完全に寄りかかってもいーのに」

「お前、女だろ。一応」

「わーあ、嬉しいなあ。勇者サマ、やっさしーい」

「棒読みすんな。照れてんのか」

「きゃは、バレちゃった!」

「きもい……」

「にゃんだとーっ」

 軽口を叩き合いながら、砦を目指す。

 入り口を見張っている兵士が気付く頃には、俺も一人で歩いていた。おそらくボリスとクラークは気付いていたに違いない。俺たちより後方、かなり離れた距離を保ちながら歩いてくる人影に。

 その眼差しが、とある決意を秘めていたことに――。


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