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勇者が街にやってきた  作者: 天野眞亜
オルタンシア編
17/18

正しい勇者の名乗り方・5

 ヒョコヒョコとぎこちなく歩く俺の隣を、クラークが姿勢正しく進む。

 貴族ってのはこんな風に立ち振る舞いから何から、骨の髄まで教育されつくしているんだろう。ぞっとしないが、そういう生き物だと思えば気にもならない。おそらく彼女の素性に気付いたのは、下っ端兵士との微妙な違いだったんだろう。

「大丈夫ですか?」

「おう」

 くっそう。リタの奴、思いっきりやりやがって。

 ちなみに目覚めも最悪だった。目敏く察してくれたクラークと起き抜けの器械運動をするハメになり、こういう時だけは絶対止めてくれないボリスを拝み倒して事なきを得た。どこまで本気でかかっているのか読めないのが、クラークの恐ろしいところだ。

 人生初の治癒魔法体験がアレな感じで、俺は泣きたい。

「あのロリペタ娘め、朝飯の時も平然としやがって」

「リタの事が気になるのか?」

「いんや、別に」

 あいつのことだ。上手くやるに違いない。

 信頼というよりも、ただの確信だ。リタ個人の都合は知らないが、この先も同行するつもりでいるなら真面目にやる。オーガを倒さない限り、路銀は増えない。金がなければ、この先の旅を続けていくのは困難だ。自然の恵みだけで生きていけるほど、俺たちは原初に戻ってもいない。

 人工的な風景に懐かしさを感じるようになったら、それはそれで嫌だ。


 バサッ、バサササ……


 鳥たちが慌ただしく飛び立っていくのを、ぼんやり眺める。

 ここはザーブの森の入り口。木々の隙間を覗く限り、その奥がどうなっているかはさっぱりだ。明らかに森の周辺ですと言わんばかりに木々の領域がはっきりしているおかげで、俺たちは森へ踏み込まないギリギリのラインを歩いていた。

 ふと下へ視線をやって、大きな目をくりくりさせた動物を見つけた。

「迷子か?」

 長い耳にモフモフな毛皮は雪のように白く、両手で包めそうな小さい体を丸めている姿は愛らしい。だが次の瞬間、潤んだ黒が緋色へ切り替わる。ニヤッと笑った口の中は、棘のような歯がぎっちり生えていた。なるほど、あれで噛むと飲み込みやすいな。

「ソースケ!」

「下がってください、ご主人様」

 やや後方で周囲の警戒をしていたボリスが前に出る。力強く踏み出した足先程度の大きさだ。体格差の時点で、かなりやりづらいのは承知の上。

 クラークは持っていた杖を突き出し、早くも詠唱に入っていた。

 で、俺は――。

「止めろよ、おとなげない」

「これはブラックラビットです。群れではなく単独で行動しますが、とても凶暴な性格ですよ」

「魔物だってのは、見りゃ分かる」

 腰から布を引っ張り出し、手に巻きつけた。

 標準的な剣も一応装備しているが、そもそもの命中率が低い。砦に予備として置いてあった物を拝借したんだが、扱えるかどうかは別問題。ぶっちゃけ、俺専用の精神安定剤である。持っていれば安心するとかそういうの。

 おもむろに腰を落とした俺に、ブラックラビットはびくっと揺れた。

 怯えとも取れる動きは、そのまま瞬発力へ変えられた。ぎざぎざの歯を見せつけるようにして、高く飛びかかってきたのだ。

「てい」

 見たか、俺のアイアンクロー(イメージトレーニング版)。

 思いっきり鼻面から突っ込む形で来たのを、片手で捕らえてやる。だが、ブラックラビットの武器は牙だけじゃない。兵士にもらった手甲をガリッとやられた。なかなかの威力じゃねえか、気に入った。

 無造作に手を下ろす。

 小さな体は鈍い音と共に、地面へ叩きつけられた。

「プギャッ」

「よし、捕獲成功。兎肉ゲット」

「魔物ですよ?」

「兎だろが」

「まあ、そうだが……」

 クラークとボリスの反応からして、魔物の肉を食べる習慣はないらしい。

 もしも人体に毒だというのなら、これは諦めるしかない。長い耳を掴むと、気絶したらしい兎がぷらんと揺れる。所々が凶悪仕様だが、土に汚れても毛皮は柔らかそうなままだ。触ってみると、なんとも言えない絶妙さ。

 癒される。

「って、何遊んでんのよ!! か弱い乙女が怖いのを我慢して、ケナゲに囮役務めてるってのにっ」

「おお、リタ。触ってみろよ、最高だぞ」

「はあ? …………やーん、なにこれ! すごく気持ちいいっ」

 もふもふ、もふもふと二人で上質な毛皮を堪能する。

 ブラックラビットって、変換すると「黒兎」だよな。なんで黒くないんだ。目が赤くなったのは攻撃色としても、性根が黒いっていう意味だろうか。見た目の可愛さに騙された奴は、美味しく食べられるわけだ。

「ご主人様!!」

「お?」

 スパッとありがちな効果音。

 そして、俺の手の下から全部がなくなる。正確にはブラックラビット(肉)が失われていた。横から奪っていったのは、申し訳程度の胴鎧を着こんだ生き物だ。濁った緑にごつごつした肌、振り向いた拍子にぎょろっと動いた目が普通にキモい。奴らの耳は、手に残ったウサギの耳みたいに可愛らしいものじゃない。

「むしったろか、ワレ」

「あのね、ゴシュジンサマ。オークの数が思ったよりも多いの。危ないから、下がってて」

(意訳:足手まといだから邪魔するな)

 腰のブロードソードは飾りですが何か? せっかく兵士団がいるんだし、暇そうな奴にちゃんと基本を教えてもらうっていう手もあったな。ボリスも暇つぶしに教えてはくれるんだが、そもそもの身体能力が違いすぎる。

 なんというか、奴の基本スタイルは力任せだ。

本命オーガはどうした」

「よく分かんない。いきなりオークの群れに囲まれちゃって、とりあえず引っ張ってきたの。もしかしたら、すぐ近くまで来てるかもしんない」

「適当だな!」

「他称勇者の非戦闘員に言われたくなーい」

 吹聴した自覚はあるようで、何より。

 ちなみに俺の獲物(肉)を奪っていったオークは、クラークの魔術によって消し炭にされていた。いや、別にそこまで恨みに思っていたわけじゃないんだが。ついでにブラックラビットも同じ運命を辿った。せめて食用かどうかくらい、知っておきたかった。

(毛皮は剥いで加工すれば…………って俺、案外余裕だな)

 リタは俺の傍で、短刀を振るっている。

 カトラスにしては細すぎるし、西洋にあんな形状の武器があったのか。どちらかといえば、映画で見た忍者刀に似ている気もしなくない。師匠がそこまでこだわっていたとしたら、相当なもんだ。会ってみたいが会いたくない相反する気持ちが、ちょっとだけ増えた。

 異世界人なのは間違いないから、ゲーマーかアニメ好きのヲタク男子だろう。同類の同性と意気投合しても楽しくない。

 ふと誰かの笑顔が、脳裏をかすめた。

「あいつ、どうしてっかな」

「ウケケエェッ」

「こら、ゴシュジンサマ! ぼさっとしてないっ」

「分かってる、よ!」

 オークはいわゆる、小男だ。

 魔物にしては知能が高く、人間と同じように武器を扱える。集団で行動するのも、その方が目的達成への成功率は上がるからだ。俺を狙ってきたのは、四人の中で一番弱いと認識したわけで、リーダー格を潰せば終わりっていう兵法の基本も踏まえている。

 そんな気がした。

「あれぇ? もしかして、剣扱えるの? とっくに逃げたと思ってたのに」

「一言余計だ。あと、俺も驚いてる」

 剣を振って、血糊を落とす。地に伏したオークを見やり、意識を無理矢理に引っぺがした。正直なところ、手が震えている。血が臭い。一番でかいのは、どうやって斬ったかを覚えていないことだ。

 何が起きた。

 俺が言いたいのは、それに尽きる。

「ソースケ、無理をするな! こちらを片づけたら、すぐに向かうっ」

「ご主人様、尻尾を巻いて逃げるのも一つの手ですよ。合図してくだされば、風精による速度増加をかけますから」

「…………魔術師って便利だな……」

「お任せください!!」

 ぱあっと顔を輝かせるクラーク。

 一体、お前は何魔術師なんだ。攻撃系じゃない芸の細かい魔術も使える上に回復もできて、補助系も覚えているだと、そんなことは聞いていない。それともあれか、この世界の魔術師はオールラウンダーか。どこのチート能力だ。

 ある意味、ボリスも前衛職として尋常でない身体能力を誇る。

「どわあっ!?」

「もーぉ、何やってんのよ。雑魚相手に」

「助かった。俺もザコ勇者だから仕方ない」

 反省、そして訂正。

 やっぱり、俺には剣は無理だ。さっきのは偶然、振ったのが当たったらしい。人間、死にもの狂いになれば何とかなるっていう。一対一ならともかく、オークはまだまだかなりの数がいる。そのせいで、ボリスとクラークから離れてしまっているのだ。

 奴らの傍にいると、かえって巻き添えくらいそうで危険な気もする。

 女に守ってもらうのも情けないが、オークでも歯が立たない俺は立派な足手まといだ。こういう集団戦になってくると痛感せざるをえない。

 ぞわっと悪寒が走った。

 俺の視線は吸い寄せられるように前方へ向き、森林からぬぅっと現れた腕を捉えた。丸太よりも太いそれは、間違いない。

「!? 二人とも、来たぞっ」

「ぐ……っ!」

 さすがに気付いていたボリスが、その肉体を盾にする。

「ボリス、リタ。そのまま適度にあしらいつつ、注意をひきつけてください」

「はいな~、アラホラサッサ!」


 グガオオオオオオォッ


 オークは普通にキモかったが、オーガは立派な化け物だ。

 登場の仕方も中ボスっぽくてなかなか良い。オークたちと違って、鋼の武装はしていないようだ。ところどころが傷だらけなのは、黒燕の皆さんが奮闘した証だと思われる。恐ろしいのは、その傷がどれも浅いってことだ。

「肉体が、まんま鎧ってことかよ!」

 舌打ちする俺の右側を、オークの斧がかすめていく。

 勇者の護衛よろしく働いてくれていたリタが、オーガ戦に向かってしまったからだ。ざっと数えても、武装オークは五体くらい残っている。あちこちにオークの死体が転がっていて、うっかり躓こうものなら斧の餌食だ。

「うわっと、とと……」

 これってヤバい。ちょっとどころじゃなく、ヤバい。

 成程、兵士団もてこずるわけだ。これだけの数が攻めてくれば苦労するに違いない。オークの一撃は大した重みがないのが幸いだった。齧った程度の実力でも、なんとか耐えられる。よけきれずに細かい傷は秒単位で増えていくが、片っ端から癒えていく。オーガと同列にされたくないが、俺も立派な化け物かもしれない。

 ざくり、と腕が切れた。

 しかし勝利を確信したオークは、横から真っ二つにされていた。


小さい方は、ゴブリンでも良かったですね

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