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勇者が街にやってきた  作者: 天野眞亜
オルタンシア編
16/18

正しい勇者の名乗り方・4

 その晩、やっぱり居眠りしていたらしいボリスに状況を説明し、三人が持っている魔物の情報と照らし合わせながら、作戦会議を行った。

 といっても、やることは大体決まっている。

 前衛に戦士ボリス、後衛に魔術師クラーク、囮役兼遊撃手に盗賊リタを加え、とりたてて戦力になれそうもない俺は後方指示担当(おるすばん)だ。軍師か何かだと思ってくれればいい。実際はそんな格好良いもんじゃないが、どうせ兵士たちが後を付けてくるに違いない。

 俺たちの戦いぶりと、立ち位置を見てもらう必要があった。

「あー、月の光が目にしみる」

 この世界にも太陽があって、月があって、星がある。

 実際にどう呼ばれているか知らないが、今まで当たり前だと思っていたものと同じ何かを見つけた喜びは大事にしたい。この旅を始めてからというもの、少しずつ箔が剥がれていくように抜け落ちていく感覚がある。

 その最たるものが「奪う」ことだろう。

「スプラッタ場面見ても取り乱さないとか、異常だろ……」

 クラークは真っ先に気絶したし、リタも動揺を隠せなかった。

 腕一本で生きてきたであろうボリスが、今まで人を殺さなかったとは思えない。ガーゴイルですら一騎打ちできる男だ。ちっとやそっとでは恐怖を感じないだろうし、いきなり連れてこられた砦で居眠りできる豪胆さもある。

 頼りすぎるのも、危険だと分かっているんだが。

「あんまり良い兆候じゃ、ねえよな」

「独り言が多いのですね」

 月の光のようにひんやりと、その声が傍に近づく。

 子兎並みに跳ねた心臓はひた隠しにして、俺はあえて月を見上げたままでいた。わざわざ確認しなくても、あの女兵士だ。

「一人か?」

「……あなた程度なら、本気を出すまでもありませんから」

「自意識過剰なんだな」

「は?」

「なんで襲われる前提なんだよ。それとも、この砦ではそういう不埒な輩が多いのか?」

 オーガと大差ねえな、という発言は飲み込む。

 彼女が警戒心に怒りを追加したからだ。

 なんというか、分かりやすい女だ。氷の女を目指している最中か、真似っこしたいだけか。どちらでもいい。俺は美女大好き人間だが、個人的にお付き合いしたいと思うのはごくごく普通の女だ。抜きんでて魅力ある女っていうのは、虫がつきやすいものだ。本人に自覚ある無しに関わらず、付き合う男は苦労する。

 尤も男の方もイケメンで、高能力保持者だったら問題ない。

「俺は普通に、人生を楽しみたいだけだ。なんで、火遊びは控えてる」

「『勇者』を名乗っているのに?」

「『勇者』だから」

 リタのせいにするのは簡単だ。

 発端は確かにあいつのいらぬ発言だし、おかげで服が一着ダメになった。半裸で火に当たる情けない姿を晒したし、報酬目当てでオーガ退治だ。竜への道のりは近づくどころか、遠くなる一方だ。

 回り道が嫌いな人間だったら、そろそろキレてもおかしくない。

「困ってる人間を助けるのは『勇者』じゃなくてもできる。でも、勇者にしかできねえ仕事があるっていうんなら、やるしかないだろ。哀しきかな、世の中を生きるには金がいる」

「やっぱり矛盾しているわ」

「あんたは、そういうの嫌いなタイプだろ」

「どうしてそう思うの?」

「眉間にシワ」

 また顔を赤くするから、俺はとうとう笑った。

 月明かりに照らされた彼女は、文句なしに美しい。赤茶色だと思っていた髪は、光を浴びて金に近い色になっていた。手の込んだ三つ編みは解かれて、ふわふわウェーブが肩から下へ波打っている。瞳は緑かと思っていたが、これもちょっと複雑な色合いだ。

 髪の下に、小さな尖り耳があっても驚かない。

「勇者を名乗るなら、勇者らしくするべきだわ」

「たとえば?」

「第一に、だらしない格好をしない。村人を怯えさせない。約束はきちんと守る。常に誠実な態度を」

「待った待った、ストップ」

 指折り数えだす彼女は、一体どれだけ勇者にロマンを抱いているんだ。いっそ「結婚相手は勇者様!」なんて憧れ抱いていたりするんじゃあるまいな。いや、頭にクソがつくほどの真面目人間はそういうギャップがあってもいい。

 ベタで面白いから。

「そういうの苦手。俺、偽勇者でいい」

「またそういうことを!」

「あのな、あんたは俺の何? 生まれが貴族だか何だか知らないが、白が似合う正義感は騎士にでも捧げとけ。オーガ退治終わって報酬貰ったら、俺たちはここから出ていく。あんたとは二度と関わらない。そこんとこ、理解してるか?」

 返事はなかった。

 ちらりと見た彼女が傷ついた目をしていて、無性に苛立った。反省するなり、優しい言葉を期待していたのならお門違いだ。俺は望んで、この旅を続けている。

 だが望んで、この世界に来たわけじゃない。

 死にたいと思わないし、死ねば元の世界に戻れる保証もない。竜を殺せば戻れるかっていうと、それも分からない。クラークに確かめたところで、何が得られる。旅の果てに家族との再会があったとしても、竜とのご対面は避けられない。

 いかんな、堂々巡りだ。答えの分かっている問いを繰り返すもんじゃない。

「どうして」

「あ?」

「どうして、分かったの……」

 溜息を吐いた。

 この女、馬鹿だろう。頭良さげだったのは見た目だけか。あるいは学力だけ好成績の秀才人間かもしれない。まずいぞ、これは俺の苦手なタイプだ。

「ごめんなさい」

「泣くな、鬱陶しい」

「ご、ごめ……っ」

「正義感だけで生き残れるやつは危険な場所に行ったことないか、生半可じゃねえ実力持ちって相場が決まってんだよ。勢いでド田舎へ来たはいいが、怖いの我慢して、突っ張って、そんでほぼ初対面の男の前で泣くな。バカ女」

「ひどい」

「…………ああ、そうかよ」

「でも嫌じゃない。不思議ね」

 勘弁してくれ。

 どうやら泣き止んでくれたが、好感度も上がったらしい。相手なんぞせずに、さっさとベッドの中に戻るべきだった。月の魔力に惑わされた俺の方が馬鹿だな。つくづく救えないし、救われない。

「ちゃんと寝ろよ。夜更かしは肌に悪い」

 気障ったらしい台詞を吐いて、俺は歩き出した。

 女の呼び止める声が聞こえなかったわけじゃない。足を止めたところで、楽しい展開なんぞ待っていないのは明白だ。俺が望んでいるのはゲームかもしれないが、面倒ないざこざは大嫌いだ。ハーレムなんぞ、こちらから願い下げである。

(まあ……ちょっとは惜しかった、かも?)

 どさくさに紛れて触るくらいは、許されたかもしれない。

 とりあえず適当に並べただけだったのに、いいトコのお嬢様なのは本当らしい。今後、そういう美女と会える保障もない。今のうちに潤い補給しとくべきだった、と後悔。

 ちなみに部屋に戻ると、何故か別室で寝ていたはずのリタに襲われた。

 当然、色気のない意味で。

「ね、ね。あの子、モノにできそう!? 味見しちゃった?」

「お前の師匠、どういう教育施したんだ」

「勇者名乗っちゃったからって、禁欲になることないよー。むしろ、利用しなきゃ!」

「お前が勝手に言い触らしたんだろうが。どけ、俺は眠い」

「あ、ひょっとして……あちしに惚れちゃったとか!?」

 いやーん照れちゃうだけどゴシュジンサマがお望みならいくらでもお相手しちゃうかもきゃっ恥ずかしい~ってコラ聞いてんの!?

 誰が聞く耳持つか、馬鹿馬鹿しい。それと人の腹の上で、くねくね踊るな。

 妙な気分になる前に横を向いて、目を瞑った。

「ちょっとぉ!!」

「ぐー」

「女に恥をかかせるなんて、最低よ!」

「はぐぅ」

 どこに一発入れられたかは、俺の名誉のために黙秘する。


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