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勇者が街にやってきた  作者: 天野眞亜
オルタンシア編
14/18

正しい勇者の名乗り方・2

 予想通りというか何というか、歓迎する気満々で出迎えてくれた村人たちは真っ青な顔で彫像になっていた。かの有名な塩の街って、こんな光景だったのかもしれない。

 全身血まみれの勇者御一行様、ご帰還である。

「とりあえず、盗賊は全部始末したから」

 コクコクと頷く村人たち。

「そんなわけで、今後は襲われたりしねえと思う。んじゃ」

 しゅたっと片手を挙げて、俺は来た道を戻った。

 ボリスとクラークも何も言わずについてくる。黙っていなかったのは、ロリッ娘の方だ。小走りで隣に並ぶと、お互いに「うえぇ」となる。とにかく臭い、臭すぎる。

 さっさと洗い流したいが、近くに川なんかあっただろうか。

「ねえねえ、ゴシュジンサマ」

「なんだよ」

「報酬はもらっていかないのん?」

「村人たちよりも後方に、兵士の集団がいただろ。あれって、盗賊を引き取りに来た奴らだと思うんだが」

「うん、黒燕じゃないかにゃ。オルタンシア共和国にいくつかある、兵士団の一つ」

 騎士団じゃなくて、兵士団なのか。

 その辺の詳しい内容は後で聞くとして。

「こんなナリをした俺たちが村人から金もらってたら、まんま強盗団じゃねえか。盗賊をやっつけたってのに、兵隊から追いかけられるなんざゴメンだね」

「あー、なるほどぉ」

 意外にちゃんと考えてるんだ、とリタ。

 その台詞は二度目だって分かってるか、分かってないな。本当に失礼な奴だ。

 俺のことをどんな風に考えていたかが想像できる。とはいっても実際のところ、俺は勇者でも何でもない。竜を探し出して殺せと言われたが、魔王を倒せと言われていないしな。世界を救うなんて、もっと無理だ。

「ソースケ、水音が聞こえる」

「マジでか! よっしゃ、まずは水浴びだっ」

 難しい話は後にする。

 とにかく生臭いのとオサラバしたい。その一心で、俺は全速力で駆けた先にある川へと飛び込んだ。大事なことは大抵、後から気付く。後悔っていう文字は「後から悔やむ」と書くのだ。

「着替えがない!!」

 川の中で棒立ちになる男たち三名。

 ちなみに、水位は俺の腰くらいだ。流れがまあまあ速く、油断すると下流まで一直線な気もする。だが、そのおかげで一気に血を洗い流せた。

「洗って乾かすしかないな」

「服はもう使い物になりませんよ。あ、ご主人様! 手頃な葉っぱが」

「付けねえからな!」

 どんな羞恥プレイだ、それは。

 仕方なく、ボリスに倣って服も洗う。赤い筋がいくつも下流へ伸びていくが、こればかりはどうしようもない。変質してゴワゴワになっていても、素っ裸で歩き回るより数倍マシだ。

「大体な。リタが余計なことを言いやがるから、面倒なことになっちまったんじゃねえか」

「あれー、ヒトのせいにしちゃう? 男らしくなーい」

 いつの間に血を洗い流したのか、木の上にいる奴はすっかり身綺麗になっていた。

 ちゃっかり着替えやがって、ずるいぞ。

「うっせ! いきなり救世の勇者様だとか何とか、適当なこと並べやがって。善良な村人たちを騙したことに心痛まんのか」

「美味しく御馳走食べて、まったりベッドで満喫した人に言われたくないなあ」

「うぐ」

 そうなのだ。

 俺が盗賊団なんぞとやり合うハメになったのは、村で歓待を受けたからだった。

 度重なる襲撃にさんざん苦しめられて、疲れ果てていた姿に同情したっていうのはある。どっかで財布を落としたらしく、路銀がほとんどないおかげで食料と交換することもできない。それこそ金になりそうなブツでも持っていたら、それと物々交換もできたんだが。

 罪悪感に苛まれていた所へ、盗賊団退治の依頼だ。

 一度やり合っているから手の内は読めている。向こうも、俺たちにコテンパンに伸された記憶が残っているなら、山の中へ戻るだけで襲ってくるだろう。

 はたして、その予想は当たっていた。

「んで、どーすんの?」

「うーむ」

 ぱたぱたぎゅー、と服を絞る。

 そういえば、俺がこの世界に来た時はどんな格好だったろうか。この世界においては大して重要でもなかったので、すっかり忘れていた。埃まみれの血まみれだった服は、クラークが家で用意してくれたものだ。

「あ」

 思い出した。俺たちの荷物と着替えは、村に置いてきたんだ。

「盗賊をやっつけたら戻ってくるんだし、捕り物をするのに余計な荷物は不要だからって全部置いてきちまったんじゃねえか」

「村へ戻りますか?」

「最低限のものは持ち歩いているが、ソースケ。お前は困るだろう」

「ああ、干し肉に香辛料。蝋燭に火種と世界地図に、道中の暇潰し用小道具セットだろ。それから防寒用の毛布――」

 一つずつ上げていけば、だんだんうんざりしてくる。

 わざわざ取りに行かねばならないものといったら、毛布と香辛料くらいか。小道具にしたって、食糧確保用に罠やら何やらを作るためのものだ。なくても困らないが、あった方がいい程度。そんなもののために、かなり気まずいだろう空気に耐えなきゃならんのか。

「あれは、血を洗い流す方が先だったように思います」

「だって血まみれの方が説得力あるだろ? よれよれの格好で戻ってきたら、返り討ちに遭ったみたいじゃねえか」

「なるほど。今まさしく、そんな感じですよね。でも心配無用です、ご主人様。どんな姿だって、私は幻滅したりしませんから!」

「結局、そこへ落ち着くのか」

「ってゆーかぁ」

 寝そべるのに飽きたらしいリタが、普通に腰かけて足をプラプラ。

 さっきまで太い幹の上にいたはずだが、いつの間に岩の上に降りたんだ。それと、これでも純情で健康な若者なので見つめるのは勘弁。

「勃っちゃう?」

「女の子がそんな言葉使っちゃいけません!」

「落ち着け、ソースケ」

「うごぶごぶ……っ」

 もはやボリスの口癖となりつつ台詞をぼそり吐いて、俺を川に沈める。

 ちょっと待て! その怪力で頭抑えられたら、立ち上がれない。ほぼ本能的に抵抗を試みる(=暴れる)が、かえって逆効果だとすぐに悟った。

「あ、浮いた」

「ご主人様!?」

 俺をこの世界に放り込んだ張本人――たぶん、神――よ、いるなら出てこい。

 これまでの恨みつらみの全てを込めて殴ってやる。そんでもって近未来からやってきた自律思考型ロボットのように、俺を助けろ。いや、助けてください。異世界でドザエモンなんて笑えない。

 ああ、なんて酷い話。


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