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勇者が街にやってきた  作者: 天野眞亜
オルタンシア編
13/18

正しい勇者の名乗り方・1

 オッス! 俺、勇者ソースケ。

 憐みの目で見るんじゃねえぞ、頼むから。これでも命がかかっている。

 勇者を名乗るだけで、勇者御一行様と認められるだけで、飯つきの宿がついてくる。宿っていうのは屋根がついていて、殴っても壊れない壁があって、寝床(ピンキリ)があるんだぞ。素晴らしいじゃないか。ビバ、勇者!!

「おかしいな、普通の異世界人だったはずなんだが」

「仕方ないですよ。ご主人様は何もしなくても、普通ではない何かが溢れていますから」

「どんなオーラだよ?!」

 思わず裏手でツッコミを入れたら、ごふっと音がした。

「おっ、悪い」

 ずるずると崩れ落ちる盗賊その一。

 恨めしそうに睨まれたが、これも運命だと受け入れるがいい。どうせ胸を触るなら、美人のねーちゃんが良かったなあというのが正直な思いだ。大概に、俺も余裕が出てきた気がしないか。ひょっとして、勇者の貫録ってやつか。

 にへらと笑み崩れた瞬間、腰かけていた丸太が転がった。

「おわっ」

「どおぉ!?」

 俺としたことが、完全に油断していた。

 丸太が転がったのと反対方向にずり落ち、俺はそのまま仰向けに転がった。もちろん、頭の着地点はその丸太だ。後頭部をしこたま打って、隣に幅広ナイフが突き刺さった。

 おお、俺の足払いがキマったぞ。

 盗賊その二がバランスを崩して、俺の上に倒れかかってくる。得物は先に手からすっぽ抜けたらしい。敵が取り戻す前に、逆手で掴んでおく。

「どうせ上に乗っかられるなら、美女が良かった……」

「ご主人様、危ない!」

「うぎゃああぁっ」

 横から空気の塊を受け、盗賊その二が吹っ飛んでいった。

 いつもながら、クラークの魔術は容赦がない。それでいて主人である俺にはノーダメージっていう所が秀逸だ。さすがは名門の御曹司、といいたいところだが。

「なるべく全員捕まえてこいって話なんだから、手加減しろよー」

「善処します」

 眼鏡をずり上げ、完璧な笑顔でやんわり拒否。

 あれは軽く怒っている。そもそも苦労して突破したはずのマンフレート山脈に舞い戻っている時点で、あの魔術師は気に入らないのだろう。彼の目的は最初から変わっていない。

 打倒、竜だ。

「路銀が足りなくなったら、自力で稼ぐべし。これ、冒険モノの鉄則な」

「ですから、金目の物を奪って……」

「まだ言うか」

 いい加減に説明が必要だろうか。

 俺たちは山脈を越え、無事にハルトリーゲル皇国を出た。途中で関所の足止めをくらったり、商人たちのキャラバンに行き会ったりしているうちに、外国へ来たんだなあという実感がじわじわ湧いてくる。どうにもクラークは有名すぎて、ある程度の街ではお貴族様待遇が約束されていたのだ。

 紋章入りの馬車のおかげかもしれない。

 だが、山中で襲ってきた山賊のせいで馬車は使えなくなってしまった。荷台を引っ張ってくれる馬がいなけりゃ、動くわけがない。荷物が無事だったのは幸いというべきか。肉体労働専門が一人しかいないパーティーに、大量の荷物は酷すぎる。

 持ち運べる必要最低限に減らしたはいいが、金がない。

「もう一度言おう、金がない」

「ダンナ、あの御方がまた独り言いってるにゃ」

「あいつなりの精神統一方法だ。そっとしておけ」

 向こうで適当なことを言っているのは、風使いのリタ。そして頼もしいぼくらの良心、ボリスだ。会話だけ聞いていると呑気そうだが、背景BGMはかなりエグイ。男たちの苦悶に満ちた呻き声と、死なない程度に手加減された攻撃の数々にちょっと同情しそうになる。彼我の差は歴然としているから、そこまでやる必要は全くない。

 繰り返すが、盗賊たちを「なるべく」全員捕縛するのが目的だ。

「報酬があんまり期待できねえってのが、ネックだな」

「うっ憤晴らしにはなるし? 別にいいじゃん」

 じゃん、が「にゃん」に聞こえる。

 クラークといい、リタといい、見た目も実力もそれなりだっていうのに、どうして性格がアレなんだろう。どんな奴に育てられたのか見てみたい気もするし、一生お近づきになりたくない気もする。特にリタの師匠――異世界人と思われる――は、やたら気が合いそうで怖い。

「あー、自然がいっぱいだ」

 辺りにまき散らされる血の臭いと、一方的な暴力を意識的に追い出す。

 元の世界では温暖化や森林伐採で、どんどん緑が減っていってる。緑化運動というのに参加したこともあるが、ちっちゃな苗木が立派な樹木に育つまでに何十年もかかる。しかも植えた苗が全てそうなるとは限らない、という。

 奪うのは簡単だが、育てるのは難しい。

「リタの胸と同じように」

「なんか言った!?」

「さーて、そろそろ片付いた頃かな」

 よっこらせ、と俺は立ち上がる。

 しばらく大人しくしていたおかげで、頭痛はほとんど癒えた。よく分からないが、この世界に来てから傷の治りが早い。ちっとやそっとの擦り傷なら、治ったことすら気づかない有様だ。後から服に血がついていて、慌てて傷を探したものである。

(異世界人、万歳)

 チート能力に関する否定的な考えは、我が身に代えてみると痛感する。

 ないと死ねる、確実に。元の世界で死を迎えたとか、アクシデント的にトリップしてきたとか、とにかく切っ掛けはどんなものにしろ、不確定要素で突発的に死ぬ結末を誰が喜ぶ。自己犠牲に酔いたい奴はそうすればいい。

 俺は少なくとも、死にたくない。

 この世界の旅を満喫するという目的があるし、道中で可愛い女の子と仲良くなりたいし、せっかくだから世界最強の竜とやらも見てみたい。物見遊山、観光気分上等だ。

 麻袋から目的の物を引っ張り出し、向こう側へ放った。

「ボリス、手分けして縄をかけるぞ」

「分かった」

「ご主人様、魔術の方が早くないですか?」

「魔力は有限だから、無駄使いするなって何度言わせる。それに引き渡して、報酬をもらった後はあっちが勝手にやる。魔術の効果が切れたり、切れなかったりして、その皺寄せが俺たちに戻ってきたら、いつまで経ってもシクリア王国には着けねえだろ」

「へー、意外にちゃんと考えてるんだぁ」

「何事にも全力投球! ってのが俺の信条だからな」

 と無駄話をしている間に、ボリスが良い仕事をしてくれた。

 つくづく思うんだが、本当にいい仲間に出会えた。しかも旅の出発地点で、前日に遭遇するって幸運すぎる。いや、待てよ。

 ぞわりと悪寒が走った。

 こういうのを危険察知能力、とでも呼ぶのだろう。俺はたぶん、何かを叫んだ。その後は、ほとんどスローモーションで動いていった。

 あちこちから、緋が弾け飛ぶ。バラバラを落ちてくるのは何かの一部と、むせかえる血の臭い。ひどく緩慢な動きで立ち上がる盗賊たちは、色んなのが出ている。見たくないから仕舞えと言ったところで聞いちゃいないし、聞こえることもないだろう。

「ひぃっ。なによ、これぇー!」

「アンデッドだなあ」

 あー、あー、とか本来の役目を失った声帯が音を発する。

 ホラーゲームは得意じゃないんだが、お化け屋敷が苦手じゃなかったのは幸いだった。最近はリアリティにこだわりすぎて、特殊メイクなんだか何やら分からないモノまであったのだ。専門知識があれば、それなりに説明もできたかもしれない。

 だが、俺は単なるゲーマーだ。

「クラーク、屍人対策は…………って、オイ」

「気絶しているな」

「ちょっとおおおおぉ! 頼みの綱が、真っ先に白目向いてどーすんのよっ」

 涙目のリタが、さっさと気を飛ばしているクラークを揺さぶった。

 忍者風ロリペタ娘にも苦手なものはあったらしい。意外にも乙女な一面を見つけて、なんだか安心する。ホラー系が大好き女子を否定するつもりはない。俺個人の意見として、多少は恐がってくれるくらいがちょうどいいと思っているだけだ。

「…………魔術で一掃できれば、ラクできたんだが」

「つまり、ソースケには次善の策があるということだな」

「慈善事業にジゼンの策あり、って」

 うむ、我ながら寒すぎた。

 心なしか、今にも襲ってくる予定の元盗賊(現:ゾンビ)も固まった気がする。これは好機だ。そう思い込んで、行動するしかない。

「さあ、おめえら! 覚悟して、お縄につきやがれぃっ」


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