正しい勇者の名乗り方・えんたぁ
説明になっていない導入部
とにかく街道に戻らないことにはどうしようもない。
ほぼ主要道路しか書かれていない地図と睨めっこし、大体の現在位置を推測した上で俺たちは再び歩き出していた。馬車がない分、進行速度はどうしても落ちる。
おまけに、これだ。
「ついてくんな!」
「んもぅ、またまたそんなこと言っちゃって。心はウラハラ」
「分かります! ご主人様は時々、素直ではないのが痺れますよねっ」
「アンタ、そっち方面だったの?」
「ご主人様限定です」
「ああ、そう」
クラークの性癖は、リタも引いてしまうレベルらしい。
むしろ、ここは同意しなかった方に感謝すべきだ。変態二人との道中なんざ、潤いどころの話じゃない。そんな現実あったら、ボリスと逃亡する。って、どっちにしろ野郎しかいない状況がそもそもの問題のような気がしてきた。
「クラーク」
「はい!」
無駄に元気な返事に、胡乱な目を向ける。
「お前…………実は、女だったりしないか?」
「ひどい! あちしという者がありながらっ」
「お望みでしたら、すぐにでも! あ、どんな姿がいいですか。肌色や髪型に――」
ドップラー効果で、後半部分はほとんど聞こえない。
競歩になった俺に、表情一つ変えずにボリスがついてくる。歩幅からして違うから、この程度は「やや早い」くらいに見えた。成人間近だった俺と比べて、まるで大人と子供だ。
「いいのか、あれは」
「大概にせんと、本格的に敬遠される」
「何の話だ」
「こっちの話」
俺にだって言えることと言えないことがある。
それにしてもクラークの性癖のどれかだけは何とかしないと、ヤバいかもしれない。ずるずると押し倒され…………いや、押し流されて気が付いたら(以下略)なんていう事態になりかねない。
「前から聞きたかったんだが」
「ん? 珍しいな、ボリスから話しかけてくるなんて」
「そうか」
「おう。……んで?」
この時の俺は失念していた。
真面目な男ほど、頭の中に何があるのか分からない。喋らせてみると、とんでもないことを考えていたのが発覚したり、しなかったりする。
「実は高貴な生まれ」
「違うから」
「分かっている。王族は命を狙われやすいものだ。うかつに素性を明かすのは」
「だから、違うっつの」
思わずズッコケそうになったじゃねえか。
意外に冗談が通じる男だったんだな、ボリスは。いやー、びっくりした。
大真面目な顔をして突拍子もないことを言いだすから、うっかり大声を出すところだった。必死に抗弁すればするほど、言い繕っているように受け取られる。つまり誤解が深まる。無駄に信憑性を増していって、あらぬ人物像が完成する。
そしてボリスは頭の固さが分かりやすいしかめっ面で、なおも言い募るのだ。
「だが、クラークがお前のことを『ご主人様』と呼んでいるではないか」
「そういうプレイなんだ」
「ぷれい?」
「もう知ってると思うが、クラークってのは本名じゃない。ハルトリーゲルでは何事もなかったが、それこそ外国で何が起きるか分からねえだろ。俺のげぼ……部下っていうことにしとけば、とんでもない家柄の人間だってバレねえからな」
「顔を知っている者もいるかもしれん」
「そういう奴は大抵それ相応の身分がある。おいそれと出てきゃしねえよ」
「ふむ……」
考え込んでいる。半信半疑といったところだ。
「異世界人のお前は知らないかもしれないが…………この世界において、竜は悪しき存在だ」
「え、そうなのか?」
「過去に大陸を襲った『大災厄』というものがある。一匹の竜が多くの国を次々と滅ぼしていった。勇気ある者の活躍で竜は倒されたが、生き残った人間はほんの一割程度だったそうだ」
「あー」
「お前たちの目的は竜を探し出して、仕留めることだろう?」
「ただの人間が、そんなことを考えるわけがねえってか」
俺はぽりぽりと耳の後ろを掻いた。
詳しく話を聞かずに、単なる好奇心で請け負った俺も俺だ。出立して、これだけの時間が経っても竜に関する情報をほとんど話さないクラークに問題がある。ほぼ伝説になっているかもしれない過去の出来事を思えば、軽々しく口に出せるものじゃあないかもしれない。
(ぶっちゃけ、まだ信用してねえからなー)
完全には。
そもそも「異世界人」を主人と仰ぐ理由はもっともらしく説明してもらったが、その「異世界人」にしか竜を見つけられないだの、竜を倒せないだのと言われても納得いかない。俺は超人じゃないし、竜退治に適したチート能力を持っているわけでもない。
武器すら満足に扱えない、いわば足手まといだ。
(過去に竜倒したことあるって言っても、ゲームの中だけだしな。それも専用武器を入手できるっていう、お約束が大前提だ。普通の武器で倒せるかよ)
ガーゴイル並みの大きさなら、まだいい。
地上最強といわれる規模はとんでもなくデカいだろう。大陸滅亡の危機に追い込んだ奴が復活するとかいうオチなら、俺は間違いなくご対面後に死ぬ。確実に死ねる。
「早まったかもしれん」
「そう落ち込むな。探しても竜を見つけられない、ということもある」
「せっかくなら、実物をリアルタイムで見てえ」
「ソースケ」
んあっ、と間抜けな返事をしかけた状態で固まった。
仁王様がお怒りである。
「今までは運良く生き残ってこられたが、この世界には大きな魔物や野獣もいる。群れを成して狩りをする相手の場合、俺だけでは守りきれん。クラークの魔術は頼りになるが、常に本人が安全圏にいる必要がある。リタもかなりの使い手のようだが、あれでも女だ」
「最悪、見捨ててくれてもかまわねえよ」
「そうではない!」
「簡単に死ぬつもりはねえさ。せっかく、この世界に召喚されたんだしな。お前らが頑張ってんのに、ただ見てるだけってのも情けねえなって思う。だから、気にするな」
「ソースケ、俺は」
「安心しろって! 座して死を待つ、なんて馬鹿なことはしない。それに、今までだって弱いなりに足掻いてただろ? これからもそうするだけさ」
仁王様は恐ろしい顔で唸っていたが、ようやく怒りを収められた模様。
肉の塊にしか見えない腕組みを解いて、ゆるゆると息を吐いた。
ボリスにそこまで心配してもらえているっていうのに、投げやりっぽい言い方しかできないのが申し訳ない。俺は守られる側の人間で、だからこそ誠実な態度が正しいんだろう。
「ごめん」
「何を謝る」
怪訝そうな顔に笑って返し、俺は前を向いた。
「おーっ、村がある!」
「久しぶりに、屋根のある場所で寝られそうですね」
「にゃ? でも雰囲気がなーんか、あやしいよ」
ひょこひょこっと現れたクラークとリタには、もう突っ込むまい。
前方には中央広場を囲むように家が立ち並ぶ、小さな村が見えた。規模は集落といってもいいくらいだが、のどかな雰囲気に心なごむ時もある。ほっとした表情のクラークには悪いが、納屋か馬小屋を借りるのがせいぜいだろう。
「とりあえず、宿代と食い物の……」
ごそごそ、すかっ。
俺の全身から音を立てて、血の気が引いていく。スカスカと空振りする手が、もはや意識の外で機械的に同じ行動を繰り返していた。
「ない」
「え?」
「金が、ない!」
落とした。
そう自覚した途端、バッと振り向いてみる。
鬱蒼とした森はただの景色となり、長大なマンフレート山脈がぐるりと地平線を覆っていた。それ以外はまばらな草が生えているくらいで、ちらほら見える木々は素知らぬ顔だ。街道を探しながら歩いてきたので、ほぼ道ならぬ道。どこをどう進んできたのかも分からない。
絶望的だ。
がっくりと膝をついた。金を落とすなんて、路銀を無くすなんてベタなオチがあるか。今すぐとってかえして、その辺を探し回ろうにも広すぎる。おまけに日暮れ時だ。皮袋が光って、目印になるなら見つけやすい。とっくに他の奴が拾っている。
「もし……、そこの方。大丈夫ですか?」
声をかけてくれたのは仲間の誰かでなく、気の良さそうな村人だった。
着古した服は年季が入っていて、やつれた顔にくっきり浮いた隈がひどい。最初は老人かと思ったくらいだ。そこまで困窮した暮らしをしているのに、何かを要求するのは無理だ。そもそも支払う金がない。
「ちょーっといいですかぁ」
答えない俺の代わりに、リタが間へ入ってきた。
「見たトコ、生活にお困りのご様子」
「ちょ。おま……、やめ」
「悩み事があるのなら、我らにお任せください! どーんと解決しちゃいますっ。あ、報酬は前払いの方が嬉しいなー」
「あ、あんたたちは一体……」
殴りたい。こいつが女じゃなかったら、とっくに殴っている。
我慢に我慢を重ねて、俺はなんとか立ち上がった。何か企んでいるらしいロリッ娘に喋らせると、よくないことが起きる。その一念で口を開きかけたというのに、どすっと脇腹へ一撃。
犯人は、親しげに腕を絡めてきたロリッ娘。
「何を隠そう、この方は救世の勇者様! さる高貴な御方のご依頼を受け、旅をしている途中なのです。ここに立ち寄ったのは、一晩の宿を借りられないかなーっていう算段があったのですけどぉ」
「…………すまんが、分けてやれるものは何もない。そんな偉い人が止まれるような宿も、この村にはないよ」
「いえいえ、大丈夫です! ソースケ様は、そんなの気にしません。むしろ、皆さんが辛そうにしている方がとーっても哀しいって言ってます。ね?」
「ちが……、ごふっ」
「え? 血の臭いがする? それは大変です! こちらにつよーい魔術師もいますし、動けない方はあちらの力持ちが運んでくれます。詳しい話は落ち着いてから聞かせてください」
「いや、見ず知らずの方に迷惑をかけてしまうわけには」
「ふむふむ。勇者様のご厚意を無下になさる、と」
「そ、そんなことは!」
「じゃあ、問題はないですね。この村の責任者さんを連れてきてください。ぱぱっと解決しちゃいますから、大船に乗った気でいてください」
ほとんどリタの勢いに押されて、村人が案内をすることになる。
俺は引きずられるように歩かされ、後ろにはボリスとクラークがついてくる。ものすごく逃げたいんだが、逃げられない配置なのは何故だろう。気のせいじゃないと思うんだが。
「ふふん、ちょろい」
その満足げな呟きを、村人Aが聞いていませんように。