人情は猫を懐かせる・2
しばらく(意図的に)忘れていたが、俺たちは街道を外れてしまっている。とりあえず南西を目指せばシクリア王国とやらに着くだろう。問題は、そこまで路銀がもつかどうかだ。
「うーん、結構な金額を持ってきたつもりだったんだけどなあ」
「ですから、金品を奪ってこようと提案しましたのに」
「えっ、アンタら強盗!?」
「自分の家から持ち出すのは、強盗じゃねえだろ。売るにしたって、二束三文で買い叩かれても勿体ねえし。こっちはまともな肩書すらないんだぞ? それこそ、強盗容疑で捕まっちまったら」
「そのような節穴、抉り取ればいいんです」
真顔で言うな、怖いから。
それよりもロリッ娘がここにいるのが問題だ。なんとなーく、初対面じゃないっぽい気がしなくもない。確かめてみたいような、そのまま知らなかったことにしてしまいたいような気がして、とりあえず地図を広げてみた。これもクラークが家から持ち出したものだ。
うむ、分からん。
「言葉が通じるのに、文字が読めんってのがなあ。これもお約束か」
「オヤクソク?」
「王道的展開、ともいう。つまり、ある流れには一定の法則があって、起こるべくして起こる定番としか言いようのない…………おい、お前」
「はいな」
可愛らしく首傾げんな。分かっててやってるだろ、絶対。
うっかり説明するところだったじゃねえか。ふー、危ない。こういう手合いは無視するか、無視するか、放置するか、無視するか。いかん、いつの間にやら俺に混乱効果のついた魔法でもかけられたらしい。この場でやりそうな奴といえば一人しかいない。
「よし、クラーク。俺に謝れ」
「申し訳ありません?」
「ソースケ、落ち着け」
ボリスが唯一にして最後の良心だ。ありがたすぎて涙が出てくる。
「俺は正気だ!!」
「うんうん、酔っ払いに限ってそーゆーよねぇ」
「っだからてめえは誰なんだと聞いとるんだ。いい加減答えろ。俺が本格的に壊れる前に」
「あ、自覚あるんだ」
「心配は無用です、ご主人様。どんな末期症状でも、私が最期までお付き合いします」
「わあ……」
「同情するなら、名を名乗れ」
おかしい。普通は正体不明、謎の人物や新規参入キャラが出てきた場合には、必ず名乗りイベントが起きるもんだ。それはそれとして、こんなに無駄に引っ張ったりしない。さらっと名乗って、さらっと仲間宣言して、さらっと――。
「誰が仲間だ、誰が」
「ヤダなあ、命の恩人に向かって」
「誰がだ!」
「消し飛ばしますか?」
「許す」
「では……」
「ちょ、ちょっとちょっと! いたいけな少女を名乗る前から殺そうとするなんて、アンタら鬼畜? 鬼? アクマ? 人外生物? ガーゴイルの方がお仲間?」
「どれもちっがーう!!」
ああ、ここにちゃぶ台があれば。
上に乗っているものが空高く舞い上がるほど、見事なちゃぶ台返しをしてみせる。や、一度もやったことねえけど。今なら出来る気がするんだ。イメージトレーニングって大事だよな、うん。
「世の中世知辛いよね。ニンゲンって冷たい生き物だよね。タスケテー、って叫んでる情けない少年の声に応えてあげた恩も、あっという間に忘れちゃうなんて」
「やっぱり、あれはてめえの仕業か!」
「助けてあげたんだから、ありがたく感謝したらどーなのよっ」
「アリガトー、見知らぬロリッ娘」
「意味わかんないけど、イラッとした」
「名前知らん」
「何を隠そう、通りすがりの美少女戦士!」
「…………」
「………………」
「えへっ」
とっても寒い風が吹き抜けた。
クラークがぼそぼそと何か呟いていたから、無駄に魔法を使ったんだろう。手加減できないと言っていたくせに、こういう細かい芸当は得意のようだ。分かった、しっかり覚えておく。
「うふ?」
「ポーズはいいから。あと、お前には色々足りてないのでサマにならん。諦めろ」
「師匠と同じこと言われたっ」
くねくねと体をよじっていたロリッ娘にも、師匠がいたらしい。
盗賊を吹っ飛ばしたり、いきなり現れたり、消えたり、そういうのを教える以外にも、世の中の常識と人付き合いの大切さを教えておくべきだったな。人間らしく生きるための必須スキルだ。取得しそこねると、一発芸ですらスベる売れない芸人になる。
(こいつの師匠、美少女マニアか何かか?)
この世界にも美少女戦士なるものが存在していたことが驚きだ。
黙って大人しくしていれば、ロリッ娘も可愛いとは言えなくもないかもしれないが、一瞬たりとも大人しくしていないので無理だ。絶望的だ。ぺったんこな胸と一蓮托生だ。
「合掌すんな!!」
「あだっ」
「ご主人様に手を上げるなんて、…………あなたは何者ですかっ」
「んにゃ? あちしは、風使いリタっていうの」
あっさり名乗りやがった、このロリッ娘。
しかもクラークのとんでもなくズレまくった問いかけに応えやがった。これがボリスだったら別に驚かない。ショックも受けない。いや、ボリスが壊れたら今後の旅路も不安しか残らなくなってしまうのは間違いないな。ありがとう、僕らの良心。今後もそのままでいてくれ。
「俺まで拝むな」
「仁王像っぽいから。ちなみに『阿』の方」
「意味が分からん」
「お、その感じ。その感じ」
気分はカメラマン。カメラなんか持っちゃいないが。
「そんで。西の辺境まで、興行しにいくの?」
「誰が流しの旅芸人御一行様だ!」
「でも、シクリアって大して見るトコないよー。そりゃあ、工芸品はすごいけど。職人技ってこーゆーことかあって感嘆しちゃうよ。値段に目玉おっこちるよ」
「へえ」
「…………ってか、シクリア王国が何で有名なのかも知らない人初めて見た。どこの隠居さんですかにゃ」
「ぴっちぴちの19歳じゃ!」
「うんまあ、外見年齢はそんくらいだよねー」
「ふんがぁーっ」
空に向かって吠えた俺は、ボリスの「落ち着け」を再び聞くことになった。
情けない。確かに情けない。それともあれか、俺の不運属性はナイスバディな美女をツルペタ残念ロリッ娘に変換しちまうほどの威力があるのか。なんて恐ろしいんだ。
ぶるりと震える。
「ご主人様、風邪ですか? ご希望でしたら、私が自ら温めてさしあげますが」
「頬を染めるな、リタに誤解される。それにお前の『温める』は焦がす勢いだから、全力で辞退する。馬鹿は風邪をひかねーんだよ、フンッ」
「かわいそーな子なんだね、ゴシュジンサマは」
「可哀想って言うなあぁっ」
「ソースケ、落ち着け。念願の女に出会えた喜びで、浮かれるのも分かるが」
「浮かれてねーよ!」
そうか、分かった。さっきからボリスがやけに優しい、というよりも生温かい見守る系の視線を送ってきていたのは気のせいじゃなかった。一つずつ誤解を解くのも、ツッコミを入れまくるのもいい加減疲れてきた。
竜と会う前に、過労で死ぬ。
「あ、そうだ」
「んにゃ?」
「……お前の、それはデフォルトか。似合ってるし、可愛いから別に構わんが、猫メイドのコスプレさせられそうになっても、俺は止めんぞ。喜んで売り渡す」
「意味の分からない単語並べたあげくに、極悪非道な宣言しないでよー! せっかく、このリタ様が一緒についてってあげよーかなって思ってたのに」
「ロリータ猫娘は不要だ。間に合ってる」
「どこがぁ? ムキムキ筋肉ダルマと、なよっちい変態眼鏡のどこに潤いがあるってのさ」
「さっきから思ってたんだが。てめえ、どこから覗いてやがったっ」
「にゃはー、企業秘密です」
しれっと答えるリタを睨んだ。
よくよく見てみれば、色違いの忍者衣装に見えなくもない。くっきりV字ラインを描く胸元には網目があるし、首に巻いたマフラー(というよりも襟巻)もそれっぽい。二の腕、膝下から靴までの防具はお揃いで、全体的にシンプルかつ動きやすさ重視の装備だ。
「お前の師匠、まさか異世界人とか言わないよな」
「ぴんぽーん」
「…………クラーク、てめえ俺に嘘吐いてやがったな?」
「ハルトリゲール皇国で、召喚魔法が使えるのは私たちの一族だけです。ですが、かつて大陸を焦土に変えた竜を目覚めさせたのは、異世界人だといわれています。我が国以外で、召喚魔法が使える人間がいたとしても不思議ではありません」
「りゅう?」
「蛇のでっかいやつ」
「へー、食べられるかなぁ」
「どうだろうな」
「肉を食べても死ななかった場合、強大な力を得るとされていますよ。竜はこの地上において、最強最大の魔力を保持しているそうですから」
そんなんを殺すとか無理だろ。いくらなんでも無謀すぎるぞ。
「ソースケ、実は凄い奴だったんだな」
「いやいやいや、ボリスさん。誤解するなよ? 俺は至極まっとうな人生…………を生きていく予定だった浪人生だぞ。同級生があっさり突破した難関でコケて、二年も受験勉強を余儀なくされた上に、親からの仕送りもほとんどなくて、バイト先もなんでか次々とおかしなことになっちまうから、手当たり次第に面接して、やっとゲットした賃金でやっと生きてこられたんだぞ?!」
「ご主人様……っ、平民にしか味わえない苦労を重ねてこられたんですね」
同情の涙はともかく、さらっと失礼なことを言わなかったか。
こんな所でカミングアウトした俺も俺だが、三人が三人とも「可哀想」と言いたげな顔をされるのも嫌なもんだ。どうやら言葉は通じても、意味が分からない単語っていうのがあるらしい。その壁を越えても伝わってしまう俺の不運属性、おそるべし。
「うん、わかった。そこまで言うなら、風使いのリタ様が一緒にいってあげるよ」
「何も言ってねえよ、ついてくんな」
「あ、師匠が言ってた。そーゆーのがツンデレって言うんだよね!」
「余計な知識植えつけんな、師匠オオオオォッ」
どうやら俺は、今後もツッコミに全力を傾けることになりそうだ。
潤い要員は変わらず募集中。ツッコミできる方、大歓迎。
読了有難うございました。
「王国」の方がある程度進むまで、こちらは完結扱いです