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その8 メイジアカデミー

「じゃあちょっと行ってくるから、そこに座って待ってて」


 彼女はそう言って、このお洒落さ抜群に溢れるテラス付きの食堂ホールに俺を置き去りにし、シギルウォーとかいうイベントバトル後の経費精算だか作戦会議とやらに出席しにいってしまった。


 ホールには四人掛け程度の大きさの丸テーブルがいくつも並び、有名デザイナーが作ったのかというくらいに高そうな椅子が置かれている。その一つに腰掛けて顎をだらしなくテーブルクロスに預けて天井を見上げて見ると、煌びやかなシャンデリアがぶら下がり室内を照らしていた。


 ナユラは俺に頭を垂れながら、すぐに戻るからと言って申し訳なさそうにしていた。その為どのくらいで戻るのか聞きそびれてしまい、それを後悔しながらもずるずる待つこと更に三十分。さすがにそろそろ待ちくたびれてしまい、建物の中でも見て回ってみようかという気分になってきた頃になってようやく彼女は小走りになりながら戻ってきた。


「ごめんなさい! なかなか抜けられなくって」


 俺は起き上がり、半分眠りこけてログアウトしかけていた頭を振って迎える。


「ああ、いいよ。むしろ抜けてきてよかったのか?」


 その心配にナユラは「うー」と小さく唸りながら首を小さく傾けて口を一の字にした。


「ちょっと痛い視線を向けられもしたけど……まあ大丈夫大丈夫」


 そう言いながらナユラは俺の対面に腰を下ろすと、ノンプレイヤーキャラクターのメイドを呼んで何やら注文をつけた。彼女に負けず劣らずの美貌を備えたメイドが上品に礼をしながらかしこまりましたと告げると、すぐさま目の前に高級そうなポットとカップが出現する。ナユラはメイドさんにありがとうとお礼を言いながら蒸気を立ててそれを注ぐ。


「はい、どうぞ。エルダーフラワーのハーブティーよ」

「あ、ありがとう」


 俺はカップを受け取り一口すすってみる。口の中に甘い香りが広がり喉を通り抜けて胃に染み渡る。VR内で擬似的に食事を取ることができるとは聞いてはいたが、リアルのそれと対して変わらないなという印象だった。もっとも「飲んだ」という感覚が脳波で再現されているだけで、実際に俺の胃の中に収められているわけではないのだけれど。


「魔力の回復を促進する効果があるのよ。美味しいでしょう」

「あ、ああ、うん。美味い気がする」


 俺はカップで半分顔を隠しながら適当に相槌を打つ。確かにこれは美味い。普段清涼飲料水ばかり飲んでいてちゃんとした紅茶なんてまともに飲んだ事もないが、単純に美味しいと思える味だった。


 しかし、俺はある事が気がかりになっていて素直にその初めての感動を味わえずにいた。


 辺りに悟られないように伏せ目がちに周りを見渡すと、食堂には俺や彼女と同じ服を着たプレイヤーであふれている。俺たちの着ている服――アカデミッククロス――はどうやらここアカデミーとやらの制服らしく、ここに所属している者の標準装備のようだった。俺は彼らをこそこそと見回しながら若干の気まずさを感じつつ茶をすすり続ける。


 何故なら――これは俺の気のせいかもしれないが――みんな一様にこちらを気にしているかのようにちらほらと視線を送ってきているからだ。俺の目の前に座る三位入賞の彼女、ナユラを羨望の眼差しで見ているのかとも思ったが、それとは別に俺自身に対しても不可解な視線が飛ばされている気がする。特に男からの視線が突き刺さるように痛い。


 そんな俺の様子も周囲からの注目も気にする事もなくナユラが口を開く。


「で、何から話しましょうか」

「何から、って?」


 俺の呆けた返答に「もう」と小さく溜息をつきながらナユラは続ける。


「このゲーム、初めてなんでしょう? 色々聞きたい事とかあるんじゃないかなって」

「あ、ああ。そうだなあ……」


 周りの事が気になり過ぎていてさっぱり頭が働いていなかった。ぼーっと待っていたこの一時間で色々聞きたい事をまとめていたつもりだったのに、すっかり記憶から飛んでしまっている。俺があたふたとしているとナユラは察したように笑う。


「とりあえず、ここはアカデミーって場所ね。メイジアカデミー派閥の本拠地。派閥は他にロードテンペスタ派閥、それにダークオブカオス派閥というのがあるわ」

「ああ、なんかアナウンスで聞いた気がする」

「派閥間にはさっきみたいなシギルウォーっていう週一回の戦争イベントなんかがあって、領土とか色々な物を戦って奪い合うような関係なの。もちろんあくまでもゲームシステム上の対立だけれどね。まあ、それ以外にも思想の違い、みたいなのがあるんだけれど」

「思想?」


 ナユラは少し目を伏せると、何かを考える仕草をする。そして呟くように言葉を紡ぐ。


「……ところでユウノ、貴方、リアル魔法使い?」

「……はい?」


 魔法使い。指先から炎を出したり、魔法の杖で人をカエルなどに変えてしまうアレ。もしくは三十歳まで純潔を貫くとクラスチェンジ出来るとネット上でもっぱら噂の都市伝説的職業。


「いや……とりあえず違う、かな?」

「そう、やっぱり違うのね」


 ナユラは納得したような顔を見せるとちらりと辺りを見回して小声のまま言う。


「視界左下に見える私の名前の辺りをタップして、パーティトークってところを選んで。それで私たちの会話はパーティ外の人には聞こえないわ」


 ネットゲームではよくある身内専用の会話モードというやつだ。俺は彼女の言葉に従って言われた通りに設定をいじる。するとパーティメンバーリストの名前の色がオレンジに染まり、どうやらパーティ会話モードに切り替わったらしい。VRMMOではこの状態で話すと傍から見たら無言で口パクをしているまぬけな光景に見えるのだろうかと余計な想像をしていると、設定変更を確認したナユラが厳しい口調で話し始めた。


「貴方、やっぱり魔法使いじゃないのね」

「えーと、魔法使いって?」

「そのままの意味で」


 彼女は紅茶を一口すするとふうと息を漏らす。

「極稀に貴方みたいな人が紛れ込む事があるの。この魔法使い専用ゲームにね」

「魔法使い、専用?」


 どうやらメイジオンラインの事を言っているらしい。オウム返しで返答するしか出来ない俺を置き去りに彼女は続ける。


「最初会ったとき杖を持ってないって言ってたし、魔法も全く使ってなかったからもしかしたらとは思っていたけど。会議中に色々考えてみて一応聞いてみようかなって」

「それはつまり、ナユラや他のプレイヤー達はみんなリアルに魔法使い、ってことか?」

「そうなるわね」


 何を馬鹿な事を言っているんだと一瞬戸惑う。からかわれているのだろうかと考えたが、彼女の表情からはそういった感情は見て取ることが出来なかった。

 もしかしたらこれは彼女なりのロールプレイの一種なのだろうかとも思ってしまう。


 ナユラはかちゃりと音を立ててカップを下ろすと静かな口調で言う。


「ユウノ、これからどうするつもり?」

 その言葉に俺は少しきょとんとした顔を思わず浮かべる。

「どうするって、俺はこのゲームを楽しむだけだよ。世界を見て回ったりとかな」

「そう……」


 俺の返事にナユラは少し俯いた。その瞳には少しばかりの陰が浮かんでいて、どこか遠くを見るような悲しみを帯びているように見える。ゲーム上のアバターがどこまで人間の表情を再現出来るのかはわからないが、少なくとも確かに俺はそう感じ取っていた。そして彼女はそっと顔を上げた。


「やっぱり、貴方今すぐログアウトしてこのゲームの事は忘れたほうがいいわ」

「何か理由があるのか? 魔法使い専用っていっても、現にこうして俺はログイン出来てるんだけど」


 俺は彼女の突然の提案に驚きながら、自分の腕や体を軽く叩いてほらと自身の存在をアピールしてみる。ナユラはその様子を一瞥すると、先ほどと変わらぬ口調のまま俺に問いを投げかけた。


「このゲーム、メイジオンラインのプレイヤーの最終目標って何だと思う?」


 ゲームの最終目標。コンシューマー一人用ゲームなんかだといわゆるラスボスを倒して世界に平和を取り戻す事だったりするが、基本的にオンラインゲーム、特にMMOなんかには決まった終わりは存在しない事が多い。プレイヤーそれぞれが自身で何かしらの目標を定め、それを一つクリアしては次の目標に向かってゲームを続けていく。その目標がなくなるか、ゲームに飽きるかしたプレイヤーから順々にその世界から去っていくのがネットゲームの一つのクリアの形だ。


 しかし彼女の口ぶりからすると、まるでこのメイジオンラインには決まった終わりがあるかのように取れる。俺はしばし考えてみるが、適当な答えが思い浮かばない。


「シギルウォーでトッププレイヤーになる事、とか?」

「それも人によっては一つの目標かもしれないわね。でも、それ以外にこのゲームには全プレイヤー対象のクリア目標が設定されているの」


 ナユラは肘をテーブルに乗せ両手の指を絡め、一呼吸置くと俺の目を強く見つめる。


「どこかのダンジョンの奥底にいる『大魔道士』を倒す事。それがこのゲームの目的」

「大魔道士? ラスボスって事か?」

「そうね。細かく言えば、ラスボスを倒してある物を手に入れる事、と言ったほうが正しいかもしれないわ。その物の為に、さっき言った三つの派閥はお互いに争いながら我先にとゲームクリアを競っているの」


 クリア報酬を狙って争う、それは人と人が優劣を競うゲームではよくある事だ。得られる物に価値があればあるだけその戦いの規模が大きくなっていく事も含めて。


「その、ある物ってのは?」

「膨大な力。稀代の大魔道士テンペスタの魔力よ」

「えーと、それがあれば対人戦でもモンスター戦でも無双プレイ出来るようになるとかそういう神器的な超レアアイテムって事か?」


 ナユラは微笑しながら首を振る。


「いいえ。それよりももっと凄い物、かしらね。ところでちょっと話は変わるけれど、ユウノのリアルで周りに魔法使いって居る?」

「は? いや、居ないと思う。というより魔法使いなんてリアルにいるわけないと思ってたくらいだし……」


 俺は突拍子もない質問に困惑しながら考える。少なくともこの十七年間、魔法だとか奇跡だとかいったものに遭遇した事はただの一度もない。どちらかといえば俺は現実主義的なほうで、彼女の話を聞いた今でもまさか現実世界に魔法使いがいるわけはないだろうと頭のどこかで思ってしまっている。彼女を信用していないというわけではなく、そんな不思議な事があるわけがないとどこかこの世の現実に冷めてしまっているのかもしれない。


「そうよね、多分会った事はないと思う。全盛期の時代に比べると、純正の魔法使いはもうほとんどいないの。代を重ねるごとに魔力の血も薄れていって、今ではこのくらいのちょっとした魔法もリアル世界では使う事すら出来ない、名ばかりの魔法使いが大多数を占めているわ。もちろん私も含めての事なのだけれど」


 そう言ってナユラは指先から小さな火の玉を出すとくるくる回してから花火のようにそれを散らせて見せた。確かにたかがこの程度でも、手品じゃなければ立派な魔法だ。


「いわゆる大魔法使い達がどんどん居なくなっていき、世界から魔法の力が失われつつあったそんな時代の流れの中、今から約一世紀前に大魔道士テンペスタは誕生したの」


 テンペスタ、確か先ほど聞いた派閥に似たような名前があったのを思い出しながら俺は静かに耳を傾ける。


「テンペスタは生まれた時から膨大な魔力を宿していて、既に成人と変わらぬ知能も兼ね備えていたと言われているわ。しかし数年が経ち、彼は自分と競えるような魔法使いが既に現代には居ない事を悟ると大きな絶望感に襲われた。最初から最高の力を持って生まれた大魔道士テンペスタには、横に並ぶ理解者がただの一人も居なかったの」


 ふうと息を吐いてナユラは続ける。


「そして打ちひしがれた彼は半世紀以上も世界中を放浪した末に考えた。居ないのなら創ればいいのだと」

「創る……?」


 ナユラは肩をすくめると若干呆れたような顔になる。


「自分と並ぶ者を養成する為に、彼はこのメイジオンラインという箱庭を創ったの。ゲームクリアの報酬として膨大な魔力を手に入れられるという餌を垂らしてね」

「創った、って。このゲームを? そのテンなんとかってヤツが一人で?」

「ええ。彼はこの世界を創り上げると全世界の魔法使い達に宣言したの。力が欲しい者は私の箱庭、メイジオンラインへ集えとね」

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