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その7 ナユラという少女3

『えー、では……まず一つ目のお嬢さんからの質問について』


 一つ目、確か俺が何者かという質問だったと思う。俺はこいつが適当な事を言って事態を更にややこしくしないかという心配からごくりと唾を飲み込んで言葉を待つ。


 ナユラは相変わらず少し距離を保ったままだが、手にはいつの間にかロッドを装備していて臨戦態勢を取っていた。これが俺の仕掛けた罠ではないかという警戒の表れなのだろうが、残念ながら俺にはその期待に応える術は存在しなかった。


『このアホガキ……こほん、下品な言葉で失礼。この少年が何者かという事ですが、こいつはご覧の通り単なるレベル1の全く役に立たないニュープレイヤーです』


 表現に若干の苛立ちを覚えるが、事実を話し始めた事に俺は少しの安堵を感じる。


『続いての質問、何故メイジアカデミーの服を装備しているのに派閥未所属なのか。その理由は別派閥のスパイなのか、それともチーターなのか。答えは否、でございます』

「……じゃあ、一体どういう事なの。わかるように説明をして」

『かしこまりました』


 ナユラの要請にうやうやしく応えるツルギ。なんだか段々とむかっ腹が立ってきたが、自身の状況を把握出来るかもしれないと考えた俺は大人しく聞き続ける事にする。


『この少年が言っていた事は概ね事実です。私、ツルギは今から約三十分ほど前、つまり貴女様がこのガキ、おほん、少年を助けにこられた約十分前にこのメイジオンライン上にアカデミッククロスその他のアイテムと共に少年の装備品として出現しました』

「出現……って、生み出されたという事?」


『その通りでございます。言い換えれば生成されたという事です。ツルギという情報がデータベースから読み起こされ具現化されました』


 その言葉にナユラは俺を睨みつけて声を張る。


「アイテムをデータベースから生成だなんて、やっぱりチートじゃないそんなの!」

「え!? ちょっと待てって! 落ち着け、話せばわか――」

「パラライズ・ボルト!」


 ナユラは叫ぶや否やロッドを俺に向けて構え、その先端に光が収束し出す。やばいこれは攻撃魔法かもしくはパラライズと言うからには麻痺効果の類か避けないとなどと考える間もなく、小さな白い稲光が俺に向かって飛び出し着弾する。しかしまさに光の速さで俺の背中に命中したはずのそれは一瞬放電の音を放ったかと思うと何事もなかったかのようにすぐさま霧散する。


「またディスペル……!?」

「い、いきなり魔法とか撃ってくるなよ!」


 俺の抗議の声は彼女の耳に届いていないのか、呆然とした顔を浮かべたままのナユラにツルギは話を再開する。


『私の特殊効果は「魔力喰い」でございます。どんな魔法スキルも元を正せば魔力を行使して放たれたものであり、それは私に取っては単なる食料と同義です』


「さっき言ってた食事のお礼、っていうのはそういう事なの……?」

『ザッツライ、その通りでございます。貴女様の馳走して下さいました極上の魔力が詰まった茨の魔法の事でございます。ただいまの舌が痺れるような電撃デザートも大変美味しゅうございました』


 先ほど俺を拘束していた茨の蔦が一瞬で枯れ果てて消えた事、そして今しがたナユラの放った電撃が俺に何の効力も発しなかった事。その理由はこの剣のおかげだったらしい。


「魔力を、食べるだって……?」

『そォだよクソガキ。感謝しろよォ俺様に。げぇっぷ。こんなチート性能のアイテム、一生かかったってお前みたいな凡人にゃ入手出来ないんだからさァ?』

「ん、だとぉ……?」


 相変わらずナユラと話す時と態度がまるで違うツルギにいい加減腹を据えかねた俺は自身の胸元をダブルタップしてメニューウィンドウを開く。


『お? オイオイ何するんだよ!』

「うるせえこのナマクラ剣! お前なんかこうしてやる!」


 俺はアイテム欄の『ツルギ』をタップすると視界端に表示されているダストボックスにドラッグしようとする。少々勿体無いような気もするが、強くてニューゲームは俺のプレイスタイルにも反する事だし、何よりも偉そうなコイツの態度が気に入らなかった。


『おおお、おいおいやめ! やめろって!』

 慌てた声を上げるツルギに少しだけ胸のすくような想いを感じながら指を離してアイテムの削除を実行する。しかし。


「あれ? 消せない……」

 システムメッセージウィンドウには「このアイテムは捨てられません」と表示され、ドラッグされていたツルギはアイテム欄の元の位置に機械的に戻る。そうか装備しているから捨てられないのかと思い直した俺はステータス画面を開きツルギを装備から外そうと試みる。しかしいくら装備解除のボタンを押しても反応せず、背負われた生意気な装備品はアイテムストレージへ納まることはなかった。


「なんだよこれ……呪いのアイテムってやつか?」

『ハ、ハン! 俺様を捨てようだなんて考えはやめておく事だな!』

「若干声震えてんぞお前」

『うううううるせェ! やっとシャバに出て来れたってのにあっさり捨てようとすんなバーカバーカ! ゲーム稼動から十数年! ずーっとデータ内に居た俺サマの気持ちを考えやがれってんだ!』

「じゅ、十数年!? このゲーム、メイジオンラインってそんな昔から運営されてんのか!」


 半泣き声のツルギがひとしきり叫び終わると、続いてナユラがゆっくりと喋りだした。


「つまり貴方はメイジオンライン初のポップという事?」

『その通りさお嬢ちゃん、どうして突然俺サマがこうしてアイテム化して出現出来たかはよくわからんがね。少なくともこの無能そうなガキがチートでポップさせたという訳ではなさそうだぜ。どう見てもそんな器用な事出来るよーには見えねえしな。アカデミッククロス他も然りだ』

「お前、口調戻ってんぞ」

『おっと失礼お嬢さん。と、それはともかくとして。私の話でご納得頂けましたかな?』


 誰がこんな胡散臭いアイテムの言う事を信じるっていうんだと思いながらナユラの方を見ると、彼女は顎先に指を当てながら考え込んでいた。俺が話した時の十倍は真剣そうな表情をしているのが少し納得がいかなかったが、余計な事を言えばまたいつ魔法が飛んでくるのかしれないと警戒しながら静かに見守る事十数秒。そして彼女は静かに口を開いた。


「わかったわ。貴方の言う事を信じましょう、ツルギさん」

「おいぃぃ! お前、俺があれだけ事実を並べても否定してたくせに急になんだよ!」


 俺の非難を一蹴するようにナユラはぎろりという視線を俺に浴びせてくる。鋭いその眼光は手斧の先端よりも研ぎ澄まされていて俺は思わず言葉を失ってしまう。


「勘違いしないで。私はユウノさんを全面的に信用した訳ではないの。プレイヤーには色々な人がいるわ。手放しで全てのプレイヤーをいきなり信じられるほど私は愚かなプレイをしているつもりはないの。いっそプレイヤーよりも、ゲームが定めたNPCの言う事のほうがよっぽど信頼性があるというだけの事よ。例えばその喋る剣のようなね」

「う、まあそうかもしれないけどさ」


 確かにオンラインゲームのプレイヤーの中には他のプレイヤーを騙したり陥れたりする者はゼロとは言えないくらいに存在している。もしもまんまとその標的になってしまえばその結果はゲーム内の資産やアイテムを奪われてしまったりだとか、他者との信頼関係を壊されてしまったりなど大抵はろくな事にならない。旨い話にはなんとやら、君子危うきに近寄らず。他人に対して初めはある程度の距離感を持って見極めるのも大事な自己防衛の一つだ。これは何もバーチャルネットワーク上に限らず現実の世界でも言える事だろう。


「つまり、貴方はたまたまこのメイジオンラインにダイブした際にこのツルギという剣が関わってくる何かしらの限定クエストの条件に引っかかった。例えば総ログイン人数ウン万人目とかね。そしてその一環で、通常なら初心者の町に降り立つはずなのにこの森の中に降り立つ事になった。こう考えれば少しだけならしっくりくるわ。アカデミッククロスの件についてはまだよくわからないけれど」


 そもそもメイジオンラインにログインしたつもりはなかったんだけどなあと言いたくなったが、しかしそれ以上にそんな都合の良い展開が現実的に起こるのだろうかとも思った俺は彼女へ問う。


「有り得るのか? そんなの」

「……あとはやっぱり貴方が嘘をついているか、もしくはチーターかってとこかしらね」


 細目でこちらを流し見してくるナユラに俺は頭と両手を大きく振って否定する。


「それ、それでいこう! いきなりクエストなんて参ったなハハハ!」


 せっかく納得しかけてくれているのに蒸し返すときっとろくな事にならないと考えた俺はその案に乗っかることにした。そもそも俺自身が回答を持ち合わせていないのだから現段階では真実を確定させる事など不可能だ。


「このゲームには大小様々なユニーククエストが存在してるし、中にはたった一人でもクリアしたら終了になってしまうようなものもあるから有り得ない話ではないわ。……それよりも」


 ナユラは俺の背中に視線を送ると言葉を続けた。


「剣が喋るのはともかくとして、魔力を吸収する能力だなんて……下手をすればゲームバランスがひっくり返る性能かも……」

「そんなに凄いのか? これ」


 あっけらかんとした返答の俺にナユラは鼻からため息を漏らしながら答える。


「現代戦争で例えるならミサイル攻撃を完全無効化する事が出来るようなもの、って考えたらわかりやすいかしら。最上級魔法より上位の執行魔法である『茨の蔦』をディスペル出来るくらいだもの。ほぼ全ての魔法を吸収出来ると見ていいはずよ」

「マ、マジ?」


 言葉の意味はよくわからないが凄い事はなんとなく理解出来た。先ほどこの生意気なツルギを捨てる事が出来なくてよかったと心の奥底で少しだけ思ってしまった自分の小者っぷりに悲しさを感じながら、俺は剣の柄を握って抜き取る。


「こんなのが最強アイテム、ねえ……?」

『こんなのとは失礼なガキだな。最強最高のある意味チート的高性能だぜ? ま、その代わりにちょっとした代償はあるけどな……』

「え?」

「っと、ごめんなさい。ちょっとコールが」


 ツルギが何かを呟いたと思った瞬間、俺の耳に電話の着信音のような機械音声が響いてくる。ナユラはその音に反応すると手早くメニューウィンドウを開いた。


「はい。……ええわかってる。もう戻るところだから。ええ――」


 どうやら仲間からの会話着信だったらしく、ナユラは俺に背を向けると小窓に映る誰かと話し始めた。小窓は彼女の体に隠れてしまい誰と話しているのかは見えない。


 手持ち無沙汰になった俺はさてこれからどうするかと剣を無意味に掲げながら考える。


 何はともあれ、こうして無事にVRMMOの世界に旅立つ事が出来たという実感がようやく湧いてくるのを俺は感じていた。本来の目的のゲームとは違ったが、このメイジオンラインとやらに降り立ったのも何かの縁。俺にとって初めてのダイブ先となってしまったこの仮想世界を見て回ってみようかという気持ちになってくる。ちょっと口の悪いおかしな剣が一緒だが、友人が出来るまでの間の話し相手くらいにはなるだろう。


 そうと決まればまずはどこか大きな町でも目指してそこを拠点にするとしようか。このメイジオンラインの情報を色々と仕入れる必要もある。

 俺が前途を決めていざ洋々と大冒険へとと一人で盛り上がっていると、通話を終えたナユラがこちらに向き直った。


「ごめんなさい、シギルウォー後の会議が始まるからって呼び出しが……」

「ああ、バトルイベント後のお疲れさん会議か。俺も別のゲームで似たような経験あるからなんとなくわかるよ」


 俺は昔やっていた戦争系MMOの事を思い出しながら思わず笑みを零してしまう。握っていた剣を鞘に収め、丁度良いタイミングだろうと思い彼女に別れを告げる事にする。


「じゃ、疑いも晴れたみたいだしここでお別れだな」

 踵を返し歩き出そうとすると、突然ナユラは俺の手を握って引き止める。


「待って」


 一瞬驚いた俺はまだ何か疑われているのかと思いながら振り向く。しかし俺の視界に映ったナユラの表情には意外にも申し訳なさそうな色が浮かびこちらを見つめていた。


「ま、まだ何か?」

「あの……その」


 先ほどまでしっかりはっきりと喋っていた彼女のそれとは打って変わり、困ったようにうつむくと口ごもってしまった。無下に振りほどく気分にもなれず無言で言葉を待っていると、そのまま少しの沈黙を経てようやくナユラは口を開いた。


「色々と……ごめんなさい、変な疑いを持ったりして。手首とか痛かったでしょう」

「え、あ。いや」


 急にしおらしくなったその態度に俺は戸惑いを隠せず、こちらまで口が上手く回らなくなってしまう。彼女の見せたその顔は今日見せた様々な表情のどれにも当てはまらないものだったから。


「急にどうしたんだよ」

「……私だって悪い事した、ってくらいちゃんと思うわよ。無実の人を疑ってかかってしまったんだから。……色々と酷い事も言ってごめんなさい」

「あ、ああ。いいよ気にしなくて。もし逆の立場なら俺だっておかしいと思ってたかもしれないんだし。チーターとかむざむざ見過ごすのもシャクだろうしさ」

「ん、よかった。ありがとう」


 その笑顔は、初めて彼女を見た時に感じた女神のような微笑みだった。不覚にもそれを見た俺は少なからず動揺してしまい、脳波が乱れて強制ログアウトさせられてしまうのではないかと思ってしまうくらい心臓が高鳴ってしまった。いかんいかん、いくらバーチャルリアリティとは言えアバター姿に一瞬でもときめいてしまうだなんてどうかしている。


「その、よかったらお詫びをさせて。少し待たせるかもしれないけど、会議の後にお茶でも奢らせてくれないかな」

「へ? いや、そんな別にいいよ」


 赤面などという機能がこのゲームに備わっているのかはわからないが、顔が熱くなっているような感覚を覚えた俺は思わず顔を背けて拒否の言葉を吐いた。しかしナユラは強い視線をこちらに送りながら食い下がる。


「それじゃ私の気が済まないわ。ね。ついでにこのゲームの事も色々レクチャーしてあげるから。それにまた誰かに変な疑いを持たれるのも面倒でしょ?」


 最初に疑ってかかってきたお前が言うかという思いも浮かぶが、確かに彼女の言う事にも一理あるかもしれない。


 そもそも地図すら持っていない俺がこの森からどうやって町までたどり着けばいいのか検討もつかないし、餓死の危険はないので闇雲に歩き回っていればどこぞかへは到着出来るかもしれないが時間はかかってしまうだろうし、右手から伝わってくる彼女の温もりを無下にするのも悪いしなあ、しょうがないよな俺は自分の力だけで大冒険に向かおうと思っていたんだけどなあなどと御託をうんぬんと並べて自分を都合のいいように納得させながら俺は答える。


「じゃ、じゃあ。お言葉に甘えて……」


 なんと弱い意志力の俺。決して女の子からの情にほだされた訳ではないんだと心の中で言い訳を叫ぶ。しかし、「よかった」と言って屈託のない笑みを浮かべる彼女を見るとそんなのは些細な問題だったのかもしれないと俺は思った。


「じゃあ、一緒についてきて」


 ナユラはサイドポケットから小さな石を取り出して指先を押し当てる。そしてしゃがみ込み、光り始めた指先で地面に円を描くと内側にさらに複数の線を連ねた。どうやら魔法陣らしいそれを書き終えると立ち上がって短く言葉を発する。


「ゲートオープン」


 凛とした声がそう唱えると青白い光の柱が魔法陣から現れた。中心部は暗闇が揺らめいていて向こう側をうかがい知る事はできないがどうやら移動魔法らしい。


「これをくぐるわよ」

 そう言った彼女に手を引かれて俺はゲートを恐る恐るくぐった。一瞬だけ意識が途切れたかと思うと目の前の景色が一変し、先ほどまで居た森から数歩歩いただけのはずなのに辺りにはいつの間にか中世風の町並みが広がっていた。


 土と草だらけだった地面には石畳の道路が敷き詰められ、周囲からはわいわいと賑やかな住人達のざわめきが響いてきて耳を揺らす。見渡してみるとたくさんの露店が並び、NPCなのかプレイヤーなのかは見分けが付かないが多くの人々が行き交っていた。


 よくよく目を凝らして見てみるとオートターゲット機能が作動したのか、プレイヤーの傍らにだけ青いHPバーがうっすらと浮かび上がってきた。なるほどNPCには基本的にHPバーはついていないらしいと一つメイジオンラインに対する知識が増加した。


「すごい人の数だな。ここが一番賑やかな街なのか?」

「ううん。一番栄えてるのはウルティライって街かな。ここはログナレイクといってメイジアカデミー派閥の本拠地がある街なの。ほら、あっちに大きな湖の中に浮かぶ島があるでしょう?」


 ナユラが示した先に視線をやると、教えてもらっていなければ海かと思ってしまうくらいにでかい湖が広がっていた。街から伸びる長い橋の向こう側に出島のような土地があり、そこにはちょっとした城かと見間違えてしまうくらいに大きな建物が建っている。


「で……っかいな」

 その佇まいに言葉を失っているとナユラは笑顔を浮かべて言った。

「あれが、メイジアカデミーよ」


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