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その6 ナユラという少女2

「貴方、何者?」

「何者、って言われても……ただのプレイヤーだけど。今日初めてログインしたばかりのひよっこだよ」

「嘘ね」

「嘘じゃねえって! 大体なんでそんな嘘つく必要があるん、いただだだだだ!」



 後ろ手に掴まれたままの右手首がさらに曲がってはいけない方向に悲鳴を上げる。


「嘘をつくならもう少し上手に付く方が懸命よ。貴方、ここが何処かわかっているでしょう? 派閥間シギルウォーのバトルフィールド。ここに入るには派閥に所属していて尚且つレベルが十以上なくてはいけない。今時小学生プレイヤーでも知ってる事よ」


 小学生はVRMMOできないだろう! という俺の叫びは痛覚により声にならず、そのまま彼女は続ける。


「それなのに貴方のレベルは『1』。さらにメイジアカデミー派閥員専用の服を装備しているのに、貴方はどこの派閥にも在籍していない未所属の扱い。これはどういう事?」

「ふ、服は最初っからこれだったし、ログインしたらここだったんだって!」


 俺は事実を端的に述べたつもりだったが、その返答にナユラは呆れ顔を浮かべる。


「……苦しい言い訳ね。貴方、もしかしてどこかの派閥のスパイ? それともチーター? 服は誰から奪ったの?」

「は、はあ!?」


 なんだそりゃと思いながらも俺にはこれ以上の回答の持ち合わせがない。決してお利巧ではない自身の頭をフル回転してみるが上手い説得も思い浮かばなかった。


「ん、そろそろ撤収時間ね……続きはアカデミーで取り調べさせてもらうわ」

 俺が無言のままでいるとナユラは俺を拘束している右手とは反対の手で自身のメニューウィンドウを開き時刻を表示させて言った。横目で覗き見てみると時計はそろそろリアル時間二十一時を示すところだった。


『リンゴーン――リンゴーン――』

 二十一時を指し示した瞬間、大きな鐘の音がフィールドに響き渡った。それと同時に、空中に電光掲示板のようなものが浮かび上がり文字を連ねた。俺は流れるその文字を見上げる。


『今週のシギルウォーは終了しました。成績発表――三位 メイジアカデミー所属 ナユラ。二位 ロードテンペスタ所属 レッドラ=ハイン。一位 ダークオブカオス所属 コロネ。以上――』


 三位、ナユラ。どこかで聞いた事のある名前だ。今まさに俺に関節技を仕掛けながら密着している一人の少女の名前もそんな感じだった、ような。

「え、今のってもしかして、君?」

「そうよ。それがどうかした?」


 やはり同一人物らしい。どうやら彼女は先ほどまでの戦いで好成績を残し上位に食い込んだらしい。なかなか気合の入ったプレイヤーのようだ。


「……はあああああ……」

 思わず溜息がこぼれた。彼女のようなプレイヤーがいるその一方で俺はと言えば、人生初のVRMMO体験だというのに初っ端からログインIDとパスワードを延々と入力し続ける作業を強制され、ようやくダイブできたと思ったらいきなりの対人戦を挑まれ、それを女の子に助けてもらってしまったと若干へこみながらもなんとか生き残ったと思った矢先に、その子からあらぬ誤解を受けてスパイかチーターかと容疑をかけられている現状に少し涙が出そうになってきた。


 俺は再度彼女の誤解を解こうと声を上げる。


「ともかく、俺はただこのアークオンラインを遊ぶためにログインしてきただけだって! 君もそうなんだろ?」

「アーク、オンライン?」


 ナユラは俺の言葉に考え込みしばしの沈黙が訪れる。そして重々しく口を開く。


「アークオンラインって、何?」

「へ? いや、このゲームの名称だろ。今日ベータテスト開始のシナプスコーポ社最新作VRMMO……自分のやってるゲームのタイトルくらい――」


 ――その時、俺はふと思い出す。ログインした際に見たあの文字列を。そこには確か、Arc Onlineではなく、何か別の。


「このゲームは『メイジオンライン』よ。アークオンラインなんて名前じゃないわ」


 そう。彼女の凛とした声を聞き俺はようやくはっきりと思い出す。俺がSynapseにより仮想空間へダイブした際に見たあの文字、あれは確かにMage Onlineと書かれていた。記憶から蘇ったその単語と彼女の言葉が頭の中でリフレインされ合致していく。


「そんな、バカな……」


 つまり、俺はアークオンラインにダイブしたと思ったらメイジオンラインという聞いた事のないゲームにダイブしていた、という事になる。VRMMOに関しては色々と興味を持って過去のタイトル等も調べてはいたが、メイジオンラインなんて名称のゲームは今まで聞いた事がない。決して数が多い訳ではないはずのVRMMOなのに、だ。


 俺がうろたえた様子を見せてもなおナユラはしっかりと手首を拘束し続けて離さなかった。指先一つでも動かすと再び激痛に襲われる事になるが、抵抗して動いたりさえしなければ関節があらぬ方向に曲がっていても継続的な痛みは感じないようだった。それが拘束スキルとやらのせいなのか、それともこのゲーム上での仕様なのかはわからないが、俺の頭には一つの疑問が浮かんできた。


 バーチャルネットワーク上ではとてもリアルな感覚を得る事が出来るというのは知っていたが、痛覚までこんなにクリアに表現されているとはあまり聞いた事がなかった。


 ゲーム内部とはいえまるで現実世界にいる時と同じような痛みを味わうのは気持ちのいいものではない。そもそも人によっては大きなショック症状を脳や現実の体に引き起こしてしまう可能性があるため、一部の過激指定のゲームやアプリケーション以外では痛覚は設定されていないはずだ。


 先ほど小鬼男の手斧による斬撃を浴びた時も、すぐに痛みが引いたとはいえ腹に刃が食い込むのはきっとこんな感触なのだろうというリアルな感覚が襲ってきたのを思い出す。


 初めてのダイブ、そしてVRMMOだったため「ああこういうものなのか」とあまり気にしてはいなかったが、あのリアルな痛覚はこのゲームがアークオンラインという全年齢対象――正確には十七歳以上対象だが――のゲームではなく、過激指定のメイジオンラインというゲームの設定に寄るものだった、と考えると若干納得がいく。


 俺が黙りこくって思考を続けていると、ナユラは突き放すような口調で言い放った。


「とにかくついてきてもらうわ。派閥保安官用スペルで貴方を拘束させてもらいます」

 今でも十分拘束されていると抗議したくなったが、その考えはすぐに改めさせられる。ナユラが一言『バインド』と言い放つと俺の体に棘付きの茨が巻きつき始めた。なるほど確かにこれは拘束だと事前に通達してくれた彼女に感謝――するわけもなく俺は成されるがままに身動きを封じられていく。


「解こうとしたりすると体に棘が食い込んで状態異常を引き起こすわ。怪我をしたくなければ無駄な動きはしないことね」

「ちょっとちょっとォ! 俺が一体何を――」

 彼女がありがたいご忠告をしてくれた次の瞬間。

「――え?」


 突如、俺の体に絡まっていた茨が文字通り枯れるように細まっていき、青々としていたはずのそれは茶色に変色を始める。そして十秒も経たないうちに全てが腐り果てて土へと戻り、その痕跡すら残さず消えていく。俺とナユラはただ呆然とその様を見つめていた。


「保安執行用の拘束魔法がディスペルされた……? そんなバカな事が……貴方、本当に一体何者なの?」

「えーっと……ただのプレイヤー……だけど」


 慌てふためくナユラは目を丸く見開きながら俺に向けて更に声を強張らせた。しかし俺は何もしていないしそもそも事態にさっぱり頭が追いついてきていないので答えようもなく、後ろ手を捻られ続けたまま言葉を濁すしかない。


 事体が動いたのは二人が呆然としながら見つめ合っていたその時だった。


『食事のお礼に私が説明して差し上げよう、可憐なお嬢さん』

「え?」

 ふいに誰かの声がした。突然の第三者からの呼びかけに俺とナユラは揃って声を漏らす。しかし周囲を見回してみるが近くに人影は見えず、また森の中から人が現れたのかと思い探してみるが見当たらない。そもそも声の発信源はそんなに遠くから聞こえてきたものではなく、二人のすぐ隣から語りかけるような音域の――そう、まるで俺とナユラの間に立って話しているようなそんな声だった。二人が戸惑っていると続いて声が響く。


『私はここですよ、お嬢さん。先ほどから体を密着して頂いて恐悦至極ではありますが、やや刺激的すぎますかな』

「え? きゃあ!?」


 叫び声と共にナユラは俺から慌てて手を離すと大きく二足分ほどもバックステップして距離を取った。そして自身の体を視線から隠すように両手で肩を抱いて包み込む。


 俺はようやく自由になった自分の手を労わるようにさすりながら彼女へと向き直る。すると耳をつんざくような叫び声が轟いた。


『おいチンチクリンのダサガキ! 可愛いお嬢さんが見えねェだろうが! 後ろ向け後ろォ! ハリアッ! ハリアップ!』

「は、はいィ!」


 先ほどの紳士的な言葉遣いの主と同一人物だとはとても思えないような怒号が俺の背後から聞こえた。一瞬肩を跳ねさせた俺はナユラに背中を向けた体勢に戻ると恐る恐る辺りを確認してみるがそこにはやはり誰もいない。

『どこ見てんだよ、後ろだよ後ろ。背中にさっきから居るだろ俺様が』

 背中。俺は首を後ろに伸ばして見るが、そこには装備された剣が背負われているくらいで他には何もいる様子は――


『よう持ち主。やっと気づいたか。どんくさいのは顔だけにしておいてくれよ』

「剣が……!?」

「喋ってる……?」


 俺とナユラが同時に驚きの声を挙げる。俺の背後から聞こえてきたその言葉は、どこから声を出しているのか定かではないが確かにその剣から発せられていた。


『おうよ。ツルギ様だ、気づくのが遅ェんだよ』

 剣はごほんと咳払いをすると――喉という器官があるのか知らないが――再び大人しい口調へと変わる。


『ん、おほん。お嬢さん、ここはこの何も知らない低脳な初心者に代わって私からご説明させていただきます。お時間少々よろしいかな?』

「え? え、ええ……」


 ナユラは抱いていた肩からゆっくり手を下ろすと半ば放心状態のまま返答する。そしてツルギと名乗った剣は俺に担がれたままゆっくりと語り始めた。


『えー、では……まず一つ目のお嬢さんからの質問について』

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