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その4 ダイブ トゥ バーチャル 2

「ウェルカム……メイジ……オンライン?」


 どういうことだろうか。アークオンラインならば綴りはArc Onlineとなるはずだが、目の前に広がる文字はMage Onlineと表記されている。俺の知らない間に急にタイトルが変更されたのか、それとも単なる誤植か。ベータテストではよくあることではあるが、冠となるタイトルを間違えるのはいささかどうかと思う。


「これは報告上げとかないとだな……さて、それはさておき、名前はどこで入力すればいいんだ? キャラクリエイトとかは……」

 周りの空間を見渡してみるがアルファベットの羅列以外何も見えない。やっとログインできたと思ったらこの仕打ちかと俺が嘆きを口にしようとしたその瞬間だった。


 ぐん、と下に引っ張られていく感覚に襲われ突然俺の体は重力に導かれるままに急降下を始めた。嫌になるくらいにリアリティのある落下感覚に吐き気を覚えながら口から絶叫が漏れる。


「ちょ、ちょっま、落ちるうううううううううう!」


 VRMMOとはこんなに過酷なものなのかと恐怖と戦うこと数秒。視界が急激に明るくなり眩しさから反射的に俺は目を閉じる。風を切る音が耳を通り頬を冷たい空気が撫でる。


 次に目を開けた時、俺の体は空に合った。先ほどまでの真っ暗闇な空間などではなく本物の空と見紛うほどの青空の中だ。いつの間にか体を見慣れない衣服が包み込み、落下の風に煽られてばたばたと音を立てている。


 地面が近づくにつれて徐々に速度は落ちていき、俺はほっと安心しながらゆっくり地面に降り立つ。じゃりと土を踏みしめる音が響き、ようやく地に足がついて人心地つく。


「ここが、VRMMOの世界……」

 見渡すばかりに森が広がっている。その隙間を縫うように申し訳程度に連なる一本の道の上に俺は立っていた。空を見上げると先ほどまで俺が包まれていた青空が広がり、遥か上空には鳥が羽ばたいている。


 深呼吸してみると鼻腔を通じて胸いっぱいに緑の匂いが広がる。もちろんそれはSynapseを通じて『森の中の空気』という信号が脳へと発信されたのを俺の五感神経回路が仮想的に認識しているだけに過ぎない。現実世界で横たわっているはずの俺の呼吸は睡眠時と同じように規則的に繰り返されているだけで、仮想世界で俺がした深呼吸と連動しているわけではない。


 つまり。苦節数時間のログインアタックの末、俺はようやくVRMMOの世界へと降り立ったのだ。


 しかし、どうもたどり着いた世界は前情報とは随分差異がある気がする。雑誌や公式サイトで見たスクリーンショットではこんな緑に覆われた大地は存在しておらず、剥き出しの大地と吹きすさぶ風がただ駆けていくだけの世界だったと記憶している。


 各種族はまず復興の足がかりとして神々の遺産を求めてダンジョンを攻略していくのだと公式サイトに載っていた冒険者の心得というページに書いてあったはずだ。ベータテストだからある程度初期の段階は省略されているのだろうかと思いながら俺は周囲を改めて見回してみる。


「……で、どこ。ここ。そもそもネーム登録とかキャラクリエイト画面は……」

 先ほど述べた通り俺のたどり着いたのは森の中。第一、往々にして基本的にネットゲームで開始直後に最初に行うことといえば、自分がこれから操ることになるキャラクターの作成だ。これが最初から主人公の決まっている家庭用一人プレイ専用ゲームとの大きな違いであり、ここにゲームのこれからの楽しみが全て詰まっているといっても過言ではないほどに重要な工程だ。


 自分が名乗ることになるネットワーク上での名前を名づけ、髪型や体型そして顔の造りまでも自由に設定し、MMOという舞台に参加する一人の人格を作り上げることができるのだ。プレイヤーの中には自分が納得行くまで何時間も費やしてキャラメイクを行う者も少なくはない。


 しかしどうやらここは既にゲームの中らしい。俺は両手を広げて見知らぬ衣装に包まれた自身を見回す。ぱっと見たところ足元に軍靴のようなごついブーツが履かれているくらいで、あとはそれほど変わった感じはしない服装に見える。


「えーと、確か」

 俺は胸元――鎖骨の下辺りだ――をトントンと指先で軽く叩く。すると目の前に半透明のブラウザが表示される。


 調べててよかったVRMMO知識その1『胸元をダブルタップでメニューウィンドウ表示』。基本的にVRMMOの規格はシナプスコーポ社の開発に規準しているため、どのゲームであろうと似た様な操作感で遊ぶことができるように配慮されている。


 ステータスと表示された部分をタッチすると別ウィンドウが開き、俺の外見を客観的に見ることができるミニチュアキャラクタードールが表示された。そこには『ユウノ』と書かれていて、どうやらこれが俺の名前らしい。


 くすんだようなこげ茶色の髪。長すぎず短すぎずに切りそろえられたその髪型は現実世界の俺と色以外は対して変わらない面白みのないものだった。ちょっとした違いといえば、後頭部に申し訳程度に結ばれた短いポニーテールもどきくらいのものだ。どうせゲームの中ならいっそのこと青髪だとか金髪だとかになってみたかったが、その楽しみはベータテスト終了後の正式サービス開始時に持ち越すことにする。


 顔はと言えば、美形すぎず不細工すぎず標準的。あえて特徴を挙げるとすれば幼さの残る少年っぽい顔立ちをしていた。実年齢相当といえばその通りだが、現実世界の俺はもう少し大人びた顔をしている、と思いたい。


「これが俺かあ。なんかせっかくのゲームなのに対してリアルと変わらないな……というか名前も外見もランダムクリエイトなのか?」

 不満を漏らしながら続いてステータスメニューから装備品をチェックしてみる。俺が身に着けている衣類は『アカデミッククロス』という名前らしい。白いブラウスのようなシャツの上に黒いベストを羽織り、深い紺色のズボンを履いている。性能をチェックしてみると様々な能力にプラス表示がついていて初期装備にしてはなんとも豪華な仕様だ。


 まるで学生服のよう――名前からして学生服なのかもしれない――でファンタジー世界を期待していた俺は少しばかり気を殺がれる思いを感じるが、その感想は次に目に入った装備品で一新された。


 背中に背負われた大きめな剣、装備表示欄にはただ一文簡潔に『ツルギ』と書かれている。まさにその名の通りファンタジー世界には必要不可欠な王道武器の一つだ。


 俺は思わず背中に手を回して柄を握ると前方に向かってツルギを構えてみる。重量感はあるが決して重過ぎるわけではなく、手にしっくりとくる握り心地は俺の感覚をようやくファンタジー世界へと引きずり込んでいく。鈍く光る真っ白な刃を滑らせ、小学生が傘を剣に見立てて振り回すみたいに思いついたまま型を取ってみる。


 ひとしきり剣が空を切り裂くのを楽しんでから背中へと収める。現実でこんな重そうなものを振り回したら軽い筋肉の疲労を感じるところだが、脳波が作り出している仮想世界の俺の体は息一つ乱れることなくただただ満足感だけが胸のうちに広まっていく。手持ちのアイテムの確認を再開し、回復剤や状態異常回復アイテムなど一通りをチェックし終わるとステータス画面を閉じた。


「初期装備にしては割と色々揃ってるな。さすがベータテスト。大盤振る舞いだ」


 さて、と一息ついて俺は辺りを見回す。周囲は相変わらず鬱蒼と生い茂った森に囲まれ、

前後に伸びる細い道を見比べてみても数十メートルもしないうちに曲がりくねっているためどこに繋がっているかはさっぱりわからない。


 普通のネットゲームならば、今後の為にチュートリアルを受けさせて新たな世界へとプレイヤーを引き込み、比較的安全な街中や王様のいる城などに初期配置させるのが常というものだ。そこには七、八割方の確率で可愛い美少女が待っていてどこそこへ行ってねと誘導してくれたり、お使い形式のクエストなどが受けられたりする。


 しかし辺りにはプレイヤーどころかNPCの影も形もない。耳に届くのは風が葉を揺らす音くらいで、もしや俺以外にあの強固なログインゲームを突破できたものはいないのではないかと邪推してしまうくらいに世界は静まり返っていた。


「一体どこに行けばいいんだ……地図、地図っと」

 俺はメニューからコンフィグを選びあちこちいじってみるが、マップ表示はどこにも見当たらない。ゲームの中にはデフォルトでマップレーダーがついているものが多いが、どうやらこのアークオンラインでは地図などのアイテムがないとマップを確認することができないようだ。リアリティがあってとても良いことだとは思うが、今の俺の状況からすると不便極まりないだけだった。


「ピィ! ピピィ!」

 仕方ないと思いながら見切りをつけてため息を漏らしていると、背後の木々が揺れて数羽の鳥が飛び出してくる。視線を合わせて見ると『Bird』と表示が浮かび上がり、傍らには青色の一本筋のライン――恐らくHPバーだ――が付属している。


 どうやらただの小鳥すらも攻撃対象にすることもできるようだが、俺が剣を握るという思考に至るよりも先に鳥たちは大空へと飛翔していった。俺が鳥たちの消えていった空を眺めていると、先ほどその鳥たちが飛び出してきた方角からがさがさと草を踏みしめる音が響いてきた。


「オ、獲物、発見~」

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