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その2 少年とVRMMO

 学校から家に帰るまでいつものペースだと約三十分かかる。目的の荷物は十七時に届く予定になっているから十分に間に合う時間だったが、待ちきれない気持ちを抑えられず俺は走り出していた。


結果的に二十分ほどかけて我が家に転がり込んだ俺は冷蔵庫から冷えた麦茶を取り出して一気に煽ると自室へ向かう。


クーラーを効かせながら汗で濡れた学生服から部屋着に着替えるとパソコンを立ち上げ、ブックマークしていたウェブサイトを開くとカウントダウン表示がブラウザにポンと現れる。画面に映る残り時間はあと一時間ちょっと。時刻でいうなら十八時ジャストを示した時、カウントはゼロになる予定だ。


 ――新世代VRMMORPG アークオンライン――

 画面に表示されたタイトルを見て俺は軽く身震いする感覚を覚える。


 謳い文句は『滅びた世界の物語』と題され、荒廃した世界のスクリーンショットが浮かんでは消えていく。このゲームの設定は古き神々が滅んだ後の世界の復興を目指していくというもので、プレイヤーは人類、各種亜人族、モンスターなどの種族を選びそれぞれの勢力が力を伸ばしながら世界制覇を目指す内容だ。


 本日十八時より、このアークオンラインはベータテストが開始される予定になっている。奇しくも俺のVRMMO解禁日、十七歳の誕生日の日に。


 VRMMOとは今や言わずと知れた最新鋭のゲームジャンルだ。ネットゲームの主流が先駆の2Dもしくは3Dのディスプレイ型MMOからVRMMOに移り変わったのは今から約十年も遡る。従来のMMOといえば、マウスとキーボードやゲームパッドを用いてモニターに映る自身の分身を操作して遊ぶ形式の、現在から見れば至極単純なものだった。


 そして業界がどこもかしこも似たようなゲームばかりになり煮詰まってきた頃、そこに革命的進化をもたらした会社が出現した。


 2025年。人が持つ全感覚をゲームに接続・投影し、まるで自分がそこにいるかのように感じることができるバーチャルリアリティ機能を備えた新世代ゲーム機、

――Synapse――を発表したのだ。


 人間の思考や脳波を読み取り五感を丸ごと仮想世界に持ち込むことができると謳われたそれは、世界中の誰もが夢物語だと思いながらも恋焦がれてきた技術であった。しかしそれを発表した会社――シナプスコーポ――は世界的にはもちろん、日本国内においても全くの無名と言わざるを得ない企業であり、発表を聞いた人々は皆が皆疑いと嘲笑を持ってそれを受け止めた。


 だがその嘲りはすぐさま賞賛の嵐へと姿を変えていく。Synapseはハードのお披露目と同時に一つのゲームタイトルを発表した。『ニューエイジオンライン』がその名前だ。からかい半分でクローズドベータテストに応募した人々はわずか三千人にも満たない数だったが、しかしその三千人ほぼ全てがこの新感覚をもたらすゲームに夢中になり、中毒と言えるほどに病みつきになった。


 情報交換掲示板は一日で数万レスを超え、その情報はあっという間にネット中に拡散した。満を持して第二次テスター募集がかかった際には当選倍率は一万倍を超えたとも言われている。正式サービスを迎える頃にはユーザー数は百万を軽く上回り、新規登録制限がされるほどであった。


 もちろんその後、様々な事件も多発し社会問題視された時期も長かった。マスコミはバーチャルリアリティゲームを悪と認識したような報道を繰り返していたし、仮想の世界に憧れて犯行に及んだなどと馬鹿げた言い訳をした犯罪者も多数いたそうだ。


 しかしそれ以上に数多のゲーマーはこの新技術に魅せられ、ゲームに罪はないと声を挙げて反論を述べ戦った。そして運営会社はその声を糧に弾圧に立ち向かい、技術的問題点や欠陥を徐々に取り除き改良を繰り返してきた。その結果、今日までに確固たる地位を形成するまでに至った。現在では提携を結んだ同業企業にも技術提供を行い、ネットゲーム業界を盛り上げてくれている。


 ただし、ある程度の法律的規制は受け入れざるを得なかったのが実情ではあった。


「片橋さーん、お届けモノでーす」

 来たか。チャイムの音が俺をモニターから引き剥がし、その足を玄関へと向かわせる。気がつけば時刻はお待ちかねの十七時過ぎ。待ち望んでいたアレのご到着だ。


「はい、じゃここにサインかハンコを」

 俺はペンを受け取るのももどかしく受領欄に苗字を書き殴った。毎度どうもと去っていく配達員に軽く会釈をして鍵を閉め、どたどたと音を立てながら階段を駆け上がる。自室に戻るやいなや、ダンボール箱を開封するとそこには夢にまで見た代物が鎮座していた。


 ――Synapse Card――と明記された銀色のカード。裏面にはKYOJI KATAHASHIと俺のフルネーム、そしてその下には十二桁の番号が打刻されていてこのナンバーは俺個人の識別番号となっている。Synapseを起動して脳波接続するにはこれが必要不可欠となっていて、このカードを持たない者はハードを持っていても仮想世界へ接続することは出来ない。


 カードは満十七歳以上の者でないと発行は許可されず、また一定の書類審査や精神鑑定を必要とする厳しい基準が設けられている。


 もっとも、来年度からは法改正により満二十歳以上からに条件が修正される予定になっているため、本日十七歳を迎える俺はギリギリセーフということになる。もしあと一年生まれるのが遅ければ、最低あと三年は指を銜えて待つことになっていた。


 俺はカードを取り出すとベッドに飛び乗り、枕元に用意しておいた本体――Synapse――に挿入する。必読書と書かれた分厚い冊子が目に入ったが、審査を通るために嫌になるほどウェブサイト上で読み込んだ内容なので手をつけずにそそくさと接続のための準備に取り掛かる。


 Synapseは構造的に言えば凹の形をした枕ほどの大きさの本体とヘッドギアから成る。ハードのへこみの部分には頭部を乗せるための窪みがあり、その内側にはウォータージェルのようなぶにょぶにょしたものが詰まっていて後頭部がすっぽりと包まれるようになっている。


 突起した左右の出っ張りにはいくつかの差込口があり、俺はそこにLANケーブルとヘッドギアから伸びるケーブルを差し込む。ヘッドギアといってもフルフェイスヘルメットのような大それたものではなく、オペレーターが身につけているようなヘッドマイクみたいな細いものだ。目に覆いかぶさるようにバイザーがついていて、そこにはパソコンのディスプレイを表示させることができるようになっている。


 脳波接続を行えば眼球の動きが読み取られて視線がマウスカーソルの役割を果たしてくれる。脳波で命じればクリックも行ってくれる造りになっていて、慣れれば通常のパソコン代わりにウェブサイトを閲覧するのにも使いやすいらしい。


「っとと、そろそろ『ダイブ』の準備をしないとな」

 ふと時計を見ると、時刻は十七時半を少し回ったところだった。そろそろ接続に備えて最後の準備をしなければならない。水分補給と水分排出、つまりは生理的現象行為だ。


 バーチャルリアリティゲームへの接続中は全感覚がゲーム内部に入り込み、現実での感覚意識は極限まで希薄になる。しかしながら一定の脳波の乱れを感知するとSynapseは強制的に接続を遮断し、意識を現実世界へと帰還させてしまう。極度の空腹や体調の異常、排尿感などがそれに当たる。つまるところ正常な状態の脳波でなくてはゲームに接続し続けることができないというわけだ。


 俺は台所で再び麦茶を一杯飲み干すとその足でトイレに寄ってから自室へと戻る。クーラーを適温に調節し、パソコンのモニターを落とす。USBをパソコンからSynapseへ繋いでヘッドギアを装着すると、先ほどまで見ていたウェブサイトの画面がバイザーに表示された。視線をあちこちへ移してみるがカーソルは動く気配もなく、クリックしようと試みるがそれも叶わない。やはりヘッドギアを装着しただけでは機能せず、取り付けた上でハードに頭を横たわらせないと作動しないようだった。


 俺は大きく深呼吸をしてからゆっくりとベッドに横になり、枕代わりのSynapse本体へ身を任せた。

 一瞬、脳みそのなかで何かがはじけたような感覚が襲いかかり若干の眩暈を覚える。しかしその感覚も瞬時に消え去り、耳には「コネクト」と機械音声が響く。どうやら無事に脳波接続が完了したらしい。


 俺はバイザーに映るウェブサイトに目をやる。すると先ほどとは違い、カーソルは俺の目線通りにページ上を動き、脳波がクリックを命じるとリンク先へとページが移動する。改めて感動を覚えた俺はアークオンラインの接続ページタブを開いてカウントダウンを表示させる。


 あと五分。

 なんと長い五分だろうか。人生でこれほどまでにもどかしく待ち焦がれた時間があっただろうか。俺は今から人生初のVRMMOに接続するのだ。法規制のない全年齢対応の旧式ネットゲームとは違う全くの別世界、異世界、仮想世界。早くこの思考全てをかけて楽しみたい。その願いがあと数分で叶う。夏休みの時期に俺を生んでくれてありがとう母上様。俺はこの夏を、夏休みをかけてこのゲームを遊び尽くします。


 母親が聞いたら激怒しそうな宣言をしながら俺はじっとカウントダウンを見つめる。あと二分……一分……三十秒……そしてその時はきた。

「ゲームスタート!」

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