後編
※こちらの作品は別名儀で公開しているブログにても重複掲載しております。
ニケと別れたニードは、舞台袖の裏口からのびた通路を抜けて、ホテルの地下駐車場を目指していた。
「大丈夫か、あんたたち?」
軍事用兵器であるニードにとって疲れというものはあまり感じないのだが、人間の女性、それもある程度年のいったご夫人がたには走り続けるというのはあまりにも辛いものがある。ましてや普段そういったことには無縁の女性たちなのだ。あっという間に息があがり、これでは走っていると言うよりも早歩きだと言った方が正しいだろう。
「みなさん、よろしかったら俺が運んであげましょうか?」
冗談半分、本気半分にニードが声をかけると「そんな、恐ろしい!」とミツン夫人が悲鳴をあげた。
「そんなこと言っている場合ではないでしょう、お母様。素直にそうしてもらいましょうよ。早くこんな危険な場所をぬけだして家に帰りましょ。カリヤおばさまもそう思うでしょ?」
「はい、お嬢様。たしかに不気味な方ですけれど、ここは我慢して彼に任せましょう、奥様」
グスタフ夫人にも諭されて、ミツン夫人は嫌々それを承諾した。ニードにしても、ひどい言われようだな、と思いつつも承諾してくれたことはありがたい。このまま調子を合わせて走っていても、駐車場に辿り着いた頃には日付が変わっていることだろう。
「ところで、秘書の奥さん」
レベッカ嬢を肩車し夫人二人を両脇に抱えて再び走り出したとき、ニードはふと気になったことをグスタフ夫人に尋ねた。
「さっきあの騒ぎが起こる直前のことだが、あんた、なんであんな真っ青な顔で俺たちのところにやってきたんだ?」
たしか何か言いたそうに口をぱくぱくさせていた。その質問にグスタフ夫人は「実は……」と上下に揺られながら話しだす。
「奥様にも、ミツン様と同じように殺人予告が届いておりまして……。それで私が夫と相談して、お二方に依頼したというわけでございますが、あの時なんだか急に胸騒ぎがいたしまして、それで……」
夫人の話しに「なるほど」とニードが納得していると、ふいに彼の身体に内蔵されている無線機能からニケの声が聞こえてきた。
『今どこにいるの?』
「もうすぐ地下駐車場だ。そっちはどうだ、秘書は見つかったのか?」
『いいえ。それより車をホテル正面の大通りまでまわして。それと……、ミツン氏が殺された』
「なに!?」
思わず両脇の夫人たちを落としそうになったのをなんとかとどめ、ニードは詳しく説明するようニケに言う。
「どういうことだ? MIGHTY WORKSの奴らはいったい何をしていたんだ?」
『まさに奴らよ。MIGHTY WORKSがミツン氏を殺した』
「はあ!?」
わけがわからない、と声を張るニード。その会話が聞こえていた女性陣たちからも次々に混乱の声があがる。
「な、なんで!? なんであいつらがパパを殺すのよ!」
「ああああ! 夫の次は私よ、私が殺されるんだわああ!」
「うわ、やべっ。スピーカー機能にしてた。ほら、泣くな。泣くのは無事に家に着いてからだ。あんまりメソメソしてると旦那さんも天国に逝けないぞ」
取り乱す彼女たちに彼なりの慰めの言葉をかけて、無線の向こうのニケに話しをふる。
「それで? ニケはあいつらがオッサンを殺したところを見たのか?」
「違う。奴らのリーダー格らしい男がそう言ってきたのよ。次はミツン夫人を殺す気よ」
「おい、ちょっと待て! お前、奴らとやり合ったのか!? 5対1なんて、いくらお前でも、」
『戦ってはいない。戦ってはいない、わ。ただ……』
男のあの地の底から響くような声とただならぬ殺気を思い出すと、微かにニケの身体が震えた。
「おい! ただ、なんだよ? 怪我としてないだろうな?」
耳に付けた小型インカムから聞こえる相棒の心配する声に、ニケは「なんでもない」と短く答えた。
『とにかく気をつけなさい。私はもう少しグスタフ氏を探してみる』
「……そうかい、わかったよ。こっちももう駐車場に着いたところだ。すぐに迎えに行くよ——と。さっそくお出ましのようだぜ」
ホテルの地下駐車場に停められた愛車ファルコン・ラインのドアに手をかけたそのとき、ばらばらと複数の足音が聞こえ、ニードたちから5メートルほど離れたところでそれは止まった。
「悪いが切るぜ。俺の出番がきたようだ」
ニードからの通信が切れると、とたんにニケは不安になってきた。彼を信じていないわけではないが、けれどあのMIGHTY WORKSの男もただ者ではないのがわかる。ましてや奴らは5人組なのだ。
「これは加勢に行った方が良さそうね」
ニケはミツン氏の遺体を残し会場を飛び出すと、ホテル内は騒然となっていた。エントランスにはホテルの支配人が駆けつけた警察官に事情を説明している。
そんな騒々しい中、ニケは地下駐車場への降り口を探して駆け出したのだが、背後から突如「ニケさま!」と誰かに呼び止められた。
「グスタフさん!」
振り返ると顔面蒼白のローラン・グスタフ氏がよろよろと近づき、それでも力強くニケの腕を掴んできた。
「奥様は、奥様はご無事なのですか? 今どこにいるのです?」
「安心してください。今頃ニードとともに地下の駐車場で車に乗って、こちらに向かっているはずです」
そう宥めるように言ったのだが、グスタフ氏はますます取り乱し、腕を掴む手にさらに力を込めた。
「何ですって!? それでは奥様が奴らに殺されてしまう! 私はさっきこの目で見たのです。奴らが、MIGHTY WORKSが白い煙の中で社長を鋭利な刃で斬り殺すのを! そして少し前、奴らの一人が私に言ったのです。『地下には良い獲物がいるそうだ』と! ああ、お願いします、どうか奥様を助けてくださいませ」
もう顔中を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら懇願するグスタフ氏に、まいったな、と思いつつも、ここはなんとか落ちつて貰わなければならない。
「大丈夫です。側にはニードもついていますから、とにかくあなたは安全なところに避難してください。私はこれから様子を見に行ってきます」
「でしたら! でしたら私も連れて行ってください! 奥様が心配でならないのです。お願いします!」
さすがにそれは無理だ。ただでさえ地下には女性が3人もいる。これ以上足手まといを増やしては危険が増す一方だ。
「それはできません。正直あなたが来ても足手まといになるだけです」
「でも!」
それでもなおも食い下がるグスタフ氏にいいかげん苛立ってきたニケは、けっきょく仕方がないと溜め息を吐いた。地下には彼の妻もいる。それを考えれば彼を此所に置いて行くことはできないのだ。
「わかりました。同行することを許可しますが、けれど地下まで来ることは認めません。駐車場の出入り口で待機していてください」
ニケの言葉に頷くグスタフ氏の手を引っ張って、二人は駐車場を目指してホテルのエントランスを飛び出した。
「N:33-D、国家が大量に造り出した軍事用ヒトガタ兵器の一つ。殺戮のためだけに生み出された兵器が、何故こんなところでおかしな仕事をしている」
恐ろしいほど空気が張りつめた地下駐車場で、ニードとMIGHTY WORKSは対峙していた。
「そんなこと、お前らに話す必要なんてないだろう? それより、何故護衛するはずのミツンのオッサンを殺した」
「そんなこと、お前に話す必要などないないだろう?」
きっぱりと、それでいてどこかからかうようにリーダーだと思われる男が言った。
「はっ。なるほど、お互い何も話すことはないってわけだ。おい、レベッカちゃん」
ニードは彼の後ろに隠れている女性3人の中から、一番若いレベッカ嬢に車のキーを渡す。
「予備の鍵だ。車の運転はできるか?」
「だ、大丈夫よ」
「よし。そうしたらちょっと狭いだろうが、3人まとめて車に乗れ。乗ったら出口目指して猛スピードだ!」
そう言ってなんとか3人を車に押し込むと、自分は立ちはだかる5人の男たちに向かって行った。
その様子を見たMIGHTY WORKSは、それぞれ刀、双剣、槍、鉤爪、トンファーといった武器をかまえ、向かってくるニードに飛びかかる。
「そんな武器で俺に傷がつけられると思ってるのかよ?」
ニードはニヤリと笑って、真っ直ぐにのびてきた槍を掴み、相手の速度を利用してそのまま勢い良く投げ飛ばす。
「今だっ、早く行け!」
それを合図にレベッカ嬢はおもいっきりアクセルを踏んで、出口目指して飛び出した。
「ふん。貴様の言う通りだ」
リーダーの男は2本の指で短く指示をだすと、それに頷いた部下二人が腕に巻いたバンドに触れる。するとどこからともなく黒の大型バイクが轟音とともに姿を現した。
「行け」
リーダーの男のその言葉を受け、2台のバイクは半ば暴走ぎみに去ったファルコン・ラインの後を追って行く。
「ああ、くそ! 便利な乗り物だしやがって」
舌打ちするニードに、脇から双剣を持った男が襲いかかってきた。それを寸前でかわし、ニードは自身の右腕に装備されているするどい刃をのばし、その男に斬り掛かる。
「ちっ。邪魔するんじゃねえよ。うらあっ!」
まるで舞でも舞うかのような流れる太刀筋に戸惑いながらも、ニードもまた力強い拳を相手の腹にお見舞いしてやる。
「はん、力の強さじゃ俺の方が上か?」
双剣の男を冷たい無機質な壁に投げ飛ばし余裕の表情を浮かべていると、突如後ろから顔を挟み込むように鉤爪がのびてきた。
「おおっと!」
身体を屈めそれを避け、そのまま地に手をつき足をのばして相手の足を払う。鉤爪の男は一度背中を下に打ち付けるのだが、すぐさま飛び起きて再びニードに襲いかかる。それと同時に双剣の男もニードに斬り掛かってきた。
ギイイン、という鈍い音が駐車場内に響き渡る。
「ぐっ……」
ニードは両腕でそれらを受け止めるが、なかなか重みがあるではないか。
「知っているよ。貴様の弱点なら、ね」
二人に両腕を獲られているなか、目にも留まらぬ早さで間合いをつめたリーダーの男が、その怪しくきらめく刀をニードの頭めがけて振りかざした——
その時。
「そこまでだ!」
駐車場内に響き渡る一発の銃声。
それに気を取られた両脇の二人を蹴り飛ばし、ニードは目の前の男から充分な間合いをとる。
「来たな、万屋くん」
飛んできた銃弾を刀で弾き返したリーダーの男は、声のした方へゆっくりと身体を向ける。
そこには黒の大型バイクに跨がり、拳銃をかまえるニケの姿があった。
「おやおや、その黒のバイクはうちのバイクじゃないか。あの二人はどうした、万屋くん?」
「あの不気味な奴らなら、さっきまとめて始末させてもらったわ」
「あの二人を一人でか? なるほど、君が強いのか、うちのが弱いのか。まあ、いいさ。せっかくだ、遊んで行こうじゃないか、万屋くん」
そう言って刀をかまえる男。しかし、ニケは首をゆっくりと左右に振る。
「いいえ。遊びは終わりよMIGHTY WORKS。もうお前たちの依頼主は死んでしまった。ここでミツン夫人を殺害しても報酬を払ってくれる人はいないわよ」
「……」
口を閉ざし、互いに一歩も動かず睨み合う二人。そこに状況が把握できない、とニードが割って入ってきた。
「おい。なんか、状況がわかるようでわからないんだが……。誰がコイツらに奥さんの殺害を依頼したんだ?」
困惑するニードに、ニケが男を見据えたままその名を口にする。
「アルバート・ミツン氏よ」
「え!」
ニケはことのあらましを簡単に説明し始める。
「お前たちはミツン氏に護衛を頼まれると同時に、殺人予告を送ってきた犯人、つまり妻のミツン夫人を殺すように依頼されていた。しかし、実はその犯人である夫人からもミツン氏を殺すように依頼を受けていたのでしょう」
「ちょ、ちょっと待て。それじゃあ、夫婦で殺人の依頼をしていて、けっきょくコイツらは依頼主双方を殺す気だったってことか? でも両方殺しちまったら意味がないんじゃないか?」
頭を抱えながら言うニードに、ニケは一つ頷く。
「そうよ。だから初めから報酬目当てではなかった。単純にただ殺そうと思っていただけなのでしょう?」
そう目の前の男に問うと、男はくつくつと不気味な笑い声をあげ、それからゆっくり首を右に傾けた。
「おしい。実におしいよ、万屋くん。たしかに、我々はアルバート・ミツンに護衛と犯人の殺害依頼を受けていた。そしてその前に、我々は犯人からもミツンの殺害を依頼されていた。しかし、それは奥方のジュリアからではない」
「なに?」
「あの男は勘違いしていたのさ。あんな殺人予告を送ってくるとしたら、それはいつも自分が冷たくあたっている妻しかいない、と勝手に思いこんでいた。しかし、実際は違う。よって、此所でジュリア・ミツンを殺したとしても、我々にはきちんと報酬が支払われるのだよ」
楽しそうに声をあげて笑いだす男。そんな男にニケは何故だ、と疑問をぶつける。
「今の話しが本当なら、なぜお前たちはミツン氏からの依頼を受けた? 事前にミツン氏の殺害依頼を受けていたのなら、ミツン氏の依頼を受けても無駄じゃないか。けっきょくミツン氏を殺してしまっては彼から報酬を受け取ることはできなくなるのだから」
ニケの問いに男は笑うのを止め、今度はゆっくり左に首を傾ける。どうやらこれはこの男の癖のようだ。
「おかしなことを聞くね、万屋くん。さっき君自身が言ったことだろう、初めから我々は報酬目当てでこれらの依頼を引き受けたわけではない。邪魔だったからさ! あの男が邪魔だったから殺したのだ。自分が造り上げたとばかりにふんぞり返り、我々をいいように使おうとするあの男が、邪魔で仕方がなかったから殺してやったのだよ、万屋くん!」
男はスイッチが入ったのか、なおも楽しそうに話し続ける。
「この世は弱い者が力のある者に支配される。しかし稀にいるのだよ、自分では何もできない無駄に権力だけがある者に、不当に支配されてしまう可哀想な者が! 我々はまさにそれだった。だからこそ、我々は本来あるべき形に戻すためにあの男を殺したのさ。これは自然のことだ、なにもおかしくなどない!」
そして男は再び狂ったように笑い出す。そんな男にニケは静かに言った。
「お前の言い分はそれだけか?」
そのあまりにも冷たく静かな声に、男はその狂った笑いを止めた。
「随分冷たいね、万屋くん。もしかしてミツン氏を殺したことに怒っているのかな? しかし君だって仕事上、人を殺すことだってあるだろう?」
「いいえ。私は殺人依頼だけは引き受けない。そもそもミツン氏が亡くなった今、ミツン夫人を殺す理由なんてないだろう。それなのに彼女を殺そうとするお前たちは狂っている。私はお前たちみたいな狂った理由で人を殺したりなんて、絶対しない」
「狂っている、ね」
再び二人は無言で睨み合う。
お互い一歩も動かず、物音一つしない静かな、それでいて緊張で張りつめた時間だけが流れていく。
その時間が永遠に続くと思われた頃、男は「まあ、いいさ」と突如刀を鞘へとおさめた。
「もともとアルバート・ミツンを殺すことが目的だったわけだからね。当初の目的は達成された。今日のところは万屋くんに免じて、手を引こうじゃないか」
腕のバンドに触れてバイクを呼び出すと、男はそれに跨がり部下を引き連れて去って行く。
その去り際、
「また会おう、ニケ」
と男は言った。
「しかし、けっきょくオッサンを殺すように依頼した奴は誰だったんだろうな?」
ニケがMIGHTY WORKSから奪ったバイクを引きながらニードが言う。
「だいたい、予想はつくわ」
「え?」
二人が地下の駐車場を出てホテルの正面まで戻ると、そこには待機しているよう言われたグスタフ氏とレベッカ嬢、それからお互い寄り添うように手を握り合うミツン夫人とグスタフ夫人が、ファルコン・ラインを背にして立っていた。
「あ、万屋さん!」
2人に気がついたレベッカ嬢が大きくこちらに手を振っている。
それに手を振り返しながら、ニードは小声でニケに問うた。
「で、誰が犯人なんだよ? やっぱりあれか、秘書のオッサンか?」
「違う。その奥さんのカリヤ・グスタフ夫人よ」
「え!?」
驚くニードにニケが説明しようと口を開きかけると、そこへレベッカ嬢が駆け寄ってきた。それに続くように大人たちもやってくる。
「おお、万屋さま。あの者たちはどうなったのでしょうか?」
心配そうに尋ねてくるグスタフ氏に、ニケは淡々ともう大丈夫だと説明した。
「そ、それではもう安全なのですね!?」
ぱっと顔を輝かせるミツン夫人。それに頷くと、彼らは一様に喜びの声をあげた。
「しかし、レベッカちゃんも残念だったな。オヤジさん、あんな目にあっちまって」
そう慰めるようにニードが声をかけると、レベッカ嬢は驚いたようにニードに聞き返した。
「どうして? たしかにMIGHTY WORKSには怖い思いもさせられたし、なにより不気味で嫌だったけど、私は感謝しているのよ。あんなオヤジ、殺されて当然なのよ。今はとても気分がいいわ」
と、笑顔で言うものだから、ニードは唖然としてしまった。
「それでは万屋さま、もう安心ということでしたら我々はこれにて失礼させていただきます。報酬金の方は後日指定された場所へと振り込んでおきますので」
そうグスタフ氏が言うと、彼らは晴れ晴れとした顔つきでニケたちに背中を向けて去って行ってしまった。
「それで? 謎解きの続きを聞かせてくれよ」
日付が変わった午前零時過ぎの静かな帰り道。MIGHTY WORKSとの戦闘で壊れてしまったファルコン・ラインを押しながら歩くニードが、隣で奪ったバイクを引いて歩くニケに話しかける。
「これはあくまで私の憶測だけれど、ミツン夫人の浮気相手はグスタフ氏ではなく、グスタフ夫人の方だったんだと思う」
「はあ!? おいおい、それはいくらなんでも……」
「理由はあるわ」
そうニケはきっぱりと言って、淡々と説明し始める。
「私も初めは夫人ではなく、夫のグスタフ氏が浮気相手だと思っていた。けれど、あの煙幕弾による襲撃のとき、二人は互いに名前で呼び合っていたわ。それによく互いに手を握り合っていた。さっきもずっとその手を放さずいたのを見たわ。そう考えれば、常日頃から冷遇されていた恋人を守るために依頼したと考えられるでしょう」
「しかしそれだけじゃ、浮気相手とはいえないだろう?」
「そうね。でも可能性がないとは言えないわ。でも、今となっては誰がMIGHTY WORKSにミツン氏の殺人を依頼したかはわからなくなってしまった」
どういうことだ、と首を傾げるニード。それにニケは静かに答える。
「あの4人の態度を見たでしょう? みんなミツン氏が死んでも悲しむどころか、肩の荷が下りたとばかりに喜んでいたわ。つまり、誰もが彼の死を望んでいたということよ」
「なるほどなあ……」
頷くニードに、ニケはどこか悲しそうな声でそっと呟いた。
「なんだか、切ないわね……」
あの家族や秘書が、ミツン氏にどんな扱いを受けてきたかなどニケにはわからない。しかしそれでも妻や娘に自分の死を望まれるというのは、どれだけ切ないものだろう。
そんなどこか暗い表情のニケに、ニードは優しく声をかける。
「そんな暗い顔するなよ。なんなら今夜は俺の部屋で一緒に寝るか?」
「……。誰があなたとなんか寝るもんですか」
「おい、今ちょっと考えただろう! 遠慮するなって。ニケが泣き疲れて眠るまで抱きしめててやるから、俺の部屋にこいよ」
「泣いてなんかいない! それ以上言ったら蜂の巣にするわよ!」
「ははっ、やれるもんならやってみな。ほら、いいから素直になれよ? な?」
「うるさいっ!」
人々が眠る静かな街に、ニケの叫び声が盛大に響き渡った。
End.