(おまけの話)死ぬまでにしたい100のこと
#7.フラワーガールになる
「こんどのけっこんしきで、お花をなげる人になれる?」
きいてみたら、ママは「お花をなげる人ってなあに?」と言いました。それからふたりでいろいろおはなしして、あたしがなりたいのは「フラワーガール」だということがわかりました。
フラワーガールというのは、けっこんしきで花よめさんが歩いてくるときに、花よめさんの前を歩いてじめんにお花をなげる女の子のことです。
せっかくわかったけれど、ママはうでぐみをして「うーん」と言いました。
「パパにきいてみるわ。でも、ナルちゃん、あんまりきたいしないでね」
ママはこまったかおで言いました。あたしはまだ7さいだし、かわいいドレスだってもっているし、ぴったりだとおもっていたのですが。
はなしをきいたパパも、おんなじかおで「うーん」と言いました。あたしは、べつに花よめさんのベールをもって歩くやくでもよかったのですが、ふたりのようすを見ていると言えませんでした。パパとママはそのあとちょっとしゃべっていましたが、つぎのつぎの日くらいに、パパが言いました。
「ナルミちゃん、こんかいは、フラワーガールはひつようないんだそうだ」
あたしのほかに、しんせきにちいさな女の子はいないので、きっとやらせてもらえるとおもっていたので、あたしはがっかりしました。
#45.さくらのジャムを食べる
それが2年前のことで、あたしはまだフラワーガールになれていません。
あたしは、足もとにおちているさくらの花びらを、おわんのかたちにした両手ですくって、ぱあっと空にまきました。花びらは、くるくるまわって、きらきらひかりながら、地面におちました。
「成美ちゃん、なにやってるのー? うわあ、きれい!」
丘の上にしいたピクニックシートから、りょうこちゃんがやって来て、あたしの作ったさくらふぶきを見ておどろきました。そうして、あたしのところまでおりてくると、「いいにおーい」と言いました。
「むこうにいるとおべんとうとまざっちゃってぜんぜんわかんないけど、ここは吹きだまりになってるから、さくらのにおいがちゃんとわかるんだね」
りょうこちゃんは、花のままおちているさくらをひろって、くんくんとにおいをかぎました。
「りょうこちゃん、りょうこちゃんは、いつけっこんするの?」
「えー? そのうちー?」
りょうこちゃんは、のんきに答えました。あたしはしゃがむと、両手にまたいっぱい花びらをすくいました。地面があったまっていて、そこらじゅうからさくらもちのにおいがしました。もしかして、これがさくらの花のにおいなのでしょうか。
「りょうこちゃんのけっこんしきでね、あたし、フラワーガール、やってもいーい?」
「フラワーガールってなに?」
「こーゆーふうに! 花よめに! お花をまく人!」
あたしは、力いっぱい言いながら、りょうこちゃんにさくらふぶきをふらせました。とつぜん花びらをぶつけられたりょうこちゃんは、「ぶっ」と言って、あわててにげようとしましたが、あたしは逃がしませんでした。
「よくもやったわね成美ちゃん! かくご!」
花びらだらけになったりょうこちゃんは、頭をぶるぶるふってから、あたしにはんげきしました。でもりょうこちゃんは動きがのろいので、なかなかあたしに当てられませんでした。
「……成美ちゃん、もう、ひきわけにしよう」
しばらくして、りょうこちゃんは、はあはあしながら、あくしゅの手を出しました。しかたないので、あたしも右手を出してあげたのです。すると、りょうこちゃんはあたしの手をつかんで、かくしていた左手で、あたしの頭の真上から花びらをいっぱいふらせたのです。
「うわっ、りょうこちゃん、ずるいよ!」
「だって、こうでも、しないと、成美ちゃんに、あてられないんだもーん」
りょうこちゃんは、ひきょうなことを、くるしそうに言いながら、すわりこみました。
「やえざくらもあるんだね、ほら」
りょうこちゃんは、ほかのさくらの花より、大きくて、こいピンク色の、まるっこいさくらをひろうと、あたしに見せました。ちょっとさくらもちににています。トイレットペーパーのしんみたいなかたちをしているほうじゃなくて、まるくてつぶつぶしているほう。なんだかおいしそうです。
「たべられないかな?」
あたしは思わず言いました。りょうこちゃんは「うーん」と言いました。
「そのまま食べたらおいしくないけど……ジャムとか? でも色はきたなくなっちゃうかもしれないねえ。こういうのはマユさんがとくいかなあ?」
「ふたりとも何やってるの?」
あたしがわくわくしていると、ありえないほどいいタイミングでマユさんがやってきました。このチャンスをのがすわけにはいきません。あたしはあわてて「マユさん!」とよびました。
さくらのジャム。きっと、きれいなピンク色で、おいしいにちがいありません。
#46.いいおねえさんになる
あたしとりょうこちゃんから話を聞いたマユさんは、「うーん」と言いました。
「バラの花のジャムならあるけど、やえざくら? ぜったい茶色くなっちゃうと思うけど」
「でも、ほら、さくらの塩漬けみたいな感じで、砂糖でもどうにかならないかなって」
「ちゃいろくてもおいしいなら、いい!」
あたしたちは、あきらめませんでした。そこで、マユさんは「ふー」と言いながら、あたしのとなりにしゃがみこみました。
「じゃあ、とりあえず、食べられるくらいきれいな花を集めないと」
「マユさん、すわってだいじょうぶ?」
マユさんのおなかはもうだいぶ大きくなっているので、すわったり立ったりするのがたいへんなのです。あたしが聞くと、あたしの頭から花びらをとってくれながら、マユさんは言いました。
「これくらいなら全然だいじょうぶ。いまは赤ちゃんのためにも、ちゃんと運動しないとだめなの。ねえ、ところでなんでふたりともそんなに花びらをくっつけてるの?」
「えっと、さいしょは、成美ちゃんがフラワーガールになる練習をしてたというか……。でも、成美ちゃん、あんな風にお花をぶつけてくるんだったら、ちょっとお願いできないからねー!」
りょうこちゃんは、じぶんで、じぶんの服をパンパンとはらいました。もちろん本番のけっこんしきでは、そんなことはしません、が。
「あたし、フラワーガールになれるの?」
あたしがびっくりして聞くと、りょうこちゃんは、「うん。まあ、けっこんしきをいつやるかまだ決まってないので、ちょっと? だいぶ? 先になっちゃいそうだけど」とあっさり言いました。
「それでいいの?」「だめだなあ! さとしは!」
マユさんとあたしはいっしょにしゃべりました。さとしは、マユさんの弟で、あたしのお兄さんなので、けっこうふたりとも言いたいほうだいなのです。
「えー、いや、ねえ、しょうじき、いろいろ言いたいことはありますけど、まあいいかなって」
りょうこちゃんは、ふくふくと笑いました。あたしとマユさんはかおを見あわせると、なにも言わずに、やえざくらをひろうしごとにもどりました。あたしとりょうこちゃんが歩きまわって、色んなところから花をあつめ、その中からマユさんがきれいなのだけをえらぶことにしました。
しばらくして、マユさんは「もうこれくらいでいいんじゃない?」と言いました。しらないうちに、ほんとうにたくさんあつめていました。
あまりにたくさんで、はこべなかったので、りょうこちゃんが花をいれるふくろを取りに行きました。あたしとマユさんがふたりでまっていると、マユさんがとつぜん、ほめてくれました。
「成美ちゃんの手はきれいねえ」
あたしはじぶんの手をみましたが、どこがきれいなのかあんまりわかりませんでした。しょうじきマユさんの手のほうが、あみものとか、りょうりとか、色んなことができる、きような手でいいんじゃないかなあと思いました。あたしは、おかしや、さくらのジャムなんて、ひとりではつくれません。
なやんでいると、マユさんがじぶんの手を見せてくれました。
「ほら、もう成美ちゃんの手のほうが私のより大きいでしょ? 指が長いから。それに、私みたいにアザもないし」
マユさんのアザというのは、てのひらの反対がわにある、小さくて、まるくて、皮が白くてぴかぴかしているぶぶんでした。あたしは思わずさわってみましたが、ほかのぶぶんとちがったかんじはしませんでした。
「マユさんのこどもは、おかあさんの手がすぐにわかるね! いつもおいしいごはんとか、おかしとか作ってくれる手なんだって」
あたしが言うと、マユさんはパチパチとまばたきしました。
「ってゆうか、手を見ただけで、おかあさんだーってわかるんだね、すごいね」
マユさんは右手のアザをじっと見ると、それからボールみたいに丸いおなかをなでました。それから、あたしに言いました。
「成美ちゃん、この子のいいおばちゃん……おねえちゃんのほうがいっか。いいおねえちゃんになってあげてね」
あたしはマユさんに「うん」と言うと、おなかをさわらせてもらいました。パンパンにふくらませた水ふうせんみたいにかたいのに、中でなにかが動いているけはいがします。それが、あたしがずっとほしかった、弟か妹なのです。
いいおねえちゃんになるからね。あたしは、赤ちゃんにつたわるように、いっしょうけんめいおなかをゆっくりなでました。