第一章 ビルの穴
それはある日起こった出来事だった。
春に高3となる徹と絵里が東京の人通りの少ない道の、とあるビルの目の前を通り過ぎようとした時だった。
「なにこれ〜。」
と、徹の黒いタンクトップの上に羽織ったシャツを引っ張りながら絵里が言った。
徹が見ると、7階建てのビルに丸い穴が開いていた。
しかし、ビルの中に入るためのものではないようだ。
別に高いところにあるというわけでもなく、触ろうとしたら触ることのできる高さだった。
徹が、
「なんだろ。」と言いながら顔を近付ける
すると、穴が少し大きくなり、徹の体を吸い込み始めた。
徹は反射的に後ろに体重を乗せ、必死に踏ん張った。
だが、徹の足は遂に穴に吸い込まれ、上半身のみがビルから突き出した状態となった。
その様はまるで、胸像のようだ
絵里は彼が吸い込まれている間、徹の腕を掴み引っ張り続けた。
女一人の力でどうこうなる訳で無く、徹は遂に両手と頭だけになった。
何を思ったのか、急に徹は絵里の手を振り切った。
そして、徹は穴の向こう側に消え、穴は小さくなり、やがて無くなった。
周りに居た人は、一瞬の事で見ている事しかできなかった。
置いていかれたかのような絵里は呆然と立ちつくすばかりだった・・・。