↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「従順な婚約者に戻れ」と言われましたが、中身は別人です  作者: 紡里


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/1

お前は誰だ

暴力描写があります。苦手な方はご注意ください。

「お前は誰だ?」

 いきなり剣を突きつけられた。


「記憶喪失だと申し上げましたが、ご理解いただけませんでしたか」

「記憶がないだけで、人格まで変わるものか!」


「私」の家の応接室だ。

 一応、寝込んでいた私の見舞いに来たはずだったのに、何をしているのやら。


 私は革張りのソファに背中を押しつけて、少しでも剣先から距離を取ろうとする。ぎしりとソファが鳴った。

 立ち上がって私を見下ろす態勢の婚約者は、興奮して肩で息をしている。


 侍女が体を張って私たちの間に立ち、メイドが廊下を走っていった。

 しばらくしたら男性の使用人たちが駆けつけるだろう。


 侍女は、ローテーブルと私の間に無理矢理立っている。そのスカートがティーカップに触れて、ガチャンと音を立てて紅茶がこぼれた。


 馬鹿な男だ。


「それは、嫌味を言われて俯かないから?

 俺の顔を立てろと言われて、できませんと断ったから?」

 私は侍女の後ろから静かに問いかける。


 侍女の身体はブルブルと震えている。


「な……! そ、そうだ。俺たちは婚約者なのだから」


 それでは婚約者ではなく、使用人ではないか。

 無能な男は、女に立ててもらわないと生きていけぬものらしい。アホくさ。


「だから、婚約解消を申し入れているのですよ。

 もうあなたの婚約者という名の奴隷奉公は、お断りいたします」


 身近で理不尽な扱いを見てきて、悔しがっていた侍女は、こくこくとうなずいている。

 気持ちは嬉しいけれど、こんな頭のおかしな奴の神経を逆なでしたら、刺されるわよ。


「従順なシェリアに戻ってくれ。お前は今、頭がおかしくなっているんだ。悪魔に取り憑かれているに違いない。俺が正気に戻してやる」

 そう言って、侍女を横に押しのけ、私の髪を乱暴に掴んだ。

 編み込まれた髪が乱れ、何本も根元からぶちぶちと抜けた。

 掴んだ髪で私を吊るすようにして、剣でざくりと一房切り取りやがった。


 切られた髪が男の指の隙間から飛び出している。

 支え(?)を失って、私はソファに崩れ落ちた。


「きゃー! お嬢様!」

 私の侍女が悲鳴を上げ、婚約者の腰にしがみつく。


 馬鹿な上に暴力的。こいつ、本当に最低だな。

 ちょ、ちょっと腕が震えてきたけど。肘で身体を支えているから、ブルブル上半身が震えている。

 あ、足も震えている。これでは走って逃げられないな。


 現代日本人として、高圧的なノータリンを口撃することはできる。だけど、暴力には耐性がないのよ。


 確かにこいつの言うとおり、私は別人だ。

 シェリアが自殺を試みて、魂が抜けた。

 私はその肉体になぜか入ってしまっただけの他人。

 たぶん、現実世界では過労死しているんだろうな。


 ぼんやりとシェリアの記憶を覗くことはできるけど、お寺で座禅を組むみたいな妙な集中力が必要で疲れるのだ。

 面倒くさいから、記憶喪失になることにした。


 記憶が曖昧だと言ったら、医者も家族も信じてくれた。

 もともと、あまり自分からしゃべるタイプではなかった様子。


 変な薬を飲んで三日も意識が戻らなかったのに、「変なことをするな」と叱られた。

 子どもの心配ではなく、世間体を気にしているだけだろう、あれは。


 だから、仲が悪いという婚約者に気付かれるとは思わなかったよね。


「あなた、私のことが嫌いなんじゃなかったの? ブスとか、こんな婚約者はハズレだとか言っていた(らしい)じゃない」

 声が震えた。悔しい。


 生粋の令嬢じゃないから、髪の毛が短くたって平気――そう思おうとしているけど、美容師さんに切られるのとは全然違う。

 ただの暴力だもん。男女の体格差を考慮しないなんて、紳士の風上にも置けない。卑怯者。

 こんなの、警察に現行犯で捕まえてもらえる内容じゃない?


 一瞬でそんな考えが頭を巡った。


 でも、言い過ぎたか?

 記憶喪失じゃないのかって、突っ込まれるかもしれない。


 転生ものとか時間が逆行する物語は、情報管理が大変だね。

 知らないふりをするのも、こうやってうっかり発言をしちゃうのも……賢くないと無理だ。


「それは、激励していたんだ。もっと上を目指せって……向上心を持てって」

 熱血少年漫画の主人公のように、仁王立ちで拳を上向きに握ってポーズを決めている。


 ……くだらない。

 あれか、実は好きだったとか後出しする、いじめっ子か。

 ツンデレのデレがなかったら、ただのイジメだぞ。

 加減もわからないガキが手を出していい領分じゃないんだよ。


 サイテーだな、こいつ。


 職場にいた、嫌味ばっかり言う先輩の顔を思い出してしまった。

「頑張っているのはわかるけどさぁ。僕だったらもっとうまくやれるのに……部長は見る目がないなぁ」

 お前が使えないから、こっちに仕事が回ってきてるんじゃい。そのくせ、あいつの方が給料が高いという……。


 納得いかない労働環境で過労死と、刃物を振り回して髪を切るという暴力。

 どちらがまし?

 いやいや、どっちも駄目でしょ。


「人にそれを言う前に、自分が精進しなさいよ。

 シェリアの評判が良くなったら、不機嫌になっちゃって。目立つな、出しゃばるなって――

 自分が努力するんじゃなく、婚約者の足を引っ張るなんて。みっともないと思わないの?」


 まあ、思わないからシェリアを罵倒し、悪口を吹聴して回ったんだろうけど。


「お嬢様!」

 侍女が私に抱きついてきた。私に覆い被さって、代わりに切られる覚悟なのだろう。

 ごめん。

 怒りが溢れてきて、煽りすぎたか。


 自分の肉体じゃないからか、外国みたいな環境のせいか、リアリティを感じないんだ。

 映画の撮影をしているみたいな気分で、無謀なこともできちゃいそうな……。


 わなわなと涙目になって震えている婚約者が、侍女の肩越しに見える。

 あー、こいつの名前なんだっけ?


 ガツッと何かが額に当たった。

 温(ぬる)い液体が顔を濡らし、足元でガシャンと割れる音がする。


「お嬢様!」

 戻って来たメイドが腕を広げて私たちの間に入り、私は大人の男性に抱え上げられた。

 服装からして、この家の下男だろう。


 私はティーカップを投げつけられたようだ。

 足元に割れたカップ、その周りに染みができている。


 生暖かいのは紅茶か血か。


 ひどい。

 銃刀法違反……にはならないか。日本じゃないから。

 でも、立派な傷害事件だ。

 さすがにこれで婚約継続はなくなるだろう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
侍女や使用人たちが体張ってヒロインをかばってくれているのが救いです。 家族もまともでありますように…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。