優しさのバトン
誰かから受け取った優しさを、あなたは覚えていますか。
ほんの小さな親切が、何十年経っても心から消えないことがあります。そして、あのとき伝えられなかった感謝の気持ちが、人生の中で大切な意味を持ち続けることもあります。
これは、幼い頃に出会ったひとりの人の優しさを、長い年月が過ぎた今も忘れずにいる、ある人の実体験です。
過去に受け取った優しさは、どこへ向かうのでしょうか。
直接お礼を伝えられなくても、その思いを未来へつなぐことはできる。
ひとつの優しさが、また次の優しさを生み出していく。
そんな、人と人とのつながりを描いた物語です。
――四十年経っても、忘れられない優しさ――
小学一年生の、ある日のことでした。
その日は、朝の天気予報では雨が降るなんて言っていませんでした。
ところが、学校が終わる頃には、空はすっかり機嫌を損ねていました。大粒の雨が容赦なく降り注ぎ、ランドセルを背負った私は、頭の先から足元までずぶ濡れになりながら、家へ向かって歩いていました。
家までは、もう少しでした。
その途中に、小さな工場がありました。
私がその工場の前を通りかかったとき、ひとりのおじさんが中から出てきました。
雨に打たれ、ずぶ濡れになっている小さな子どもを見て、放っておけなかったのでしょう。
おじさんは、大きなこうもり傘を私に差し出してくれました。
それは、小学一年生の私には、あまりにも大きく、重たい傘でした。
正直に言えば、あのときの私は、そんなことを考えていました。
家はもうすぐなのに。
こんなに大きな傘、いらないのに。
「家はもうすぐですし、大丈夫です」
私はそう言って、傘を断ろうとしました。
けれど、おじさんは笑顔で言いました。
「いいから持って行きなさい」
その声には、迷いも、見返りを求めるような響きもありませんでした。
ただ、目の前で困っている子どもを、雨に濡れたまま帰らせたくなかったのだと思います。
私は、その傘を受け取りました。
大きな傘に守られながら、私は無事に家へ帰ることができました。
そして、今でも忘れられない光景があります。
傘を私に渡したおじさんは、自分はずぶ濡れになりながら、工場へと走って戻っていきました。
その背中を、私は今でも覚えています。
家に帰ってから、母にその日の出来事を話しました。
すると母は言いました。
「明日、学校へ行くときに返して、お礼もちゃんと言ってきなさい」
翌朝、私は傘を持って工場まで出かけました。
けれど、いざ工場の前に立つと、足が止まってしまいました。
私は人見知りで、恥ずかしがり屋でした。
工場の中へ入って、おじさんに声をかける。
たったそれだけのことが、どうしてもできませんでした。
結局、私は入口にそっと傘を置き、そのまま帰ってしまいました。
「ありがとうございました」
そのひと言を、私は言えませんでした。
それから、何年もの月日が流れました。
やがて私は引っ越しをして、あの工場のある場所から離れて暮らすようになりました。
時が流れ、あの工場も今ではもうなくなってしまいました。
大人になってから、ふと、あの日のことを思い出すことがありました。
どうして、あのとき、ちゃんとお礼を言わなかったのだろう。
傘は、ちゃんとおじさんの手元に戻ったのだろうか。
そんなことが、心の片隅にずっと引っかかっていました。
もう、あの場所へ行っても、おじさんに会うことはできません。
おじさんが誰だったのか、今どこで暮らしているのか、知るすべもありません。
あの日の傘が、ちゃんとおじさんのもとへ戻っていたのかさえ、分からないのです。
そして、何よりも。
私は、あのおじさんに、もう一度会ってお礼を言うことができません。
四十年という時間は、あまりにも長いものでした。
けれど、不思議なことに、あの日のことは消えませんでした。
雨の中で差し出された、大きなこうもり傘。
笑顔で「いいから持って行きなさい」と言ってくれた声。
そして、自分はずぶ濡れになりながら、工場へ走って戻っていく背中。
顔も、声も、いつかは記憶の中で薄れていくのかもしれません。
それでも、あの背中だけは、今もはっきりと心に残っています。
私は、あのおじさんに、きちんとお礼を伝えられませんでした。
その後悔は、今でも消えていません。
だからなのかもしれません。
困っている人を見かけると、できるだけ手を貸したいと思うようになりました。
誰かに親切にして、良い人だと思われたいわけではありません。
感謝されたいわけでも、褒められたいわけでもありません。
ただ、目の前で困っている人がいたら、自分にできることをしたい。
あの日、おじさんが私にしてくれたように。
誰かに優しくするたびに、私は少しだけ、あの日のおじさんに近づけているような気がします。
あのとき言えなかった「ありがとう」を、別の誰かに手渡しているような気がするのです。
もしかしたら、おじさんは、あの日のことなんて覚えていないかもしれません。
雨の日に、たまたま通りかかった子どもに傘を貸した。
ただ、それだけのことだったのかもしれません。
でも、私にとっては違いました。
あの日の小さな親切は、四十年経った今も、私の中に生き続けています。
おじさん。
あのときは、ありがとうを言えなくて、ごめんなさい。
傘を貸してくれて、ありがとうございました。
あなたが私にくれたものは、雨をしのぐための傘だけではありませんでした。
人に優しくすることの意味を、言葉ではなく、あなた自身の姿で教えてくれました。
あの日、ずぶ濡れになりながら工場へ戻っていったあなたの背中を、私は今でも覚えています。
もし、どこかで元気に暮らしているのなら。
どうか、あの日のあなたの優しさが、あなた自身にも返ってきていますように。
そして、もし、いつかまた誰かが雨の中で困っていたら。
今度は私が、傘を差し出せる人でありたいと思います。
四十年経っても、まだ伝えられない「ありがとう」があります。
けれど、その「ありがとう」を胸に、これからも誰かに優しくしていこうと思います。
あの日、おじさんから受け取った優しさを、今度は私が誰かに手渡していく。
それが、あの日のあなたに、私ができる小さな恩返しだから。




