白き者
最初にそれが現れたのは、平凡な朝だった。
通勤途中の駅前。
誰もがスマホを見ながら歩いているような、ありふれた日常の中で。
それは、突然そこに立っていた。
人の形をしている。
だが顔がない。
真っ白な皮膚のようなものに覆われ、目も鼻も口もない。
ただの「白い人型」。
最初に触れたのは、酔っぱらった男だった。
「なんだこれ……?」
男が肩に手を置いた瞬間、
男の体がぐにゃりと歪んだ。
そして数秒後、
そこにはもう 二体の白い怪物 が立っていた。
それから世界は、あっという間に変わった。
白い怪物は、触れた者を同じ姿に変える。
噛むわけでもない。
襲うわけでもない。
ただ、触れるだけ。
それだけで終わりだ。
街は静かに崩壊した。
銃は効かない。
ナイフも意味がない。
白い怪物は痛みを感じない。
倒れても、すぐに立ち上がる。
軍隊も、警察も、
数週間で姿を消した。
今、世界はとても静かだ。
僕は古いアパートの三階にいる。
食料はあと三日。
水はもう少しある。
窓の外を見ると、
白いものがゆっくり歩いている。
何十体も。
かつて人間だったもの。
奴らは急がない。
走らない。
ただ、歩く。
そして触れる。
それだけで世界を増やしていく。
時々、思う。
生きる意味って、なんだろう。
文明は終わった。
未来もない。
人間はもうすぐ絶滅する。
なのに僕は、今日も生きている。
缶詰を開け、
水を飲み、
ドアに椅子を立てかける。
意味はない。
それでも。
昨日、窓から見た。
白い怪物の群れの中に、
一人の少女が走っていた。
息を切らしながら、
必死に逃げていた。
その瞬間、僕は理解した。
意味なんて最初から無い。
意味は、作るものだ。
僕はナイフを手に取った。
ドアを開ける。
階段を降りる。
外は静かだった。
白い怪物たちがゆっくり歩いている。
僕は走った。
少女の方へ。
どうせ触れられれば終わりだ。
それでもいい。
もし彼女が少しでも遠くへ逃げられるなら。
もし人間が、あと一日だけでも生き延びるなら。
それだけで。
それだけで十分だと思った。
僕は叫んだ。
「こっちだ!!」
白い怪物たちが、一斉にこちらを向いた。
そして、ゆっくりと歩き出す。
少女が振り向く。
驚いた顔。
泣きそうな目。
その顔を見て、僕は初めて笑った。
世界が終わっても。
**人間は、まだ人間だった




