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[完結]さよならの陽炎を、追いかけて  作者: 七瀬 澪
第四章 「さよならの陽炎」

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49.記憶の向こう側

2024年春。


僕たちは高校二年生になった。


今年も、同じクラスだった。


でも、何かが変わっていた。


奏の体が、少しずつおかしくなっていた。


「また、透けた?」


ある朝、奏が不安そうに聞いてきた。


「……うん」


僕は、嘘をつけなかった。


今朝、奏が歯を磨いているとき、鏡越しに見えた彼女の輪郭が、ほんの少しだけ曖昧だった。


背景の壁が、うっすらと透けて見えた。


「やっぱり」


奏が、俯く。


「最近、自分でもわかるの。体が軽くなってる気がする」


「大丈夫だよ」


僕は、奏の肩を抱いた。


「きっと、疲れてるだけ」


「……うん」


奏が、無理に笑顔を作る。


でも、その笑顔が、とても痛々しかった。



学校では、いつも通りに過ごした。


授業を受けて、お弁当を食べて、友達と話す。


でも、時々、奏の姿が薄く見える瞬間があった。


教室の窓際に立っているとき。


廊下を歩いているとき。


光が強く当たると、奏の体が透けて見える。


誰も気づいていないみたいだった。


いや、気づいていても、信じられないから見なかったことにしているのかもしれない。


「廻」


クラスメイトの男子が、声をかけてきた。


「空乃さん、最近ちょっと痩せた?」


「え?」


「なんか、華奢になった気がして」


「……そうかな」


僕は、曖昧に答えた。


痩せたんじゃない。


薄くなっているんだ。


存在が、少しずつ消えかけている。



放課後、僕たちは図書室に行った。


誰もいない、静かな場所。


「ねえ、廻くん」


奏が、小さな声で言った。


「あのノート、全部読もう」


「……いいの?」


「うん。もう、怖がってる場合じゃない気がする」


奏の目が、真剣だった。


「私の体が、おかしくなってる。それと、あのノートが関係してるかもしれない」


「わかった」


僕は頷いた。


「今日、家に帰ったら一緒に読もう」


「うん」


奏が、深呼吸をした。


その横顔が、少しだけ震えていた。



家に帰ると、母さんはまだ仕事で帰っていなかった。


僕たちは、僕の部屋に入った。


机の引き出しから、銀色のノートを取り出す。


「……読むよ」


「うん」


二人で並んで座り、ノートを開いた。


最初から、丁寧に読んでいく。


『2024年 2月14日。大雪』


廻が死んだ日。


でも、時間が巻き戻された日。


『私は、力を解放した』


『時間をねじ曲げる。因果律を破壊する』


『代償として、私の「世界への干渉権」が剥がれ落ちていく』


「これを書いたのは……」


奏が、震える声で言った。


「私、なの?」


「わからない」


でも、文体が、奏の話し方に似ている気がした。


さらにページをめくる。


『2024年 4月。始業式』


『彼は、結衣と同じクラスになるために、右目を使った』


『その瞬間、彼の中から「中学時代の修学旅行の記憶」が消えた』


右目。


その言葉を読んだ瞬間、僕の右目が疼いた。


「痛っ」


「廻くん?」


「……ううん、なんでもない」


でも、確かに痛んだ。


まるで、封印されていた何かが、目覚めようとしているような。


『2024年 5月。中間テスト』


『彼は、マークシートの回答を書き直すために能力を使った』


『その1秒のために、彼の「味覚」の一部が鈍くなった』


能力。


1秒を巻き戻す能力。


そんなもの、あるわけがない。


「待って」


奏が、僕の腕を掴んだ。


「廻くん、こんなこと、覚えてる?」


「……ううん」


僕は首を横に振った。


「全然、覚えてない」


「私も」


奏が、ノートを見つめる。


「でも、これ……すごくリアルなの」


「うん」


僕も頷いた。


まるで本当にあったことのように、細かく書かれている。


でも、記憶にない。


こんなこと、一度も経験していない。


それなのに――


なぜだろう。


胸が、苦しい。


まるで、大切な何かを忘れているような。



さらに、ページをめくる。


『2024年 6月。梅雨』


『彼は、結衣とのデートで、雨に濡れないように能力を使った』


『10回。20回。まるでゲームのコントローラーを連打するように』


『色彩が消える。触覚が鈍る。感情の起伏が平坦になる』


僕の手が、震えた。


これは、僕の話だ。


僕が、能力を使って、自分を削っていった話。


でも、そんな記憶はない。


能力なんて、使ったことがない。


それなのに、この文章を読むと、胸が、締め付けられる。


「廻くん……」


奏が、涙を流していた。


「これ、本当なの?」


「わからない」


「でも、私の体がおかしくなってるのは、本当だよ」


奏が、自分の手を見つめる。


その手が、少しだけ透けている。


「もし、このノートに書いてあることが本当なら……」


奏が、ページをめくる。


『愚かだわ。本当に、愚かで、どうしようもなく愛おしい』


『――相沢廻。あなたは今日も、幸せそうに笑いながら、無垢な顔で自殺を続けている』


その一文を読んだ瞬間、僕の胸が激しく痛んだ。


「これを書いた人は……」


奏が、震える声で言った。


「廻くんのことを、すごく愛してる」


「……」


「でも、すごく苦しんでる」


奏が、ページをめくり続ける。


そこには、夏の記録が続いていた。


『2024年 8月。夏。』


『今日、彼はまた能力を使った』


『図書室で、彼が右目を押さえた瞬間』


『私の目の前で、彼の輪郭が少しだけ透けた気がした』


透けた。


その言葉に、僕たちは顔を見合わせた。


「……これ」


奏が、呟いた。


「私と、同じ」


「うん」


僕も頷いた。


奏の体が透けている。


それは、このノートに書かれている「僕」と同じ症状だ。


「もしかして」


奏が、恐る恐る言った。


「このノートに書かれてる『彼』は、廻くんで」


「うん」


「『私』は……」


「君だ」


僕は、はっきりと言った。


「このノートを書いたのは、奏だ」


奏が、ノートを見つめる。


その目から、涙がこぼれ落ちた。


「でも、私、こんなこと覚えてない」


「僕も」


「どうして?」


「わからない」


二人で、顔を見合わせた。


記憶がない。


でも、このノートに書かれていることは、妙にリアルだ。


まるで、本当にあったことのように。


そして、奏の体が透けているという現実。


この二つが、繋がっている気がする。


「続きを読もう」


僕は、奏の手を握った。


「全部読んで、真実を知ろう」


「……うん」


奏が、頷いた。


僕たちは、ページをめくり続けた。


そこには、信じられない真実が書かれていた。


夏祭り。

花火大会。

駅前のカフェ。


僕が能力を使いすぎて、世界から消えかけていく話。

そして――


『愚かだわ。本当に、愚かで、どうしようもなく愛おしい』


何度も、何度も、その言葉が繰り返されていた。


「これを書いた人は」


奏が、泣きながら言った。


「嫌われる覚悟で、廻くんを見守ってたんだ」


「うん」


「そして、苦しんでた」


「……うん」


僕も、涙が出そうになった。


このノートを書いた人の気持ちが、痛いほど伝わってくる。


愛しているのに、何もできない。


見守ることしかできない。


そんな、切ない想いが、文章から滲み出ている。


「でも、わからない」


奏が、首を横に振った。


「私、廻くんのこと、ずっと好きだったよ。小学校の時から」


「うん。僕も」


「それなのに、なんでこんなに苦しまなきゃいけないの?」


奏の声が、震えている。


「なんで、こんなに報われない想いを抱えてたの?」


「……わからない」


僕も、答えられなかった。


ただ、胸が苦しかった。


まるで、自分が何か取り返しのつかないことをしてしまったような。


そんな罪悪感が、押し寄せてくる。


窓の外を見ると、夕焼けが広がっていた。


オレンジ色の空。


僕たちは、ノートを読み続けた。


ページをめくるたびに、真実が少しずつ明らかになっていく。


そして、最後のページに辿り着いた。


『――相沢廻。空乃奏。』


『もし、あなたたちがこれを読んでいるなら』


『私たちは、記憶を失って、もう一度出会えたということ』


『今度こそ、幸せになってください』


『今度こそ、対等な立場で、愛し合ってください』


『そして――』


そこで、文章が途切れていた。


まるで、書いている途中で力尽きたかのように。


「……これで、終わり?」


奏が、呟いた。


「うん」


僕も頷いた。


でも、最後の一文が、胸に刺さった。


「記憶を失って、もう一度出会えた」


その言葉の意味が、少しずつ理解できてきた。


僕たちは、以前も出会っていた。


そして、何か悲しいことがあった。


だから、記憶を失くして、やり直した。


それが、2016年の夏。


あの神社の裏山で出会った日。


「そっか……」


奏が、涙を拭った。


「私たち、やり直してたんだ」


「うん」


「でも、また同じことになってる」


奏が、自分の透けかけた手を見つめる。


「私、また消えかけてる」


その言葉に、僕の胸が締め付けられた。


「消えさせない」


僕は、奏を抱きしめた。


「絶対に、消えさせない」


「廻くん……」


「今度こそ、君を守る」


僕は、強く誓った。


過去に何があったのかはわからない。


でも、奏が苦しんでいたことはわかった。


今度こそ、僕が奏を守る番だ。


奏が、僕の胸で泣いていた。


「怖い……消えたくない」


「大丈夫。絶対に守るから」


僕は、奏の銀色の髪を優しく撫でた。


ノートに書かれた真実。


失われた記憶。


そして、繰り返されようとしている悲劇。


でも、今度は違う。


今度こそ、僕が奏を救う。

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