45.二人のサンタと、一匹のトナカイ
それからあっという間に、僕たちは中学二年生になった。
今年も、僕と奏は同じクラスだった。
結衣は、また別のクラス。
でも、お昼休みは相変わらず三人で一緒に食べていた。
「ねえ、聞いて」
ある日、結衣が嬉しそうに言った。
「美術部、県のコンテストで入賞したの」
「え、本当?」
奏が、目を輝かせた。
「すごいじゃん、結衣ちゃん!」
「えへへ。先生も褒めてくれてさ、すごく嬉しかった」
結衣が、照れたように笑う。
「どんな絵を描いたの?」
「夏の川の絵」
その言葉に、僕の胸がざわついた。
川。
なぜだろう。
その言葉を聞くと、いつも胸が騒ぐ。
「廻くん、どうしたの?」
奏が、心配そうに僕を見る。
「ううん、なんでもない」
僕は首を振った。
「結衣ちゃん、おめでとう」
「ありがとう!」
結衣が、嬉しそうに笑う。
その笑顔は、以前より自信に満ちていた。
美術部での日々が、結衣を成長させているんだと思った。
◆
梅雨の季節。
放課後、僕と奏は傘を一本しか持っていなかった。
「相合傘だね」
奏が、少し恥ずかしそうに笑う。
「うん」
僕は、奏の肩を引き寄せた。
雨の音が、静かに響いている。
「ねえ、廻くん」
「うん?」
「最近、変な夢を見るの」
奏の声が、少し不安そうだった。
「変な夢?」
「うん。雨の中を、一人で走ってる夢」
「どこへ?」
「わからない。でも、すごく急いでる。誰かを探してる気がする」
奏が、眉をひそめる。
「目が覚めると、胸がドキドキしてて……なんか怖いの」
「それ、いつから?」
「最近。……梅雨になってから、かな」
雨が、傘を叩く音がする。
「大丈夫だよ」
僕は、奏の肩を抱いた。
「夢だから」
「……うん」
奏が、僕に寄り添う。
でも、その表情はまだ不安そうだった。
僕も、実は同じだった。
最近、眠ると夢を見る。
誰かの声が聞こえる夢。
何かが燃えるような夢。
そして、目が覚めると、なぜか泣いている。
でも、それを奏に言うことはできなかった。
心配させたくなかった。
◆
秋。
中学二年の文化祭が終わった後、結衣が僕と奏を呼び止めた。
「ちょっといい? 二人に、話があるの」
「うん、どうぞ」
三人で、誰もいない教室に入った。
夕日が、窓から差し込んでいる。
「あのね」
結衣が、少し緊張した様子で言った。
「私、高校は美術科のある学校に行こうと思ってる」
「美術科?」
「うん。コンテストで入賞してから、本格的に絵を勉強したくなって」
結衣が、真剣な顔をしている。
「二人とは、違う高校になっちゃうけど……」
「すごいじゃない、結衣ちゃん」
奏が、目を輝かせた。
「夢ができたんだね」
「……うん。笑う?」
「笑わないよ」
僕は、首を横に振った。
「応援するよ。頑張ってね」
「廻くん……」
結衣の目に、涙が浮かんだ。
「ありがとう」
「違う学校になっても、友達だよ」
奏が、結衣の手を握った。
「それは変わらないから」
「うん……わかってる」
結衣が、涙を拭う。
「でも、言っておきたかったの。二人に背中を押してもらいたくて」
「押せた?」
「うん。すごく」
結衣が、笑顔になった。
夕日が、教室を金色に染めていた。
◆
冬。
クリスマスが近づいてきた。
「ねえ、今年のクリスマスはどうする?」
ある日の昼休み、結衣が聞いてきた。
「去年は廻くんと奏ちゃんは二人でデートだったじゃん」
「……そうだったね」
奏が、少し申し訳なさそうに言う。
「今年は、三人で過ごさない?」
「三人で?」
「うん。どうせなら、パーティしようよ。うちで」
結衣が、目を輝かせた。
「いいね!」
奏が、嬉しそうに頷く。
「廻くんも、いい?」
「もちろん」
こうして、結衣の家でクリスマスパーティをすることになった。
◆
クリスマスイブ。
僕と奏は、結衣の家に向かった。
「これ、プレゼント」
奏が、リボンのついた袋を抱えている。
「わたしも」
僕も、プレゼントを持っている。
インターホンを押すと、すぐにドアが開いた。
「いらっしゃい!」
結衣が、満面の笑みで出迎えてくれた。
でも、その格好を見た瞬間、僕と奏は固まった。
「……結衣ちゃん、それ」
「サンタさん!」
結衣が、得意げにポーズを取る。
赤いサンタクロースの衣装。
白いふわふわの縁取り。
帽子まで被って、完全にサンタさんだった。
「似合う?」
「す、すごく似合ってる」
奏が、笑いをこらえながら答える。
「でしょ! 二人の分もあるよ」
「え?」
「こっちがサンタで」
結衣が、赤い衣装を差し出す。
「こっちがトナカイ」
もう一つは、茶色のトナカイの衣装だった。
頭に、小さな角がついている。
「どっちがいい?」
僕と奏は、顔を見合わせた。
「……じゃあ、私がトナカイ」
奏が、トナカイの衣装を受け取る。
「僕がサンタか」
「廻くんはサンタさんね!」
結衣が、嬉しそうに笑う。
三人で、衣装を着替えた。
「わあ、廻くんかっこいい!」
「奏ちゃん、トナカイかわいい!」
「角が……恥ずかしい」
奏が、頭の角を気にしている。
でも、その姿が、あまりにも可愛くて。
「似合ってるよ」
僕が言うと、奏の頬が赤くなった。
「もう……」
◆
三人で、料理を作った。
チキンを焼いて、サラダを作って、ケーキを飾る。
「結衣ちゃん、料理上手だね」
奏が、感心したように言う。
「えへへ。お母さんに教えてもらったの」
結衣が、嬉しそうに笑う。
「奏ちゃんは?」
「私は……廻くんのお母さんに教えてもらってる」
「いいなあ。廻くんのお母さん、優しいよね」
「うん。すごく」
三人で、テーブルを囲んだ。
「じゃあ、乾杯!」
結衣が、ジュースのグラスを持ち上げる。
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
グラスを合わせる音が、部屋に響く。
チキンを食べて、サラダを食べて、おしゃべりをした。
学校のこと、将来のこと、くだらない話。
笑い声が、絶えなかった。
ケーキを食べた後、プレゼント交換をした。
結衣には、奏がスケッチブックと絵の具のセットを贈った。
「わあ! すごく嬉しい!」
結衣が、目を輝かせる。
「美術科に進むから、使ってね」
「うん! 大事にする!」
僕は、結衣に可愛い手帳を贈った。
「日記でも書いてね」
「書く書く! ありがとう、廻くん」
結衣から僕へのプレゼントは、手作りのマフラーだった。
「編み物、始めたんだ」
「すごい。ありがとう、結衣ちゃん」
「奏ちゃんには、お揃いのやつ」
奏にも、同じデザインのマフラーが渡された。
「ありがとう……結衣ちゃん」
奏の目が、潤んでいた。
「二人でお揃いで使ってね」
結衣が、笑顔で言う。
その笑顔の奥に、少しだけ切なさが混じっていた。
でも、それよりも、温かさの方が大きかった。
◆
夜、帰り際。
玄関で、三人で並んだ。
「楽しかったね」
「うん。すごく」
奏が、幸せそうに微笑む。
「来年も、やろうね」
「もちろん!」
結衣が、明るく言った。
「でも、来年は高校生だから……どうなるかな」
「それでも、クリスマスは三人で」
「うん。約束ね」
三人で、小指を絡ませた。
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます」
「指切った」
外は、雪が降り始めていた。
白い雪が、夜の闇に舞っている。
「綺麗だね」
奏が、空を見上げる。
銀色の髪に、白い雪が降り積もる。
まるで、絵の中の世界みたいだった。
「写真、撮ろう」
結衣が、スマホを取り出した。
「三人で」
サンタが二人と、トナカイが一人。
三人が並んで、カメラに向かって笑う。
パシャッ。
「いい写真だね」
「送って」
「うん、後で送る」
僕たちは、並んで雪を眺めた。
静かな冬の夜。
遠くで、教会の鐘が鳴っている。
(この時間が、ずっと続けばいいのに)
そう思った。
でも、時間は止まらない。
来年は高校生になる。
結衣は、違う学校へ行く。
三人で過ごせる時間は、少なくなっていく。
でも、この絆は変わらない。
そう信じていた。
「じゃあ、メリークリスマス」
「メリークリスマス」
「また明日ね」
結衣が、手を振る。
僕と奏も、手を振り返した。
雪の中を、二人で歩く。
奏が、結衣からもらったマフラーを巻いている。
僕も、同じマフラーを首に巻いた。
「あったかいね」
「うん。結衣ちゃんの気持ちが、入ってるから」
奏が、柔らかく微笑む。
「……うん」
僕も頷いた。
雪が、静かに降り続けている。
白い世界の中を、二人で歩いた。
お揃いのマフラーをして、手を繋いで。
この温もりを、ずっと忘れないでいよう。
そう思った冬の夜だった。




