43. 秋の告白、一番星の誓い
次の日、学校が終わった後、三人で公園に行った。
「鬼ごっこしよう!」
結衣が、明るく提案した。
「いいね」
奏も頷く。
「じゃあ、じゃんけんで鬼決めよう」
三人で、じゃんけんをする。
「最初はグー、じゃんけんぽん!」
僕が負けた。
「廻くん、鬼だね」
結衣が、嬉しそうに笑う。
「じゃあ、10数えるから逃げて」
「うん!」
二人が走り出す。
僕は目を閉じて、数を数えた。
「1、2、3……」
奏と結衣の足音が遠ざかっていく。
「10! 行くよ!」
目を開けて、周りを見渡す。
結衣は、すぐに見つかった。
ベンチの後ろに隠れている。
「見ーつけた!」
「きゃあ!」
結衣が、笑いながら逃げる。
次は、奏を探す。
滑り台の裏にいた。
「奏、見つけた」
「あ、見つかっちゃった」
奏が、笑いながら出てくる。
次は結衣が鬼。
その次は奏が鬼。
三人で、何度も鬼ごっこを繰り返した。
楽しかった。
笑い声が、公園に響いている。
でも、ふと気づいた。
結衣が、少しだけ遠くにいる。
僕と奏が一緒にいると、結衣は一歩引いている。
まるで、僕たちの間に入り込めないみたいに。
「結衣ちゃん、疲れた?」
奏が、心配そうに聞く。
「ううん、大丈夫」
結衣が、笑顔で答える。
でも、その笑顔が少しだけ無理をしているように見えた。
◆
冬が近づいてきた。
ある日の放課後、結衣が風邪で休んだ。
僕と奏、二人だけで帰ることになった。
「結衣ちゃん、大丈夫かな」
奏が、心配そうに言う。
「うん。明日、お見舞いに行こうか」
「そうだね」
二人で、商店街を歩く。
手を繋いで。
いつもの道。
でも、結衣がいないと、何だか静かだった。
「ねえ、廻くん」
「うん?」
「結衣ちゃん、最近元気ないよね」
「そうかな」
「うん。笑ってるけど、無理してる気がする」
奏が、立ち止まった。
「私、わかっちゃったの」
「何が?」
「結衣ちゃん、廻くんのこと……好きなんだと思う」
その言葉を聞いた瞬間、僕の心臓が跳ねた。
「え?」
「気づいてなかった?」
奏が、少し寂しそうに笑った。
「結衣ちゃん、いつも廻くんを見てるよ。それで、私と廻くんが一緒にいると、寂しそうな顔をする」
「……」
言われてみれば、思い当たることがあった。
結衣の視線。
結衣の笑顔の奥にある寂しさ。
僕と奏が手を繋ぐと、少し離れたところに立つ結衣。
「そっか……」
僕は、何も気づいていなかった。
いや、気づかないふりをしていたのかもしれない。
「廻くんは、どう思ってるの?」
奏が、真剣な顔で聞いてきた。
「結衣ちゃんのこと」
「結衣ちゃんは、大切な友達だよ」
「……友達」
「うん」
僕は、迷わず答えた。
「僕にとって、奏は特別だから」
奏の目が、少し潤んだ。
「……ありがとう」
「僕、奏のことが好きだよ」
その言葉を口にした瞬間、奏の頬が真っ赤になった。
「わ、私も……廻くんのこと、好き」
二人で、顔を見合わせる。
恥ずかしくて、でも嬉しくて。
「でも」
奏が、俯いた。
「結衣ちゃんに、悪いよね」
「……うん」
僕も頷いた。
結衣を傷つけたくない。
でも、僕の気持ちは変わらない。
僕が好きなのは、奏だけだ。
「どうすればいいかな」
「わからない……」
奏が、困ったように首を横に振る。
「でも、結衣ちゃんには優しくしてあげてね」
「うん」
二人で歩き出す。
冬の風が、冷たかった。
◆
次の日、結衣が学校に戻ってきた。
「おはよう、結衣ちゃん」
「おはよう。風邪、治ったの?」
「うん。もう大丈夫」
結衣が、いつもの笑顔で答える。
でも、昨日奏に言われたことを思い出して、僕は結衣の顔をまじまじと見てしまった。
「……なに? 顔に何かついてる?」
「ううん、なんでもない」
僕は慌てて目を逸らした。
休み時間、結衣が僕のところに来た。
「ねえ、廻くん」
「うん?」
「放課後、ちょっと二人で話せる?」
その言葉に、胸がドキリとした。
「奏ちゃん抜きで」
結衣が、小さく付け加える。
「……うん、いいよ」
僕は頷いた。
奏が、少し離れた席から、心配そうにこちらを見ていた。
◆
放課後。
僕と結衣は、学校の裏庭にいた。
人気のない場所。
冬の夕暮れは早い。
もう空が、オレンジ色に染まり始めていた。
「あのね、廻くん」
結衣が、落ち葉を踏みながら言った。
「私……」
その声が、震えていた。
「廻くんのこと、好き」
僕の心臓が、大きく跳ねた。
やっぱり。
奏の言った通りだった。
「小学校に入った時から、ずっと好きだった」
結衣が、俯いたまま続ける。
「廻くんは優しくて、かっこよくて、いつも私を笑わせてくれて」
「……」
「でも、廻くんの隣には、いつも奏ちゃんがいて」
結衣の声が、泣きそうになっている。
「私、わかってるの。廻くんが好きなのは、奏ちゃんだって」
「結衣ちゃん……」
「でも、言わなきゃって思ったの。このままずっと黙ってたら、後悔しちゃいそうで」
結衣が、顔を上げた。
その目には、涙が浮かんでいた。
「ごめんね。困らせちゃって」
「ううん」
僕は、首を横に振った。
「結衣ちゃんの気持ち、嬉しいよ」
「……本当?」
「うん。でも」
言わなきゃいけない。
はっきりと。
「僕が好きなのは、奏だけなんだ」
結衣が、小さく頷いた。
「知ってた。……知ってたけど、言いたかったの」
「ごめん」
「謝らないで」
結衣が、涙を拭った。
「廻くんは、何も悪くないから」
「でも……」
「私ね、奏ちゃんのこと、嫌いになれないの」
結衣が、笑った。
泣いているのに、笑っていた。
「だって、奏ちゃん、すっごくいい子だもん。優しいし、綺麗だし、廻くんにお似合いだもん」
「結衣ちゃん……」
「だから、応援する」
結衣が、僕の目を見た。
「廻くんと奏ちゃんが、幸せになるの、応援するから」
その言葉が、あまりにも健気で。
僕の胸が、締め付けられた。
「ありがとう」
「ううん」
結衣が、また涙を拭う。
「私、大丈夫。すぐ立ち直るから」
「……うん」
「これからも、三人で友達だよね?」
「もちろん」
僕は、強く頷いた。
「ずっと、友達だよ」
「よかった」
結衣が、ホッとしたように笑った。
そして、空を見上げた。
「夕焼け、綺麗だね」
「うん」
二人で、オレンジ色の空を見上げた。
冬の風が、冷たく吹いている。
結衣の涙が、風に乾いていく。
「帰ろっか」
「うん」
僕たちは、並んで校門を出た。
教室では、奏が待っていた。
結衣を見て、すぐに何があったか察したようだった。
「……結衣ちゃん」
奏が、結衣に駆け寄る。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫」
結衣が、笑顔で答える。
「奏ちゃん、廻くんを幸せにしてあげてね」
「……結衣ちゃん」
奏の目にも、涙が浮かんでいた。
「ごめんね」
「謝らないで」
結衣が、奏の手を握った。
「奏ちゃんは、私の大切な友達だから」
「私も……結衣ちゃんは、大切な友達」
二人が、抱き合う。
その光景を見ていて、僕の胸も熱くなった。
結衣は、本当に強い子だ。
こんなに優しい子だ。
その優しさに、僕は救われた気がした。
三人で、夕暮れの道を歩いた。
いつもより、少し静かだった。
でも、確かに僕たちは、まだ三人だった。
冬の空に、一番星が輝き始めていた。




