42.小さな三角形
しばらく経ち、僕たちは小学五年生になっていた。
三人とも、また同じクラスになった。
席替えのたびに、僕と奏は隣同士になることが多かった。
結衣は、少し離れた席だった。
「今回も、廻くんと奏ちゃんは隣なんだね」
結衣が、笑顔で言った。
でも、その笑顔が少しだけ、寂しそうに見えた。
「うん。また一緒だね」
奏が、嬉しそうに答える。
「結衣ちゃんは……あ、窓際だ。景色が綺麗に見えていいね」
「そうだね」
結衣が、窓の外を見る。
校庭では、体育の授業をしている下級生たちが見えた。
「でも、ちょっと遠いな」
結衣が、小さく呟いた。
その声が、誰にも聞こえないように。
◆
小学五年生になって、変わったことがあった。
結衣が、前よりも僕を見る時間が長くなった気がする。
授業中、ふと視線を感じて振り向くと、結衣が慌てて目を逸らす。
休み時間、一緒に遊んでいると、結衣が僕の隣に座ろうとする。
でも、そこにはいつも奏がいる。
「あ、ごめん。奏ちゃんの席だった」
結衣が、笑いながら少し離れた場所に座る。
「ううん、大丈夫だよ。結衣ちゃんもこっちおいでよ」
奏が優しく誘うけれど、結衣は首を横に振る。
「いいの。ここで大丈夫」
そう言って、一人で座っている。
その背中が、何だか小さく見えた。
◆
ある日の放課後、三人でコンビニに寄った。
「何買う?」
「おにぎりがいい」
奏が、おにぎりコーナーに向かう。
結衣も後に続いた。
「奏ちゃん、いつもツナマヨだよね」
「うん。これが一番好きなの」
奏が、迷わずツナマヨを手に取る。
「廻くんも?」
「うん。僕もツナマヨにしようかな」
僕も同じものを選ぶと、結衣が少し寂しそうな顔をした。
「二人とも、同じなんだね」
「結衣ちゃんは?」
「私は……梅にする」
結衣が、梅干しのおにぎりを手に取った。
本当は、ツナマヨがいいのかもしれない。
でも、僕と奏が同じものを選んだから、あえて違うものにしたような気がした。
会計を済ませて、公園のベンチに座る。
僕と奏は隣同士。
結衣は、少し離れた場所に座った。
「結衣ちゃん、こっちおいでよ」
奏が誘う。
「ううん、ここでいいよ。日陰だし」
結衣が笑う。
でも、その笑顔の奥に、何か隠しているものがあるような気がした。
三人で、おにぎりを食べる。
「美味しいね」
「うん」
奏と僕は、顔を見合わせて笑った。
結衣は、一人で梅干しのおにぎりを食べている。
その横顔が、少し寂しそうだった。
◆
秋の遠足で、僕たちは山に登った。
クラス全員で、紅葉を見に行く遠足。
「綺麗だね」
奏が、赤や黄色に染まった木々を見上げる。
「うん。すごく綺麗」
僕も頷く。
結衣は、少し後ろを歩いていた。
「結衣ちゃん、一緒に歩こうよ」
奏が振り返って声をかける。
「うん、今行く」
結衣が、小走りで追いついてくる。
三人で並んで歩く。
僕は真ん中。
右に奏、左に結衣。
でも、僕の手は、自然と奏の手を握っていた。
結衣が、チラリと僕たちの繋いだ手を見る。
そして、小さくため息をついた。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
結衣が、無理に笑顔を作る。
「ちょっと疲れちゃっただけ」
「そっか。休憩する?」
「大丈夫。もう少し頑張る」
結衣が、前を向いて歩き出す。
その背中が、また小さく見えた。
山頂に着くと、素晴らしい景色が広がっていた。
「わあ!」
結衣が、歓声を上げる。
「すごい! 街が全部見える!」
「本当だ」
奏も、嬉しそうに笑う。
三人で、景色を眺めた。
風が吹いて、奏の銀色の髪が揺れる。
僕は、その髪を見つめていた。
美しい。
いつ見ても、奏は美しいと思う。
ふと、横を見ると、結衣が僕を見ていた。
視線が合う。
結衣が、慌てて目を逸らした。
「あ、あの、お弁当食べよっか」
「うん」
三人で、お弁当を広げた。
僕と奏のお弁当は、母さんが作ってくれたもの。
結衣のお弁当は、結衣のお母さんが作ったもの。
「わあ、結衣ちゃんのお弁当、可愛い」
奏が、結衣のお弁当を覗き込む。
「えへへ、お母さんが頑張ってくれたの」
結衣が、嬉しそうに笑う。
「奏ちゃんと廻くんのお弁当は、一緒なんだね」
「うん。廻くんのお母さんが、二人分作ってくれるの」
「いいなあ」
結衣が、小さく呟いた。
「毎日、一緒なんだもんね」
その声が、少し羨ましそうだった。
「結衣ちゃんも、うちに遊びに来ればいいのに」
奏が、優しく言う。
「本当?」
「うん。いつでも大歓迎だよ」
「ありがとう。でも……」
結衣が、言葉を濁す。
「二人の邪魔しちゃ悪いから」
「邪魔なんかじゃないよ」
僕が言うと、結衣は寂しそうに笑った。
「ありがとう。でも、いいの」
そう言って、お弁当に視線を落とした。
◆
帰り道、結衣は一人で先に帰った。
「お母さんが早く帰ってきてって言ってるから」
そう言って、手を振って去っていった。
僕と奏だけが残された。
「……廻くん」
奏が、僕の袖を引いた。
「うん?」
「結衣ちゃん、寂しそうだったね」
「そうかな」
「うん。気づいてた?」
「……何が?」
奏が、少し困ったような顔をした。
「結衣ちゃん、廻くんのこと……」
そこまで言って、奏は口をつぐんだ。
「何?」
「……ううん、なんでもない」
奏が、首を横に振る。
「気のせいかもしれないから」
でも、その表情は、何かを確信しているようだった。
僕たちは、手を繋いで家路についた。
夕焼けの空が、オレンジ色に染まっている。
「ねえ、廻くん」
「うん?」
「結衣ちゃんとも、もっと遊んであげてね」
「うん。もちろん」
「私ばっかりじゃなくて」
奏が、少し寂しそうに笑った。
「結衣ちゃん、きっと寂しいと思うから」
その言葉の意味を、僕はまだ理解していなかった。
ただ、奏の優しさに、胸が温かくなった。
「わかった。明日、三人で遊ぼう」
「うん」
奏が、ホッとしたように微笑んだ。
でも、その笑顔の奥に、少しだけ不安が見えた気がした。
秋の風が、二人を包み込んでいった。




