表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さよならの陽炎を、追いかけて  作者: 七瀬 澪
第四章 「さよならの陽炎」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

42/51

41. 青空を、名前にして

家に帰ると、母さんが夕飯の準備をしていた。


「おかえりなさい。楽しかった?」


「うん、すごく楽しかった」


奏が、嬉しそうに答えた。


「結衣ちゃんっていう友達ができたの」


「あら、よかったわね」


母さんが、優しく微笑む。


「廻も、久しぶりに結衣ちゃんに会えたでしょう?」


「うん。同じクラスになれたし」


僕も頷いた。


夕飯は、ハンバーグだった。


ジューシーなお肉と、デミグラスソースの香り。


「いただきます」


一口食べると、肉汁が溢れ出す。


「美味しい」


奏が、幸せそうに目を細める。


何を食べても、本当に美味しそうに食べる。


その顔を見ていると、こっちまで嬉しくなる。


「そうだ、奏ちゃん」


母さんが、箸を置いて奏を見た。


「養子の手続きね、もうすぐ完了するの」


「本当ですか?」


奏の目が輝く。


「ええ。でも、一つ決めないといけないことがあるの」


「何ですか?」


「苗字よ」


母さんが、優しく微笑んだ。


「奏ちゃんは、記憶がないから苗字がわからないでしょう? だから、新しく決めないといけないの」


奏が、少し不安そうな顔をする。


「相沢でもいいのよ。廻と同じ苗字」


「でも……」


奏が、僕の方を見る。


その目が、何かを訴えているようだった。


「僕は、どっちでもいいよ」


僕が答えると、奏は少し考え込んだ。


「……違う名前がいいです」


「そう?」


母さんが、少し驚いたように聞き返す。


「はい。廻くんとは、家族だけど……兄妹じゃないから」


奏の頬が、少し赤くなった。


その意味を、僕は何となく理解した。


奏は、僕のことを兄として見ていない。


だから、同じ苗字は嫌なんだ。


「わかったわ。じゃあ、一緒に考えましょう」


母さんが、優しく言った。


「奏ちゃん、何か好きな言葉とか、綺麗だと思う言葉はある?」


「……空、とか」


奏が、小さく呟いた。


「空?」


「はい。青い空が、好きです」


奏が、窓の外を見る。


夕焼けの空が、オレンジ色に染まっている。


「空、ね」


母さんが、少し考えて、微笑んだ。


「空乃そらのは、どうかしら」


「空乃……」


奏が、その響きを繰り返す。


「空の、奏。綺麗でしょう?」


母さんの提案に、奏の目がキラキラと輝いた。


「……いい」


「本当?」


「はい。空乃 奏……すごく、綺麗です」


奏が、嬉しそうに微笑む。


「じゃあ、決まりね。空乃 奏」


母さんが、奏の頭を優しく撫でた。


「これから、よろしくね」


「はい。よろしくお願いします」


奏が、深々と頭を下げた。


その姿を見ていて、僕の胸も温かくなった。


空乃 奏。


その名前が、彼女にぴったりだと思った。



その夜、僕は縁側に出た。


月が出ている。


少し欠けた月。


「廻くん」


背後から、声がした。


振り返ると、奏が立っていた。


「眠れないの?」


「うん。ちょっと興奮しちゃって」


奏が、隣に座る。


「苗字、決まってよかったね」


「うん。空乃 奏……何度も言いたくなっちゃう」


奏が、嬉しそうに笑う。


「明日、結衣ちゃんに教えてあげようね」


「うん」


二人で、月を見上げた。


静かな夜。


虫の音だけが、心地よく響いている。


「ねえ、廻くん」


「うん?」


「私、同じ苗字じゃない方がいいって言ったの……わかる?」



奏が、少し恥ずかしそうに聞いてきた。


「うん。何となく」


「……そっか」


奏が、頬を赤らめる。


「廻くんは、お兄ちゃんじゃないから」



「うん」


「だから……」



奏が、僕の手を握った。


冷たい手。


でも、その冷たさが、心地よかった。


「ずっと、一緒だよね」


「うん。ずっと一緒」


僕も、奏の手を握り返した。


月明かりの下で、二人の影が重なる。


春の夜は、まだ少し冷える。


でも、奏の隣にいると、温かい気がした。



次の日、学校で結衣に報告した。


「本当? 空乃 奏ちゃんになったんだ!」


結衣が、嬉しそうに声を上げた。


「すっごく綺麗な名前! ますます素敵!」


「ありがとう、結衣ちゃん」


奏が、嬉しそうに笑う。


「じゃあ、これからは空乃さんって呼ぼうかな」


「ううん、奏ちゃんでいいよ」


「そう? じゃあ、奏ちゃん!」


結衣が、奏の手を握る。


「これから、もっともっと仲良くしようね!」


「うん!」


三人で、笑い合った。


教室の窓から、桜の花びらが舞い込んでくる。


春の光が、僕たちを照らしている。


この光景が、ずっと続けばいいのに。


そう思った。



それから、僕たちの日々は続いていった。


小学一年生の春、夏、秋、冬。


三人で一緒に遊んで、笑って、時々喧嘩もして。


結衣は、いつも明るくて元気で、僕たちを引っ張ってくれた。


奏は、優しくて穏やかで、二人を見守ってくれた。


そして僕は、二人の間にいて、幸せだった。


ある日の放課後、三人で神社の裏山に行った。


「ここ、廻くんと奏ちゃんの秘密基地なんでしょ?」


結衣が、キラキラした目で聞いてきた。


「うん。でも、結衣ちゃんにも教えてあげる」


「やったあ!」


結衣が、嬉しそうに飛び跳ねる。


僕たちは、あの岩場に辿り着いた。


川が、キラキラと光を反射している。


「わあ、綺麗!」


結衣が、歓声を上げた。


「ね、ここで願い事すると叶うんだって」


奏が、川を指差す。


「本当? じゃあ、私も願おう!」


三人で、手を繋いで目を閉じた。


(ずっと、三人で一緒にいられますように)


僕は、心の中でそう願った。


きっと、奏も結衣も、同じことを願っているんだと思った。


目を開けると、二人とも笑顔だった。


「何、願った?」


「秘密!」


結衣が、いたずらっぽく笑う。


「じゃあ、言いっこなし?」


「うん!」


三人で笑い合った。


川のせせらぎが、心地よく響いている。


この瞬間が、永遠に続けばいいのに。


そう思った。


でも、時間は容赦なく流れていく。


僕たちは、やがて大きくなる。


そして、この幸せな日々も、いつか終わりが来る。


でも、今は考えないでおこう。


今は、ただこの幸せを噛み締めよう。


三人で、ずっと一緒にいられますように。


夕日が、三人を照らしていた。


長く伸びた影が、地面に落ちて、一つに重なっている。


春の風が、優しく吹き抜けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ