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さよならの陽炎を、追いかけて  作者: 七瀬 澪
第四章 「さよならの陽炎」

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40. 三人の春

あの日から、三ヶ月が過ぎた。


秋が深まり、やがて冬が来て、そして春になった。


奏の体は、あの8月15日を境に安定していた。


透けることも、心臓が止まりそうになることもなくなった。


まるで、川での願いが本当に叶ったみたいに。


「廻くん、起きて。今日は入学式だよ」


朝、奏が僕の部屋のドアをノックした。


「うん、わかってる」


僕は布団から出て、新しい制服を着た。


小学校の制服。


今日から、僕たちは小学一年生だ。


リビングに行くと、母さんがカメラを構えていた。


「はい、二人並んで!」


「え、恥ずかしい……」


奏が頬を赤らめる。


でも、僕の隣に並んでくれた。


パシャッ。


フラッシュが光る。


「かわいい! 二人とも、すごく似合ってるわよ」


母さんが嬉しそうに笑う。


この三ヶ月で、母さんは完全に奏を家族として受け入れてくれた。


奏の記憶が戻らないこと、家族が見つからないことを心配して、正式に養子として迎える手続きを始め

てくれている。


「行ってきます」


「行ってらっしゃい。気をつけてね」


僕たちは手を繋いで、家を出た。


桜が満開だった。


ピンク色の花びらが、風に舞っている。


「綺麗だね」


「うん」


奏が、空を見上げる。


その横顔が、桜の花びらより美しかった。



小学校の校門には、新入生とその保護者で溢れていた。


「すごい人だね」


「緊張する……」


奏が、僕の手を強く握る。


「大丈夫。一緒だから」


「うん」


その時だった。


「あ、廻くん!」


元気な声が聞こえた。


振り向くと、見覚えのある女の子が手を振っていた。


茶色の髪を二つ結びにした、明るい笑顔の女の子。


結衣だ。


近所に住んでいる、幼馴染。


あの8月12日に会ったときは、虫取り網を持っていたっけ。


「結衣ちゃん!」


僕も手を振り返した。


結衣が駆け寄ってくる。


「やっぱり廻くんだ! 同じ小学校なんだね!」


「うん。結衣ちゃんも入学?」


「そうだよ! ……あれ?」


結衣が、僕の隣にいる奏に気づいた。


「この子、誰?」


「えっと、奏。僕の……」


どう説明すればいいのか、迷った。


「家族なんだ」


「家族?」


結衣が、不思議そうに首を傾げる。


「私、佐藤結衣。廻くんの友達だよ。よろしくね!」


結衣が、奏に向かって明るく自己紹介した。


「……奏です。よろしくお願いします」


奏が、少し緊張した様子で答える。


「奏ちゃん? 苗字は?」


奏が、少し困ったように僕を見る。


「えっと、まだ決まってないんだ」


僕が答えると、結衣は一瞬不思議そうな顔をしたが、すぐに明るく笑った。


「そっか! じゃあ、奏ちゃんでいいね!」


「うん……」


奏が、ホッとしたように微笑む。


「それにしても、奏ちゃんって髪の色、すっごく綺麗! 銀色なんて初めて見た!」


「ありがとう……ございます」


奏が、少し照れたように微笑む。


「ねえねえ、奏ちゃんって廻くんの妹?」


「ううん、違うけど……一緒に住んでるんだ」


僕が答えると、結衣は目を丸くした。


「へえ! すごい! じゃあ、毎日一緒なんだ」


「うん」


「いいなあ。私、一人っ子だから寂しいんだよね」


結衣が、羨ましそうに言った。


その言葉が、なんだか切なく聞こえた。


「じゃあ、私たちと友達になろうよ」


奏が、優しく言った。


「本当? やったあ! 奏ちゃん、優しいね!」


結衣が、嬉しそうに飛び跳ねる。


その笑顔が、太陽みたいに明るかった。



体育館で入学式が行われた。


新入生は、クラスごとに並ぶことになっていた。


「えっと、僕たちは……」


名簿を見ると、僕と奏と結衣、三人とも同じクラスだった。


1年3組。


「わあ! 三人とも一緒だよ!」


結衣が、嬉しそうに声を上げた。


「よかったね」


奏も、ホッとした顔をしている。


僕たちは、3組の列に並んだ。


結衣が、ずっと話しかけてくる。


「ねえねえ、奏ちゃんってどこから来たの?」


「えっと……」


奏が困った顔をする。


記憶がないことを、どう説明すればいいのか。


「遠くから来たんだ」


僕が助け舟を出すと、結衣は納得したように頷いた。


「そうなんだ! じゃあ、この辺のこと、私が教えてあげるね!」


「ありがとう」


奏が、優しく微笑む。


結衣は、本当に人懐っこい。


誰とでもすぐに仲良くなれる性格だ。


その明るさが、奏の緊張を解いてくれている気がした。



入学式が終わり、クラスごとに教室へ移動した。


1年3組。


教室の窓からは、桜の木が見える。


席順を決めるとき、僕と奏は隣同士になった。


そして、結衣は僕たちの後ろの席だった。


「ねえねえ、廻くん、奏ちゃん」


結衣が、前の席の背もたれに手を置いて話しかけてくる。


「放課後、一緒に遊ぼうよ!」


「うん、いいよ」


僕が答えると、奏も頷いた。


「やったあ! じゃあ、どこ行く? 公園? それとも――」


「佐藤さん、席に座りなさい」


担任の先生が注意する。


「はーい」


結衣が、慌てて席に戻る。


その様子がおかしくて、僕は笑ってしまった。


奏も、クスクスと笑っている。


授業が始まった。


国語の教科書を開いて、先生の話を聞く。


でも、時々、奏の方を見てしまう。


彼女は真剣な顔で、教科書を見つめている。


その横顔を見ていると、安心する。


ちゃんと、ここにいる。


消えたりしない。


あの8月15日を乗り越えてから、奏の存在は確かになった。


もう透けることもない。


もう、いなくなりそうな不安もない。


(よかった)


僕は、心の中でそう呟いた。



放課後、僕たちは結衣と一緒に学校の近くの公園へ行った。


桜の花びらが舞い散る中、三人でブランコに乗った。


「ねえ、奏ちゃんって幼稚園はどこだったの? 私、全然会ったことなかったから」


結衣が聞いてきた。


奏が、困ったように僕を見る。


「えっと、あんまり覚えてないんだ」


僕が答えると、結衣は不思議そうに首を傾げた。


「そうなの? まあいいか。これから友達だもんね!」


その明るさに、救われた気がした。


「うん。よろしくね、結衣ちゃん」


奏が、優しく微笑む。


「よろしく、奏ちゃん!」


結衣が、奏の手を握る。


「奏ちゃんの手、冷たいね」


「そうかな」


「うん。でも、気持ちいい。私、暑がりだから」


結衣が笑う。


その笑顔が、本当に無邪気で、眩しかった。


僕は、ブランコを漕ぎながら、二人を見ていた。


奏と結衣。


二人とも、笑っている。


この光景が、とても大切なものに思えた。


三人で、こうして笑い合える。


それが、とても幸せなことなんだと気づいた。


「ねえ、廻くん! 競争しようよ!」


結衣が、ブランコから飛び降りて、僕に手を振った。


「いいよ」


僕もブランコから降りる。


「奏も来て」


「うん」


三人で、公園の端から端まで走った。


桜の花びらが、風に舞い上がる。


結衣が一番速くて、奏が二番、僕が三番だった。


「やったあ! 私、一番!」


結衣が、ガッツポーズをする。


「すごいね、結衣ちゃん」


奏が、息を切らしながら笑う。


「えへへ。でも、楽しかったね!」


「うん」


僕も頷いた。


本当に、楽しかった。


三人でいると、世界が明るく見える。


夕日が、公園を赤く染めていた。


「そろそろ帰らなきゃ」


「うん。また明日ね!」


結衣が手を振る。


「また明日」


僕たちも手を振り返した。


結衣が走って帰っていくのを見送った後、僕は奏の手を握った。


「楽しかったね」


「うん。結衣ちゃん、いい子だね」


「そうだね。前から知ってたけど、改めてそう思った」


「廻くん、結衣ちゃんと仲良しなんだね」


「まあ、近所だからね」


僕たちは、手を繋いで家路についた。


桜の花びらが、まだ風に舞っている。


春の匂いが、心地よかった。


「ねえ、廻くん」


「うん?」


「私、幸せだよ」


奏が、僕を見上げて微笑んだ。


「廻くんと一緒にいられて。結衣ちゃんみたいな友達もできて」


「僕もだよ」


僕は、奏の手を強く握った。


この幸せが、ずっと続きますように。


心の中で、そう願った。


夕焼けの空に、一番星が輝き始めていた。

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