第9話 はじめての外出、そして知らない天井再び
数か月が過ぎた。
早朝は父上との剣術修練。午前はリュミナ先生の魔法修行。そして午後はアレクシス先生の座学。
――最初は地獄かと思ったが、慣れって恐ろしい。
最近じゃ、剣も魔法も日課の一部だ。そんなこんなでとある休みの日。朝食を終え、窓の外の陽光を眺めながら、俺は決意を固めた。
因みに、転移者たちの影響で週休二日という文化が王国でも定着している。
――こういうところで地味に影響力あるよな……転移者って。
「さてアンナ、今日はかねてからの計画を実行しようと思う」
「け、計画……ですか? また何か変なことじゃないですよね…」
アンナが、いつもの優しい笑みの奥に、ほんのり警戒心を浮かべる。
「“また”とは何だ、“また”とは。まあいいや。では発表します。その計画とは――今日城下町へ視察に行くことです」
「視察……ですか?」
アンナが首をかしげる。
「そう、《千客万来》の検証をしてみたくてね」
「はぁ?」
――うん。アンナはあんま解ってないようだね。
俺が“行動”することで、何かを“呼び寄せる”――それが《千客万来》。そして、このスキルの本質が、もし“縁を繋ぐ”ものなら、領地発展のヒントや人材だって引き寄せられるはずだ。
「成程、それで視察なんですね。」
「そゆこと。領地の状態や領民の暮らしをこの目で見て、問題を解決しようとすれば《千客万来》が発動して解決してくれる……かも」
「かも、なんですね」
「まあ《千客万来》ってよくわからないしね。だから検証だよ」
……トラブルを引き寄せる可能性も高いけど。
「というわけで、アンナ、準備を――」
「お待ちください、坊ちゃま!」
何故かアンナからストップが入った。
「まずは旦那様の許可をいただかないと!」
「え、でも城下町くらい……」
「駄目です!」
「はい……」
「――つまりですね、領地発展のため市井の声を直接聞くのは重要かと!」
「……ふむ」
執務室に突撃した俺は視察の重要性をアピールした。父上は顎に手をあて、俺をじっと見つめた。
「だがなレオン。成長してからでいいのではないか?お前はまだ5歳なんだぞ。それに辺境伯家の後継が不用意に歩き回るのは好ましくないしな」
「うぐ! そ、そこをなんとか!!」
しばしの沈黙のあと、父上は小さく笑った。
「……そこまで言うなら、護衛を一人つけよう。お前もいずれ領主となる身だ。今のうちに“見て、考える”のは悪くはないかもしれないな」
「ありがとうございます、父上!」
「うむ、だが決して無茶はするなよ」
* * * * * * *
翌朝。
「さてアンナ、今日はかねてからの計画を実行しようと……」
「それは昨日ききましたよ。今日は視察に行くのですよね。護衛の方もお待ちでしょうし早くいきましょう」
「……はい」
――仕切り直しをしようと思ったのに、アンナに軽く流されてしまった。
アンナの急かされながら玄関ホールへ行くと見知らぬ男性が。父上に紹介されたのは――糸目の男だった。ぱっと見は優男。細身で笑顔も柔らかい。
(……目、見えてるのかな?)
「お初にお目にかかりやす、若様。名はザックス。以後お見知りおきを」
頭をぺこりと下げる仕草は丁寧だが、目を細めたまま笑うその顔はどこか胡散臭い。喋り方もどこか妙だ。
「あっしは元々傭兵でしてねぇ。腕っぷしにはちょいと自信がありやす」
そう言ったザックスの腰には2本の剣が。
(おぉ、双剣使いってやつかな……何か強そうだ)
「うん、ザックス。今日はよろしく頼むよ」
俺の住むバルトル城は、“陽光の丘”と呼ばれる高台に建っている。白い石壁と赤い屋根が眩しく、遠くからでも一目でわかる。そして城下町は城の南に広がっている。石畳の通りに市場があり、旅人も多く集まる活気ある町なのだ。
――しかし、その外側には“危険な森”がある。
城壁を抜け、しばらく歩けば、そこは自然の境界線。森の入口までは安全だが、奥に入るほど強い魔物が出てくる魔境である。
――この辺りは辺境って感じだよね。スタンピードとか大丈夫なのかな?
まぁ町の中ならあんぜんでしょ!
「じゃ、早速視察に向かおうか」
意気揚々と玄関を出ようとしたら背後から突然声がした。
「やはり、行かれるのですね」
「うわ、びっくりした……アレクシス先生!?」
俺の後ろにはいつの間にか先生が立っていた。
――心臓に悪いからいきなり話しかけないでほしかった。
「千客万来の“検証”をされると、風の噂で聞きましてね。面白そうなので、ご一緒してもよろしいですか?」
さすが先生だ。スキルの事となると耳が早い。とはいえ、断る理由もないしな。
「え、えぇ、もちろんです……」
こうして――幼児・メイド・兵士・先生の奇妙な四人組による城下町視察が始まった。
城下町へ向かう道中、かねてから気になっていたことをアレクシス先生に質問してみた。
「先生、ちょっと質問があるのですが……」
「なんでしょう?」
「スキルって、貴族だけじゃなくて平民も授かるんですか?」
「ええ。五歳になると、教会で授与の儀式を受けられます。もっとも、十六歳――成人になる前なら、いつでも可能です」
「へぇ、五歳って決まってるんだと思ってました」
「それは慣習ですね。昔は五歳まで生き延びる子が少なかった。だから“生き抜いた証”として、その年に授与が行われるようになったのです。」
「そんな歴史があったんですね」
「はい。今ではスキル授与は国の戸籍の役割も兼ねており、優秀なスキル持ちはその場でスカウトされることもあるんですよ」
「スカウトですか……それは効率的ですね」
それからアレクシス先生は歴史の事やスキルの有用性などを説明してくれた。
――てか、いつの間にか座学の授業になってる。さすがアレクシス先生だ。
こうして、俺たちは陽光きらめく城下町へと歩みを進める。
* * * * * * *
「…………」
「うにゃ? ここ何処だ?」
気が付いたら俺は知らない天井を見ていた。




