第8話 助手アンナと甘いものを作ろう
午後の空気は、午前の騒動が嘘のように穏やかだった。まるで、あの大惨事が夢だったみたいだ。
アレクシス先生の講義中、俺は机に突っ伏したい気分だった。
――そう、ピーちゃん爆散事件……
『なんてことするんですかーーっ!!』
と叫びながら、俺の肩をぐわんぐわん揺さぶるリュミナ先生。
――エルフって体細いのになんであんなに力あるの……?
それは数時間前のこと――“ピーちゃん”を爆散させた瞬間、リュミナ先生が壊れた。
「お、落ち着いて、リュミナ先生!ほら、ピーちゃんですよ!」
と慌ててピーちゃんを再生した結果、ようやく落ち着いてくれたのだが……
――授業が終わって「そろそろ消していいですか?」と聞いたら、『だぁめぇ!私のピーちゃんを消さないでぇぇぇ!!』とギャン泣きされた。
……あれはほんと、予想外だった。
いや、ただの水魔法だよ。
「――レオン様、何やらお疲れのご様子ですね」
アレクシス先生が微笑みを浮かべて、俺を見ていた。
「えっと……午前中、リュミナ先生との訓練が少し……波乱だったといいますか」
「ほう、波乱、ですか?」
午前中に起きた出来事を語っているとくすくす、と笑いを堪えるアレクシス先生がいた。
「なるほど、それは珍しい。――私も、リュミナ君のそんな姿を見てみたかったですね」
(ん? 珍しい?)
気になったのでアレクシス先生に訊ねてみた。
「学園にいた時は違ったんですか?」
「……あの頃の彼女はあまり感情を表に出す子ではありませんでしたね。非常に優秀ではあったんですけどね」
「……そうなんですか?」
たしかに、初めて会ったとき、少し怖い印象があったような……。
「ええ。エルフという種族ゆえか、
常に冷静であろうと自分を律していたのでしょう。
人間の多い学園では、無意識に気を張っていたのかもしれませんね」
アレクシス先生は静かに微笑んだ。
「だからこそ、彼女が楽しそうに感情を見せるのは嬉しいことですよ。……彼女をあなたの教師に紹介して、本当に良かった」
「楽しそうですか?どっちかというと怒っていたような……」
「ふふふ、それも含めての“楽しそう”ですよ」
――そうなのかな、まぁアレクシス先生も嬉しそうだしいいのかな。
* * * * * * *
「はぁ……甘いものが食べたい」
“ピーちゃん爆散事件”から数日が過ぎた。リュミナ先生が正気に戻ったのはついこの間だ。いや、本当に大変だった。俺は頑張った!だからご褒美に、地球で食べていた甘いスィーツが久しぶりに食べたくなったのだ。
転移者の影響で、この世界でも砂糖はすでに普及している。確か、“てん菜”とかいう植物が原料だったはず。異世界ものでは定番の金策アイテムだよね。
……はぁ、羨ましい。
とはいえ、俺は栽培法も砂糖の精製法も知らない。聞いたことがあるだけでやったことはないから俺には関係ないね。
砂糖は高級品とはいえ、平民でも頑張れば買える程度の値段だ。ましてや、辺境伯家ともなれば――まぁ、財布には優しい贅沢品である。
……うん、貴族で良かった。
辺境でも、クッキーやビスケットのような簡単な甘味は普通に食べられる。だが、ケーキやシュークリームみたいな手の込んだスイーツは、王都まで行かないと食べられないらしい。たぶん、作るのも難しいのだろう。
(もしかして……王都のケーキ職人って、転移者なのかな?)
ではどうすればいいか?
――そうか、自分で作ればいいじゃないか。
だが問題はひとつ。俺、ケーキ作れない。作り方、知らない。
(うーん……何か、簡単に作れる甘いもの……)
必死こいて前世の記憶を探ってみたら――ひとつだけ思い出したかも。
調理場を覗くと、夕飯前で厨房はまだ静かだった。
「おや、レオン様。どうなさいました」
声をかけてきたのは料理長のバルネル。
――我がバルトル家の胃袋を支えるベテラン料理人である。
「ちょっと試してみたい料理があって、調理場を借りたいんだけど良いかな?」
「ほう、若様が料理とは珍しい。……で、何を作られるんで?」
「甘いもの、です」
「甘いものですか、それは楽しみですね」
料理長の許可も無事取れたところで、横にいたアンナにビシッと指をさす。
「さて、アンナ君、君を助手第一号に任命する!」
「アンナ“君”って。ふふっ、わかりました。
坊ちゃまの助手として、全力で頑張ります!」
「うむ!」
材料は――牛乳、卵、砂糖。
「これだけの材料で作れるんですか?」
「そうだよ、アンナ。」
まずは鍋に砂糖を入れて加熱。じゅわっ、と音を立てて砂糖が溶け、やがて琥珀色に変わっていく。焦げる寸前で火を止め、お湯を少し加えて――
「きゃっ! 跳ねましたっ!」
「大丈夫? 火傷してない?」
「だ、大丈夫です! でも、すごい音でしたね……!」
「良かった、さてと。これで“カラメルソース”の完成」
「へぇ……いい匂いですね」
ほんのり焦げた甘い香りが、ふわっと厨房に広がった。アンナがうっとりと鼻をくすぐられている。
「まだ完成じゃないから食べちゃだめだよ」
「た、食べませんよ、なんですか、人を食いしん坊みたいに……」
アンナがプンプンと頬を膨らませて抗議している。
「じゃぁ、次の工程に移るよ」
卵と砂糖を混ぜ、温めた牛乳を少しずつ加える。それを容器に注ぎ、ふたりで蒸気を上げる鍋へ慎重に並べていく。
「……蒸し上がったら、冷蔵庫で冷やして――」
「完成、ですか?」
「うん。最後にカラメルソースをかけて完成だね」
――そう、“プリン”である。
なぜプリンの作り方を知っていたか、それは前世の母親の得意料理が“茶碗蒸し”だったからだ。
「出汁を牛乳に変えたら、甘いプリンになるのよ」
――そんな笑顔と声が、ふっとよみがえったのだった。
(あれ? 今まで前世の記憶、曖昧だったのに……食い気が勝ったから思い出したのか?)
そんなことを考えていると、背中にぞくりと甘くない気配を感じた。
振り向くと――母上、リュミナ先生、そして父上まで勢ぞろいしていた。
どうやら、厨房に漂う甘い香りに釣られてきたらしい。女性陣はもちろん父上も甘党らしく、期待に満ちた顔でこちらを見ている。
「よし、じゃあみんなで食べようか」
俺が言うとアンナは「私は使用人ですので……」と遠慮したが、父上と母上が「せっかくだから」と笑って促してくれていた。お茶を用意したアンナも、少し緊張しながら席に着く。
――まぁ考えてみたら領主一家と一緒の席についてるんだもんな……
しかし、一口食べた瞬間――その表情がぱぁっと明るくなった。
「お、おいしいです……!」
(うん、甘いものは正義だよね)
「これは、“プディング”ですね」
リュミナ先生がスプーンを口に運びながら言う。どうやら、両親も知っていたようだ。
「まあ、王都の店のものに比べるといささか素朴ですが……」
そう言いながら、スプーンの動きはむしろ加速していた。
「文句があるなら食べなくてもいいですよ」
「文句なんて言っていません!素朴でおいしいって言ったんですよ!」
慌ててプリンを隠すリュミナ先生。
――うん、いつもの調子が戻って来ているようで一安心。
「ちなみにこれは、“プディング”じゃなくて“プリン”です」
「プリン……ですか?」
(“プディング”ってちょっと格式高そうなイメージなんだよな。俺のは庶民派の“プリン”が丁度いいよね)
するとアンナがふふっと笑った。
「なんだかとても幸せな響きですね」
――こうして辺境伯家の午後に、ほんのり甘いひとときが訪れたのだった。




