第52話 三つ巴の学園祭
学園祭準備が始まって数日。コーヒー班はジェラルドさんのおかげで、香り豊かな一杯を淹れられるようになり、パフェ班も飾り付けの腕前がめきめき向上していた。――しかし、その明るい光景とは真逆のものが、カフェテリアの片隅にあった。
「……大丈夫? リヒト様、エリスさん」
ユウキくんがそっと声をかけた。そこには 屍と化したリヒト様 と、魂の抜けたエリス がテーブルに突っ伏したまま動かなくなっていた。
「うむ……。コスプレとは……こんなにも奥深いものだったとは……」
「お、お帰りなさいませ……! お嬢様……! 旦那様……!」
リヒト様はかすれた声で呟き、エリスは無表情で同じセリフをずっと繰り返していた。完全に洗脳じみている。二人とも、戻ってこれるのだろうか……と不安になったその時――。
「オ~、リヒトもようやく分かってきましたね!」
バンッとテーブルを叩きながら満面の笑みで言ったのは、執事姿の マリアさんだった。
「むっ! エリス! そこはもっと笑顔でハッキリとデス!」
「ひっ……!」
エリスの肩がビクッと跳ねる。
「えっと、エリスは人前が苦手だから……指導はほどほどでお願いね、マリアさん」
「レ、レオン様……!」
エリスが希望の光を見つけた、みたいな顔をして俺の服の裾をつまむ。
「ハイ。任せてくだサイ。私が一流のコスプレイヤーにして見せマス!」
「……!」
エリスはその瞬間、絶句した。
「エリス……頑張って!」
「れ、レオン様ぁ……!」
――大丈夫。君なら出来る。
「あはは。それにしても、マリアさんを巻き込むなんて考えたね。これは強敵だよ」
ユウキくんが笑うと、隣のミナミさんがむっと鼻を鳴らす。
「ふん。うちのクラスだって負けてないぞ」
「そういえば、ユウキくんとミナミさんのクラスは何をやるの?」
俺が聞くと、ミナミさんが胸を張って言った。
「ふっふっふ。我が『ガルム』クラスはユウキ主演の舞台、≪勇者ユウキと終焉の魔王≫を上演する!」
「え、何それ。めっちゃ面白そう」
「本物の勇者の舞台なんてズルいぞ!」
カインくんは批判しているが、俺は素直に見たいぞ。
「まあまあ。グラニだってマリアさんに協力してもらってるんだからおあいこだよ」
「……む。まあ、そうかもしれん」
カインくんは見事に論破されていた。
「それに、見どころは俺だけじゃないよ。舞台装置はミナミさんが作るんだ」
「それはすごい舞台になりそうですね」
マリアさんの熱血指導を終えたエリスが会話に加わる。
「おう。とびきり派手な舞台にしてやるから楽しみにしてろ」
「ミナミさん……。とりあえず俺を燃やすのはやめてね?」
「む、そうか? いいと思うんだが……。燃えてこその勇者だろ?」
「いや俺、死んじゃうよ!?」
――舞台の上で主人公が燃えるって、どんな演出だ?
心の中でツッコんでいると、俺たちのテーブルに数人の生徒がズカズカと近づいてきた。
「ふん。一年次で優勝するのは私が率いるクラス――『フギン』だ!」
「え? 誰?」
俺が素で聞くと、先頭にいた少年が顔を真っ赤にして怒り出す。
「き、貴様ぁっ! この私を知らんだと!? まったく、これだから田舎貴族は!」
「この方は公爵家の嫡男、アウレリオ・フォン・グランツ 様だぞ!」
(う~ん……知らないなぁ……)
「おい、アウレリオ。貴様侮辱したことを謝れ。レオンは仮にも辺境伯家の人間だぞ」
カインくんが怒り気味に言うと、アウレリオくんは鼻で笑った。
「おや、これはカイン。ふん、お前こそこんな田舎者とつるんでいるとは……ヴァルデン家も落ちたものだな」
「な、何だと貴様!!」
カインくん、激怒である。
「まあまあ。落ち着いて」
「おいレオン! 貴様まで侮辱されたんだぞ! 何か言え!」
「え~、うちが田舎なのは本当のことだし……。それに昔カインくんも同じこと言ってたじゃん」
「うっ……そ、それは……。いや……悪かった……」
「あはは。冗談だよ、別に気にしてないし」
「……お前、性格悪いぞ」
俺がカインくんをからかっていると、何故かアウレリオくんがさらに怒り出した。
「おい! 公爵家の私を無視するな!!」
――あ、なんか昔のリヒト様に似てる。
俺が昔の思い出に浸っていると、ずっと突っ伏していたリヒト様が顔を上げた。
「え~い、うるさい! それで。お前たち『フギン』は学園祭で何をやるのだ?」
「ひっ……!」
アウレリオくんは一瞬で怯んだ。やっぱりリヒト様の圧はすごい。
「こ、これはリヒト様。い、いらしたのですね」
「む? 私がここにいては不都合だったか?」
「い、いえっ、そのようなことは!」
「ふん。それで?」
「ひっ……!」
アウレリオくん、完全に押されている。
――小物感が隠しきれてないよ。
「わ、我々『フギン』は、“王国の魔道具の歴史”を展示します」
「魔道具の歴史? それは面白いのか?」
リヒト様の問いに、アウレリオくんは慌てて説明を続ける。
「も、もちろんです! 我がクラスには上位貴族が多くおりますので、各家に眠る古い魔道具を持ち寄り――」
「え、それちょっと面白そう!」
俺が素直に言うと、カインくんが跳ねる。
「おいレオン! 敵の展示に興味を持つな!」
「でもカインくんも古い魔道具、見てみたくない?」
「む、それは確かに……いやしかし……」
俺とカインくんのやり取りを聞いたアウレリオくんは急に機嫌が良くなった。
「ふん。田舎貴族のくせに、分かっているではないか」
「ねえ、その展示だけど……ただ飾るだけじゃなくて、“実際に使える”ようにしたらもっと面白いと思うよ」
「レオン! 敵に助言してどうする!!」
カインくんが俺の肩をグラングラン揺する。目が回るからヤメテ!
「ほう……それは一理ある……。いや! 田舎貴族の助言など受けるものかっ!!」
「え~、素直じゃないなぁ~」
――ほんと、上位貴族って面倒だなぁ……。あ、俺もいちよう上位貴族か!
「と、とにかく! 勝つのは我々『フギン』だ! 精々恥をかかないようにな、田舎貴族!」
アウレリオくんたちは意気揚々とカフェテリアから立ち去っていった。
「くそっ、アウレリオめ……! いいかレオン、この勝負絶対に負けられんぞ!!」
「え~……せっかくの学園祭だから楽しみたいんだけど……」
俺の言葉を完全に無視して、カインくんのやる気は炎のように燃え上がっていくのだった。
――うん。ユウキくんの代わりにカインくんが燃えちゃったね……。




