第50話 初デートと、影の追跡者たち
「……」
「……」
俺とエリスは、二人で王都の大通りを無言のまま歩いていた。初夏の風が吹き抜け、通りには露店の香ばしい匂いが漂っているというのに――。
(ヤバいヤバい! 意識したら何も話せなくなった……!)
そんな俺達とは対照的に、後ろでは騒がしい声が飛び交っていた。
『おい、レオン。黙ってないで何か会話しろ』
『まったく、手ぐらい繋いだらどうだ』
『ワーオ! エリスかわいいデス!』
『ぐぬぬ……私のエリスなのに……!』
『みんな! ちょっと静かに! バレちゃうよ!』
――いや、もうバレてるよ。
曲がり角の陰には、仲間全員がギュッと固まってこちらを覗いていた。あれで何故気づかれないと思ったのだろうか。
(と、とにかく話題……何か話題……!)
「え、えっと……エリスは王都によく来るの?」
「えっ? あ、はい。領地から近いので……父上と一緒に何度か」
エリスの父――ロズヴェリア侯爵が治める領地は、王都の隣だ。
「そっか。それじゃあエリスに案内してもらおうかな」
「え!? わ、私に……できるでしょうか……?」
「大丈夫だよ。じゃあ、まずはお昼ごはんでも食べようか」
「はい! では、私がよく行くお店に行きましょう」
こうして、俺たちの初デートはようやくスタートした。
「お! このパスタ美味しい!」
「ふふ。よかったです」
俺が頼んだのはペスカトーレ。内陸なのに海鮮が贅沢に使われている。エリスの皿のカルボナーラも、白いソースとベーコンが濃厚で見るからに旨そうだ。
「エリスのも美味しそうだ……ねえ、一口もらってもいい?」
「へっ? あ、あ……はい……どうぞ……」
一口もらったので、今度は俺がフォークを差し出す番だ。
「エリスもペスカトーレ食べてみる? はい、あーん」
「……っ!」
エリスは一瞬で真っ赤になり――固まった。固まったまま、ぱくっ。
『オー、レオンやりますね』
『レオンくんって意外と積極的だよね』
『いやユウキ、あれは完全に無自覚だぞ』
外野が本当にうるさい。
――やばっ……なんか急に恥ずかしくなってきた!
「えっと……次はどこ行こうか」
「ふぉへっ!? あ、レオン様は、どこか行きたい場所がありますか?」
何か変な声が聞こえたけど、そこは突っ込んではいけない。
(俺は紳士! 変な声が聞こえてもスルーする! コレは常識だ!)
「そうだ。魔道具が売ってるお店って知ってる?」
「魔道具……あっ! 小さい頃、父上と通っていたお店があります!」
「エリスの行きつけ? 行ってみたい!」
そう言って案内されたのは――大通りにある格式高い魔道具店だった。
「ここ……高そうな魔道具店だね」
「少しお高いですが、王都でも有名なお店なんです。父上が魔道具に詳しくて……よく連れて来てもらいました」
エリスが懐かしそうに店内を見渡す。店内には、魔力を帯びて淡く光るランタン、自動翻訳の羽根ペンなど珍しい魔道具が棚いっぱいに並んでいる。
「おぉ……! これ最新型の魔力安定装置じゃん!」
珍しい魔道具にテンションが一気に上がった俺は、あちこちの棚を見て回った。
「レオン様、魔道具好きなんですね」
「バルトル領じゃこんなのまず見れないからね! うわ、こっちも凄い……!」
エリスは、俺がはしゃぐのをくすくす笑いながら見ていた。
「レオン様が楽しそうだと……私も、嬉しいです」
(ぐはぁっ……! 可愛い! 心臓に悪いから不意打ちはヤメテ!)
『……これはデートなのか?』
『エリス嬢が嬉しそうなのでセーフでは?』
『レオンくんも楽しそうで何よりデス』
『まったく……ロマンチックさゼロだぞ』
『全員静かにッ! マジで気付かれるから!』
――いや、とっくに気付いてるから。
一通り見て満足したところで、俺は深呼吸してエリスに向き直った。
「じゃあ……最後は僕が知ってる店に行かない」
「レオン様の……? はい、楽しみです!」
俺たちが最後に来たのは――アクセサリーショップ。ここは以前、アンナへのお土産を買った場所。そして……。
「これ……レオン様からいただいた髪飾り!」
そう。子供の頃、晩餐会でエリスに渡した髪飾りを買った店だ。
「うん。前の髪飾り、すごく大事にしてくれてるみたいだったから……また、プレゼントしたいなって」
その瞬間――エリスの瞳から大粒の涙がこぼれた。
「えっ!? あ、あれ? 嫌だった? ご、ごめん!」
「ち、違うんです……私……っ」
エリスが続けようとした、その瞬間。
ドゴォッ!!
「コラーッ! 私のエリスを泣かせるなぁぁぁ!」
背中に強烈な衝撃。ミナミさんの飛び蹴りだった。
「痛っ!! いきなりヒドくない!?」
「あ~、ミナミさん。バレちゃったじゃん……」
ぞろぞろと、見慣れた顔ぶれが店内へ。
「まったくレオンは……女心をもっと学べ」
「そうだ。なぜそこで謝る」
「エリス、大丈夫デスか?」
俺はリヒト様とカインくんに説教され、マリアさんは優しくエリスの頭を撫でていた。
「み、みなさん!? どうしてここに……?」
エリスは本当に気付いていなかったらしい。
「わははは! 分からなかっただろ! レオンがエリスに変なことしないよう見張ってたんだぞ!」
「ミナミさん! 俺がエリスに変なことするわけないでしょ!」
「ふん。泣かせといてよく言うぞ」
「ぐっ……そ、それは……えっと、ごめんね、エリス」
「だからそこで謝るなと言っているだろう、レオン!」
カインくんのツッコミが頭に刺さる。
「い、いえ……本当に大切な思い出なので……。だから……嬉しくて、つい」
涙の跡を残したままのエリスが、優しく微笑む。その笑顔に俺はようやく胸をなでおろす。
「じゃあ……せっかくだし、髪飾り選ぼっか」
「……はい!」
エリスは頬を染めたまま、俺のそばにそっと寄ると、鳥のモチーフの髪飾りを選んだので、俺はそれを贈ることにした。
帰り道――。
すぐ横を歩くエリスが、小さな声で俺にだけ聞こえるように言った。
『また……二人だけで、どこかに行きましょうね』
心臓が跳ね上がった。けど俺は、ただ『こくり』とうなずくことしかできなかった。こうして、最後は、わちゃわちゃしたものの――俺たちの初デートは、静かに幕を閉じた。




