第5話 朝の訓練と、銀髪の家庭教師
朝日が昇る。霧をはらう風が森を渡り、鳥たちのさえずりが目を覚ます。そして――俺の悲鳴が辺境伯邸の庭に響き渡った。
「ぐ、ぐはっ……!」
木剣と木剣がぶつかり合う音。父上の剣はただ速いだけじゃない。剣筋はまるで風そのものだった。そして構えも一撃も、一分の隙がない。
(ひ、ひぃ~)
速い。重い。痛い。
「父上っ、ちょ、待っ――」
「いいぞレオン、剣は心を映す鏡だ!お前の闘志が剣から伝わってくるぞ」
「嘘です父上!俺の心は今逃げ腰です!」
あえなく木剣が弾かれ、俺は地面に転がった。
「ふむ、まあこの位にしておくか」
「はぁ……はぁ……疲れました、父上……」
腕はしびれ、足はもう棒だ。いや、棒というより丸太。
(明日立てる気がしない……)
疲労困憊の俺にさらなる追い打ちが。
「だらしないぞレオン、今日は初回だから軽めにした。本格的な修練は明日からだからな!」
(こ、これが軽いとか、父上はどんな世界の住人なんだ……!)
確かに父上は汗一つかいてない。木剣を納めると、父上は満足げに笑った。
「だが初回にしては悪くない動きだったぞ。これからも精進するようにな」
「……ありがとうございます、頑張ります」
アンナがタオルを持って駆け寄ってくる。
「坊ちゃま、大丈夫ですか?」
「……し、死んでない……はず……」
「よかったです」
(いや、よくはないです)
朝の訓練と朝食を終え、息も絶え絶えで部屋に戻るとノックの音。
「坊ちゃま、先生がいらっしゃいましたよ」
アンナの後ろからは見慣れない人物が入ってきた。
「……あなたが、レオン・フォン・バルトル様ですね?」
澄んだ声とともに現れたのは、長い銀髪にエメラルドの瞳を持つ女性だった。尖った耳が印象的――エルフだ。淡い青のローブに身を包み、腰には杖。その立ち姿は凜として、まるで冬の湖面みたいに澄んでいる。
(お、おぉ……エルフだぁ……初めてみた! そしてめっちゃ綺麗……!)
「私はリュミナ・エルフェリア。元王立魔導師団所属の魔法使いです。」
ぴしりと背筋を伸ばしたまま、淡々と名乗った。
「今日からあなたの魔法の家庭教師を務めます。よろしくお願いします。」
「よ、よろしくお願いします……!」
(王立魔導師団って、前世のゲームなんかでもエリート中のエリートだよね。そんな人が家庭教師とか……《千客万来》、仕事しすぎでは?)
はたして先生は”善き者“枠なのか、”そうでない者“枠なのか、どっちだろぅ。彼女はわずかに頷き、観察するように視線を走らせた。
「……聞いていた通り、随分魔力量が多いようですね」
「わかるんですか?」
「当然です。私は優秀ですから」
フフン、と彼女は自信満々に胸を張った。
……うむ、母上と違って、そこそこある。目のやり場に困る。
(母上のそれは見事な平原だから……)
その瞬間、頬をつねられたような錯覚が。
(ひぃっ!ま、まさか母上か!?)
きょろきょろと辺りを見回すが、もちろん誰もいない。
(……ふぅ、危ない危ない。気をつけねば命がいくつあっても足りないな)
「それにしても、辺境とは。まさか私がここまで来るとは思いませんでした」
「来たくなかったんですか?」
「いいえ、アレクシス先生のご紹介ですし、辺境伯閣下も尊敬しております。ただ――」
彼女は小さくため息をついた。
「もう少し、王都の空気に近い場所だとありがたかったのですが」
(辺境ディスられた!?)
その瞬間、父上が笑いながら部屋に入ってきた。
「はっはっは、辺境ゆえに不便も多いが、魔力の流れは澄んでおるぞ!」
「これはアルベルト様」
リュミナ先生は軽く会釈した。
「なるほど……確かに、自然の魔素は濃いですね。
魔法の修練には悪くない環境かもしれません」
「うむ、そうだろう、ではレオンのこと頼んだぞ」
「はっ、お任せください」
父上は上機嫌に部屋を出て行った。
(おお……父上には丁寧なんだ)
「しかし、アレクシス先生が“面白い素材”と言った意味が分かりました」
「そ、素材……ですか?」
「ええ、“教え甲斐のある素材”です。私が優秀な魔法使いに育ててみせましょう」
「お、お手柔らかにお願いします……」
リュミナ先生は少しだけ口角を上げた。
「では、魔法の基礎から行いましょう。屋外へ出ますよ」
「え、もう!? い、今からですか!?」
「行きますよレオン様。気候も穏やかですし、丁度いいでしょう」
「い、いや、俺まだ動けない――」
「では癒しの魔法をかけます。ほら、立って。」
(なんかもう逃げ道がない!?)
観念して立ち上がると、リュミナ先生は静かに詠唱を始めた。淡い緑色の光が俺の身体を包み込む。
ふわりと温かく、筋肉のこわばりがじんわりと溶けていく感覚。
「うわ……すごい。楽になった……!」
「当然です。私にとってはこれくらい初歩中の初歩です」
またしても彼女はフフン、と胸を張った。
(……怖そうに見えるけど、本当は可愛らしい人なのかな?)
彼女は軽く杖を持ち直し、窓の外を見た。
「空気が澄んでいますね。……この辺りの風の流れは悪くない。風と水の両属性を扱うあなたには、理想的な環境ですね」
「そ、そうなんですか?」
「ええ。私の指導を受ける幸運を噛みしめるといいですよ」
(めっちゃ自信あるな……!)
そんなことを思っているとアンナがそっと俺の背中を押した。
「坊ちゃま、がんばってくださいね。怪我をしても
リュミナ先生に直してもらえるから安心ですね」
「いや、そういう問題ではないのでは?怪我はしたくないよ!」
「さぁ行きましょう、レオン様」
リュミナ先生が踵を返す。長い銀髪が朝の光を反射してきらめいた。こうして、俺の魔法修行がいよいよ始まる。
辺境の朝はまだ静かだが――俺の心はワクワクで嵐のようにざわめいていた。




