第4話 アレクシス先生
夕刻。
俺はテーブルに突っ伏して、魂を抜かれたようにスープを見つめていた。
「レオン、授業はどうだった?」
父上がどこか楽しそうに尋ねてくる。
「……はい。とても楽しかったです、途中までは……」
「ほう、勉強が楽しかったか。それは良かった」
王都の学園で教えていただけあり、先生の授業はとても分かりやすく――久しぶりに勉強が楽しいと感じた。……そう、“あの話題”に入るまでは。
* * * * * * *
「……では次に、“領地経済の循環”について考えてみましょう」
「領地経済の循環、ですか?」
「そうです。領主が金を出し、職人が働き、民が暮らす。そこに“信用”という見えない糸が加わることで経済は回るのです」
先生は嬉々として説明を続けた。
「そして信用とは、取引や約束を可能にする魔法のような概念です。これが欠けると、国は滅びます」
「く、国が滅ぶ!? そこまでなんですか!」
「えぇ。金庫より信用の方が重い――と、昔の王が言ったとか言わなかったとか」
その後も先生は、政治や経済の事を領地運営に
当てはめながらわかりやすく教えてくれた。
(というか、さすが王都の学園で教えていただけあってものすごく分かりやすいな。)
ふと俺は、疑問に思ったことを質問してみた。
「そういえば先生、王都の学院で教えていたのですよね? なんでこんな辺境に来たんですか?」
「おや、気になりますか? そうですね、休憩がてら少しお話しましょうか」
「はい、是非」
「実はですね、私は“スキル”について研究しているのです」
「スキル……ですか?」
「ええ。どうして人はスキルを得るのか。どうして似たスキルでも、個人によって性質が違うのかとかですかね。」
「なるほど」
「そして未知のスキルの研究なども私の目的の一つですね」
(ひぃッ)
あの目だ。研究対象を見つけた学者の、いや狩人の目だ……!
「も、もしかして僕のスキルが見たくてわざわざ辺境まで来たんですか!?」
「えぇ、もちろんですとも!」
先生が眼鏡をくいっと持ち上げる。
「私はこの《千客万来》というスキルを知った時、
居ても立ってもいられませんでした」
(何ともアグレッシブな先生だ)
「私の推察ではこの《千客万来》というスキルは人と人、時に運命さえも引き寄せる可能性がある……」
「う、運命まで!? なんか嫌な予感しかしないんですが!」
「ははは、面白いでしょう? まさに未知の領域です!」
(あ~、なるほど、先生がたまに見せていたあの鋭い目は完全に研究者の目だったのか……)
* * * * * * *
「――というわけで、まぁ……いろんな意味で濃かった一日でした」
俺はスープをかき回しながら、苦笑いを浮かべた。
「なるほどな、アレクシス殿がそこまでお前のスキルに興味を持っているとは」
父上が豪快に笑う。
「だが悪いことではないぞ。アレクシス殿がお前のスキルの研究を進めてくれれば、能力について何かわかるかもしれないのだからな」
「う、うーん……確かにそうかもしれませんが……」
「まぁまぁ、レオン。アレクシス先生は優秀な方ですからね」
母上が柔らかく微笑む。
「スキルに関しては意外でしたが、それでも楽しく勉強ができるのでしたら良かったのではないかしら」
「そうですね……」
俺はスプーンでスープをすくいながら、今日の授業を思い出していた。先生の話は確かに面白かった。一つひとつの話が新鮮で、しかも分かりやすい。
(教え方は丁寧だし、何より話に無駄がない。プロの講師ってやっぱり違うんだな……)
「考え込んでどうした?」
父上の声に、ハッと我に返る。
「い、いえ、ちょっとスキルのことを……」
「ふむ。《千客万来》……人を惹きつける力、か。領主の家に生まれた者としては、悪くない能力だ」
「そうかもしれませんけど……トラブルまで引き寄せたら嫌ですよ?」
「トラブルをどう処理するかも領主の腕の見せどころだ」
(うわ、ポジティブ思考……)
母上がクスクス笑う。
「でも、あなたが悩むのは良いことよ。ちゃんと自分の力を考えて使おうとしている証拠ですもの」
「……ありがとうございます、母上」
褒められるとやっぱり少し気恥ずかしい。けど、悪い気はしないかなぁ。少し元気を取り戻した俺に、アンナが湯気の立つ紅茶を差し出した。
「坊ちゃま、こちらどうぞ。落ち着きますよ」
「ありがとうアンナ」
(……ふぅ。まぁ、今日一日で分かったことは一つ。アレクシス先生は“ガチ”の研究者だってことだな)
頭の中に、眼鏡を光らせる先生の姿が浮かぶ。
(あの人、寝る前とかもスキルの考察とかしてそうだな……)
「そういえばね、レオン。明日からもう一人、新しい先生が来られるそうよ」
「……え? ま、また先生?」
「ええ。アレクシス先生の推薦でね。魔法の専門家だそうです」
「魔法の……先生?」
母上は穏やかに頷く。
「あなたの魔力と適性が高かったでしょう? 風と水、二属性を扱える子はそう多くないの。だから、正式に師をつけることにしたの」
父上が満足げに頷く。
「魔法の師として来る人物も、かなりの実力者だと聞いている。確か王立魔導師団に所属していたとか……」
(ま、まさかまた変な人じゃないだろうな!?)
アンナが苦笑しながら言う。
「坊ちゃま、次はどんな先生が来るのでしょうね」
「う、うん……できれば普通の人がいいな……」
けれど、ほんの少しだけ胸の奥が高鳴る。
(でも……俺の魔法は自己流だからな。ちゃんと学べるのは良いのかもしれん)
「よし、明日もがんばるぞー」
「おー」
アンナが笑顔で小さく手を上げる。
(どんな先生が来るのか楽しみだな)
こうして俺の希望と不安をよそに、窓の外では、辺境の森にゆっくりと夜の帳が降りていくのであった。
――そして翌朝、俺の願いは完全無視された
普通じゃない“魔法の先生”と出会うことになった。




