第39話 森の奥の怪しい集落
「これはまた……」
俺たちは高台に身を潜め、眼下の光景に息を呑んで見下ろしていた。風がひゅうっと谷を抜け木の葉を揺らす。けれどその静けさとは対照的に、下の世界は“異様”そのものだった。
「すごい数だね……。軽く千体位はいるんじゃない?」
ユウキくんが呆然として呟く。その目は驚きよりも“不安”の色が強かった。
「あぁ。それに問題は数だけじゃない」
リヒト様の眉間に深いしわが刻まれる。
「なぜ奴らが“共に”暮らしている?」
そう、そこにいたのはオーガ、オーク、ゴブリン――本来なら捕食しあう関係の魔物たちが普通(?)に集落を作って生活していた。
「こんな数の魔物が押し寄せてきたら……王都、終わるんじゃないか?」
ミナミさんの顔は真っ青だった。
「これは、私達の手に負えませんね。帰還して先生方に報告した方が良いでしょう」
カインくんの提案に、リヒト様が頷き、指示を出す。
「よし。エリス嬢、ミナミ、マリア嬢はすぐに帰還し、先生方へ状況を伝えてくれ。私たちはここで偵察を続ける」
「でも危ないデスよ!? みんなで戻った方が……」
「大丈夫。戦闘はしないし、ヤバそうならすぐ戻るから」
ユウキくんの言葉に、マリアさんは不安げながらも頷いた。
「レオン様……ムリは、しないでくださいね」
「うん。ありがとうエリス。先生への報告、よろしくね」
「任せてください。すぐに戻ってきます!」
そう言うと、エリス達は帰還の腕輪を使いベースキャンプへと戻っていった。
「よし。では偵察を始めよう。気を抜くなよ、レオン」
――ちょっとカインくん。なんで俺だけ名指し?
* * * * * * *
数分後。
「……ヒマだ~~~」
「レオン。気を抜くなと言ったばかりだろう。まだ十分も経ってないぞ」
カインくんの鋭いツッコミが飛んでくる。
「まぁまぁ。レオンくんの気持ちもわかるよ。ずっと動かない魔物を見てるだけって飽きるよね」
ユウキくんがフォローしてくれた。
「しかし油断はできん。いつ動き出してもおかしくはないからな」
リヒト様は相変わらず真面目だ。
(うーん……見てるだけってほんとキツいなぁ……おや?)
何やら視線を感じた俺は、集落の端に目が行く。まるで結界でも張られているかのように、魔物が近寄っていかない不自然な場所だった。
「あれは……ローブを着た……人?」
そこにいたのはローブで顔を隠した数人の人影。
「どうした、レオン?」
「何かあそこに人影が……ってあれ?」
カインくんに話しかけられ、一瞬目を離したスキにそれらの人影は消えていた。
「おかしいな。何かローブ姿の人が見えた気がしたんだけど……」
「人? こんな魔物の集落にか。それで1人だったのか?」
「いや、何人かいたんだけど……う~ん。見間違いかも」
俺とカインくんの会話を聞きながらリヒト様が念押しをするように言った。
「なんにせよ、いつ魔物が集落から移動するか分からん。変化を見逃さない様にせねば」
(そうだよね。さっきの怪しい人たちも集落から出て行ったのかも……ん? 出て行く!)
そこで俺は閃いた。
(そうだ。魔物が出られないようにすれば、“見張る必要”なくなるじゃん!)
名案だ。まさに神のアイデア。
――みんなが下の集落に意識を向けている今がチャンス。
俺は魔力を練り、風の防御魔法を展開する。
「≪アウラ・カーテン≫」
透明な膜が広がり、魔物の集落を巨大な風の半円形の球体で包み込んだ。
(よし、これで完全に密閉出来たな。ふっふっふ。これでネズミ一匹逃げられまい)
『これで王都は安心! 俺って天才』なんて考えながら俺は満足げに頷いた。しかし、俺は数分後、重大なことに気づくことになる。
――あれ? 結局ヒマなままじゃん!
* * * * * * *
――Side:エリス視点
魔法陣の光がふっと消えると、私たちはベースキャンプに戻って来ていた。するとすぐにアレクシス先生が駆け寄って来てくれた。
「おかえりなさい。皆さん怪我は――おや? 他の方は?」
「せ、先生! 森で……魔物が……マリアさんが……レオン様が……!」
「落ち着けエリス。はい、深呼吸! 吸って~、吐いて~」
ミナミさんに促され深呼吸……ってそうじゃない!
「よし。落ち着いたな。後は私が説明するぞ」
私の代わりにミナミさんが森での出来事を順序良く説明してくれた。
(はぁ……私、何してんだろ。もっとちゃんと説明出来たのに……)
そんな自分が情けなくて、胸がぎゅっと痛む。
(レオン様……大丈夫かな? ……い、いや! 心配してるのはレオン様だけじゃなくて……!)
心の中で自分に言い訳してしまった。そんな私を心配するようにマリアさんが覗き込む。
「エリス、大丈夫デスか? 顔が赤いデスよ?」
「だだだ大丈夫デス! ありがとうございます!」
(マリアさん……美人で、明るくて、レオン様もこういう子が……)
暗くて人見知りな自分が嫌になる。人とコミュニケーションが上手くとれず、よく男の子にはイジメられていた。そんな私を助けてくれたのが……レオン様。
(私ももっと大胆な服とか着てアピールしたらレオン様も……いやいや、私には似合わない。大体、レオン様もレオン様よ。マリアさんの恰好を見て鼻の下伸ばすなんて……)
「お~い。エリス。聞いてるか~?」
「ふぁい! き、聞いてますよ」
ミナミさんから急に話しかけられて変な声が出てしまった。
「……まあいいか。話は終わったぞ。私達はここで待機だ」
その後ろではいつの間にか集まっていた先生方にアレクシス先生が指示を出していた。
「演習は中止です。急いで合図を。先生方の半数は私と森へ、他はここで待機してください。リュミナ先生は王都へ戻り、騎士団に要請を!」
「いえ、先生。王都への連絡は先生の方が適任かと。現場には魔法が使える私が行きます」
アレクシス先生は少し悩んだが決断を下した。
「解りました。なるべく早く騎士団を連れて戻ってきます。ムリはしないように。危ないと判断したら生徒たちを連れてすぐに避難してください」
そう言うと、アレクシス先生は馬にまたがり、王都へと向かった。
「あの、リュミナ先生! 私も一緒に――!」
「だめです。危険ですから」
当然の答え。しかし私は退かなかった。
「先生……これ、止めても勝手についてきますよ」
ミナミさんが肩をすくめて援護してくれる。
「……はぁ。分かりました。ただし無茶はしないこと。出発します!」
リュミナ先生の後に続いて、私達も森へと進んでいく。
「ミナミさん。ありがとうございます」
私がお礼を言うと、ミナミさんは珍しく照れていた。
「エリスの為だからな。そんなことより、ちゃんと私を守るんだぞ」
「はい。頑張ります」
森を駆け戻ること数時間。私たちは高台に戻ってきた。その瞬間、目に飛び込んできた光景に息を呑む。
――眼下に広がる魔物の集落は、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。




