第37話 野外演習と、森の異変
鳥のさえずりと、爽やかな朝の風が肌を撫でる。昨日のにぎやかな一日を終え、俺たちは再び広場に集合していた。今日は本格的な合同演習の日だ。
「さて、今回の野外演習ですが、まずはこちらを班ごとに配ります」
アレクシス先生が手にしていたのは、この森の地図。班ごとに一枚ずつ渡され、俺たちも受け取ると淡く光ったように感じた。
「こちらの森に、いくつかのチェックポイントを設置しました。そこで課題をクリアすると、次のポイントが地図に表示されるようになっています」
――おぉ~、これも魔道具なんだ!
「このチェックポイントをより多く回ってくることが今回の演習の内容になります」
(なんか……ボーイスカウトのレクリエーションみたいだな)
などと思っていたら、アレクシス先生がさらに続けた。
「森には魔物もいますので、もし危ないと感じたらこちらを使用してください」
次に手渡されたのは、光沢を放つ腕輪。
「“帰還の腕輪”です。魔力を流すと魔法陣が起動し、乗ればベースキャンプへ転送されます。怪我をした場合はリュミナ先生が治癒してくれますが、無理をしないようにしてください。そういった撤退の判断も今回の評価基準となりますので」
紹介されたリュミナ先生が、微笑を浮かべながら上品に手を振った。その姿に男子生徒たちがざわめく。
――うん、確かにリュミナ先生はエルフで、見た目だけは美人だ。でも中身はポンコツ……。
「バシャンッ!」
突然、俺の顔に水の塊――いや、水魔法で作られた鳥の“ピーちゃん”が突撃してきた。顔がビショビショになってしまったぞ。リュミナ先生に視線を向けると、笑顔のまま殺気を飛ばしてきた。
(あ、思考が読まれた! やるなリュミナ先生!)
「ゴホン」
アレクシス先生が軽く咳払いをして微笑む。
――すみません、先生。完全に話の腰を折りました。
「それでは、演習をスタートします。地図に最初のポイントが表示されていますので、まずはそこを目指してください。終了の合図は夕方ごろに行いますので見逃さないよう注意してくださいね。ベースキャンプへ戻ってきて終了となります」
演習開始の声が響くと、各班が地図を手に散らばっていく。俺たちも地図を覗き込んだ。赤い光点が一つ、ぽつんと光っている。
「よし。まずはこの地点だな」
リヒト様が赤く光る地点を指差した。
「チェックポイントの課題って何だろう。ワクワクするね!」
ユウキくんはめちゃくちゃ楽しそう。笑顔が眩しい。
「魔物も出るんだ。気を抜くなよ」
カインくんは相変わらずの堅実さ。ほんと頼りになるね。
「おい、私はよわよわなんだから、しっかり守れよ」
「だ、大丈夫です、ミナミさんは私が守りますから……!」
「うぅ~、エリスは優しいな~」
ミナミさんとエリスは相変わらず良いコンビである。うん、和む。
「よし、じゃあ出発!!」
「「おーー」」
こうして、淡い朝の光の中、俺たちは最初のチェックポイントへ向けて歩き出した。
* * * * * * *
開始から数時間が経ち、俺たちはいくつかのチェックポイントをクリアしてきた。最初は簡単なパズルや小さな魔物との戦闘だったが、徐々に難易度も上がってきている。そして俺たちの次の課題は《エレメント石板》。
少し離れた場所に、火・水・風・土の四属性の石板が整列している。石板はランダムに光り、点灯している間に“対応した属性魔法”を命中させるのが今回の課題だ。
「……そういえばみんなの使える属性って何? 僕は水と風だけど」
何気なく聞いたつもりだった。が……。
「ん、私は全属性使えるぞ」
リヒト様が当然のように返してきた。
「あ、俺も全属性いけるよ」
「私もだ」
ユウキくん、カインくんの追撃。立て続けに飛んできたチート発言が、俺の思考を停止させた。
「ふふん。私も全属性持ちだ。なにせ転移者だからな!」
どや顔で胸を張るミナミさん。
「え? みんな全属性なの? 全属性って普通だったっけ?」
混乱する俺の横で、エリスが控えめに手を上げた。
「えっと……わ、私は土属性しか使えません……」
「そ、そうだよね。普通は1~2属性だよね……」
「はい。むしろみなさんが特殊かと……」
(うぅ~、俺の周り、天才しかいない……!)
若干落ち込みモードに入る俺。しかしそこへ、リヒト様が柔らかい声で言った。
「まぁ、全属性使えるより、特化して鍛えた方が強い場面も多い。昨日のエリス嬢の土魔法のようにな」
――リヒト様……。自然にフォロー入れてくれるとは、さすがです!
「確かに! あれはすごかったね」
俺が言うと、エリスは耳まで真っ赤に染めて俯いた。
「よし、じゃあ誰がチャレンジしようか? 折角だから男四人でやる?」
ユウキくんの提案に、結局俺たちは男4人でチャレンジすることにした。
「あ、カイン。土属性が光ってるぞ」
「うるさいぞ、ミナミ。集中できん」
ミナミさんの声援(?)に、カインくんが「やめろ」と言いたげな鋭い視線を送った。 完全に“妨害”になってるな。
「れ、レオン様……っ。が、頑張ってください……!」
「ありがとう、エリス。任せて」
その小さな声援は、俺のやる気ゲージを一瞬で最大値にした。胸元でぎゅっと手を握りしめている仕草も反則級に可愛い。
「いいな~、カインくんもレオンくんも女の子に応援してもらって」
「こら、ユウキ。集中しろ」
「いやいや、この自然体こそが僕の強みだよ」
そんな会話の最中でも、ユウキくんの≪ウォーターボール≫が石板へ高速で飛ぶ。隣では、リヒト様の放つ≪ファイヤーボール≫が空気を灼いて通り過ぎた。
――うん、二人とも余裕だね。
俺たちは次々と魔法を撃ち込み、《エレメント石板》を無事クリアした。地図が淡く光り、新しいポイントを指し示す。
「よし。では次のポイントへ向かうぞ」
リヒト様を先頭に歩き出すと、ユウキくんが腕を組んで言った。
「それにしても……この森、魔物多くない?」
確かに俺たちは、さっきから息をつく暇もないほど魔物に襲われている。
「そう? うちの近くの森もこんなもんだよ」
気軽に返すと、リヒト様がピシャリ。
「いや、レオンの家は辺境伯領だろ。あそこの森は魔境だ。そこを基準にするな」
「あっ……そっか。そうだよね」
――王都から半日ほどの森にしては、魔物の数が多すぎるか。
「も、もしかして……何かが起こってるんでしょうか?」
不安げに呟くエリス。
(え、もしかして……≪千客万来≫さんが余計な仕事を……?)
ふと、辺りの鳥の声が止まり、風のざわめきだけが残る。——その瞬間。
「キャーッ!! 誰かーーー!!」
甲高い悲鳴が森中に響いた。
「……! こっちだ、行こう!」
一番に反応したのはユウキくんだった。彼は迷いなく駆け出す。
「おい、ちょっと待て! まったく、あいつは……」
カインくんが呆れつつもその後を追う。
「行くぞ!」
リヒト様の号令に、俺たちも同時に走り出した。
――森の奥でいったい何が起こってるんだ?




