第36話 森の狩りと、甘くて騒がしいバーベキュー
森に入ってしばらく経つが、獲物の気配はまるでない。俺たちは狩りのために森へ来ていた。
「やっぱり素人だと難しいね」
「獲物の痕跡で追うと聞くが……ふむ……」
「狩りとは大変なものだな」
適当に散開して痕跡を探すも成果はゼロ。ユウキくん、カインくん、リヒト様の三人は、すでに諦めムードだった。しかし! 俺には≪千客万来≫さんがいるのだ。そろそろ魔獣の一匹くらい寄ってきても――。
ズドォォォンッ!!
爆音のような衝撃が背中を叩き、俺の身体は木の葉のように吹き飛んだ。
「レ、レオン様ーーー!!」
エリスの悲鳴が森に響く。
(……あれ?これ前にもあったよな?)
――ふっふっふ、だが人は進化するものなのだよ。
俺は吹き飛ばされながらも空中で体勢を整え華麗に着地。もちろん風魔法の防御壁――≪アウラ・カーテン≫を展開しているので無傷だ。
反撃しようと身構えるが――俺の視界に飛び込んできたのは、無数の土の槍に貫かれた巨大な鹿型魔獣だった。しかも周囲の大地はえぐれ、槍の根元からまだ土煙が立ちのぼっている。
「これは……《ウッドホーンディア》か。でかっ……てか、もう終わってるし」
するとエリスが半泣きで駆け寄ってきた。
「レオン様……ご無事だったんですね……!」
「うん。ごめんね、心配かけて。俺は大丈夫だよ……」
「よ、良かった……本当に……もうダメかと……」
エリスの指先が、俺の袖をぎゅっと掴んだ。
――ああ、泣かせてしまった……ど、どうしよう。
「あぁ〜、えっと、そうだ……! これって誰が……?」
動揺しながら俺が聞くと、エリスがビクッとした。
「それはエリスの魔法だ。すごいだろぉ」
ミナミさんが何故かドヤ顔。
「本当にね。レオンくんが吹き飛んだと思った瞬間には、もうこうなってたよ」
ユウキくんが補足してくれた。エリスはうつむいて、小さな声で言った。
「あ、あの……レオン様は、こんな危険な魔法を使う女……怖くないですか……?」
「え? 何で? むしろすごいよ! 僕も土魔法使えたら良かったのに!」
その言葉にエリスがぱっと笑顔を取り戻した。
――よ、よかったぁ! 何か泣き止んでくれて……。
「まったく、レオン。いくらこの辺りが安全とはいえ緩みすぎだぞ」
カインくんには怒られてしまった。
「うっ……ごめん。じゃあウッドホーンディア解体しちゃおうか」
「レオンは解体もできるのか?」
「うん。辺境伯領で父上に教わったんだ」
(初めの頃は吐きまくったけど……)
俺はウッドホーンディアを水球で覆い洗浄した。
――お、既に血抜きされてる。やっぱ土魔法は便利だな。
「あ、みんなは向こう向いてた方がいいよ」
その言葉に女子2人は素直に後ろを向く。しかし男子3人は好奇心からか見学するつもりらしい。
――まぁ、きつくても吐くだけだしいいか。
水球に包まれたウッドホーンディアに向かって風魔法のかまいたちを放つ。首を落とし、魔法だけで一気に解体していく。
「全て魔法で行うとは便利だな……」
「でしょ? なんでみんなやらないんだろうね。てかリヒト様、大丈夫だったんだ。さすが」
「まぁ……耐えた」
ちなみに、ユウキくんは『いける…まだ…いける…』と震えながらも最後まで見届けてからダウン。カインくんは最初の首が落ちた瞬間に即リタイア。今も木にもたれかかっている。顔が真っ青だ。
(よし、完了っと。後は食べられない素材を埋めるだけ……あ、そうだ)
「エリス、その辺に一メートルくらい穴掘れる?」
「こ、こうですか?」
「うん、ありがとう!」
不要な内臓や素材を捨て、土で蓋をしてもらう。
「いやぁ~ほんと助かるよ。ああ、エリスがバルトル領に来てくれたら良いんだけど……」
ぽろっと本音を口にした瞬間、エリスの顔が真っ赤になった。
「おや、それはプロポーズかな?」
復活したユウキくんがニヤニヤと茶化す。
「ち、ちが……いや、その……ちょっとは……!」
自分でもなにを言っているのか分からない。顔がさらに熱くなる。
「む! エリスは私のだぞ! レオンにはやらん!」
ぎゅうっと抱きついたまま、ミナミさんは俺を威嚇してくる。そんなカオスな状態を、復活したカインくんが冷静に締めてくれた。
「ほら、バカやってないで戻るぞ。暗くなると森は危険だ」
俺たちはウッドホーンディアの肉を抱えてベースキャンプへと戻っていった。
* * * * * * *
夕暮れが森を金色に染めるころ、ベースキャンプでは炭火がぱちぱちと心地よい音を立てていた。
「ジューーー」
網の上では肉が香ばしく焼け、溶けた脂が落ちるたびに炎が小さく跳ねた。森の風が煙を運び、食欲を刺激するようないい匂いがあたりに充満する。
「ほら、肉だけじゃなくて野菜も食べなきゃ!」
俺は、ちょうど食べ頃に焼けた玉ねぎをリヒト様の皿へぽんっと乗せる。
「む、しかし玉ねぎは苦い……ん? 甘いぞ!」
一口かじったリヒト様が目を丸くした。
「でしょ? 焼いたら甘くておいしいんだよ。はい、カインくんも」
「ははは! レオンくんは俺たちのお母さんかな?」
――いやユウキくん。お母さんって!
「それにしてもレオン。料理が出来たんだな」
カインくんは玉ねぎをもぐもぐしながら言う。
「ん? まあ切って焼いてるだけだよ。あ、でも家ではお菓子とか作ってたかな……」
俺が軽く答えると、女子二人が期待を込めた瞳で見つめてくる。
「う、うん。今回もちゃんとデザート用意してるから安心して」
「「やったぁぁ!」」
エリスとミナミさんが声を揃えて喜んだ。
(めっちゃ和むわ〜)
「じゃあそろそろ。簡単だからみんなで作ろうか。まずはこれをきつね色になるまで炙って」
俺が渡したのは串に刺した白いふわふわの“マシュマロ”。
――買い出しの時に運よく見つけたんだよね。
「良い感じに焼けてきたね。そしたら次は……」
甘い匂いが漂う中、俺は袋からビスケットと――今日の目玉食材、チョコレートを取り出した。以前お世話になった王都の有名ケーキ店、〈ル・シエル・シュクレ〉のミヤジマさんに分けてもらったのだ。
「焼いたマシュマロとチョコをビスケットで挟んで……はい、完成!」
出来上がったのは、バーベキューでは王道スイーツ――“スモア”だ。完成したスモアを一口かじったエリスの表情が、ふにゃぁぁっと崩れた。
「はわぁ……甘くて……幸せです……!」
「おっ!? うまいぞレオン! なんだこの食べ物は!」
ミナミさんも頬を押さえながら悶えている。ユウキくんも、もぐもぐしながら驚いたように言った。
「本当においしいね。マシュマロは焼いて食べた事あったけど、これは初めてだよ」
「よし、もっと作るぞ!」
「今度はもう少し焦がしてみましょうか」
リヒト様とカインくんはすっかりハマったらしく、楽しそうにおかわりを準備している。エリスはというと、少し潤んだ目で、もじもじしながら俺の袖を引っ張った。
「れ、レオン様……その……もう一つ、作ってくれますか……?」
「……! もちろん。いくらでも作るよ」
――何その仕草! そんな風に袖を引っ張られたら……反則だって!
嬉しそうに微笑むエリス。その笑顔につられて、気づけば俺も笑顔になっていた。こうして賑やかな一日目は、ゆっくりと、心地よい余韻の中で終わっていく。
同時刻――森の奥深くでは……。
「ここは……ドコ……?」
――この夜の静けさの裏で、“何か”がゆっくりと動き始めていたことを俺たちはまだ知らなかった。




