第35話 浮かぶ!? 謎の馬車と野外演習
野外演習当日。朝の空気がひんやりと気持ちいい。学院裏手の広場には、すでに他の班も集まり始めていて、そこかしこでにぎやかな声が聞こえる。俺たちも予定通り、学院裏手の広場に集合した。しかし、そこで目にしたのは想定外の光景だった。
「それで、ミナミ。これはなんだ?」
リヒト様が眉をひそめながら、目の前の“物体”を見つめている。
「え? 馬車だけど」
ミナミさんが胸を張って堂々と言い切った。
確かに、形だけなら馬車だ。ただし――車輪がない。馬もいない。四角い箱がぽつんと置いてあるだけだ。
「いや、どこが! ただの箱じゃん!」
思わず俺がツッコむと、ミナミさんは不敵に笑った。
「ふっふっふ。甘いぞレオン。これは魔道具だ。いいか、よく見てろよ……」
そう言うとミナミさんは箱の中へ乗り込み、何かのスイッチを押した。
「――ブォンッ」
「う、浮いた!」
ユウキくんが驚きの声を上げる。
箱……いや“馬車”が、ふわりと地面から一メートルほど浮き上がったのだ。
「ほう……また妙なものを作ったな。それで、何故馬がいないんだ?」
カインくんが呆れたような、でも少し感心しているような顔で尋ねる。
「え? レオンが引けばいいじゃん」
「何で僕が!?」
思わず叫ぶと、ミナミさんは驚いた顔で首をかしげた。
「いやいや、レオン。お前、王子様や勇者様に馬車引かせるつもりか? 勇気あるなぁ~」
「じゃ、じゃあカインくんでも……」
「おい! 私だって公爵家の人間だぞ!」
「ぐぬっ……確かに。てか僕だって辺境伯家の長男なんだけど!?」
俺が食い下がると、ミナミさんは更にドン引き。
「ってことは、この場だと身分が下なのって……私かエリス……? うわぁ、女の子に引かせるとか、ないわぁ~」
するとエリスが、胸の前で小さく手を握って言った。
「あ、あの! わ、私、頑張ってみます!」
「わ~、大丈夫だよ。エリスは頑張らなくていいからね!? ミナミさんが変なこと言うからエリスが本気にしちゃったじゃないか」
俺の言葉にエリスはなぜかしょんぼりした。
――なんでちょっと残念そうにしてるの!? いや、かわいいけど!
そこへ凛とした声が響いた。
「アホなことをしてないで出発するぞ。馬は私が用意した」
気づけばリヒト様が立派な駿馬を一頭、しっかりと連れてきていた。
――リヒト様……仕事が早い。
「荷物は後ろと屋根にも積めるようになっているぞ。座席は……私の隣にエリスだな。あとは好きに座れ」
指示に従い馬車に乗り込むと、内部はまるで前世のミニバンのような作りだった。前方にはミナミさんの座る運転席、その隣に助手席。後方には三人掛けの椅子が二列。運転席周りにはスイッチや計器がびっしり。
――まるでコックピットみたいだ。さすがロボットオタク。
「よし、全員乗ったな。じゃあ、出発!」
ミナミさんが嬉々としてスイッチを押すと、馬車は再びふわりと浮かび上がる。
スイーッ……
まるで水の上を滑っているような滑らかさで進みだした。
「おおっ、全然揺れない! すごい快適かも!」
ユウキくんが声をあげると、ミナミさんは満足そうに鼻を鳴らす。
「ふふん。努力したんだぞ。この馬車作ったとき、ちゃんと手綱の操作方法も練習したんだからな」
「いやちょっと待って! じゃあ最初から馬を用意して普通に走ればよかったじゃん!」
「えぇ~? レオンが引いた方が面白いじゃん」
「面白さで僕を犠牲にしないでよ!?」
そんな和やかな(?)会話をしながら、俺たちの浮遊馬車はゆっくりと演習場所へと向かっていった。
* * * * * * *
昼を少し過ぎた頃。俺たちはうっそうと茂る森の前へと到着した。森の入口に広がる草地が、二日間のベースキャンプになる。木漏れ日が葉を揺らして心地よい。
「さて、みなさんお疲れさまでした。この後は自由行動とします。合同演習は明日行いますので、しっかり準備をしておいてくださいね」
アレクシス先生が説明を続ける。
「また、この森は冒険者の方の出入りも多いので、迷惑をかけないよう十分注意するように」
注意事項も終わり、班ごとに解散となった。さっそく俺たちはテント張りに取りかかったのだが――。
「ん? これは……どうなっているのだ」
「リヒト様、恐らくこうかと……いや違うか……?」
案の定、リヒト様とカインくんは苦戦している。
「あ、レオンくん。そっちお願い」
「うん、了解。こんな感じかな?」
俺とユウキくんは手慣れたもので、さくさくと完成させていく。
「ユウキくん手慣れてるね。テント建てたことあるの?」
「前の世界で家族とよくキャンプに行ってたからね。レオンくんも慣れてるよね」
「僕は領地が森に近くて、父上達と泊まり込みで演習したことがあったから……」
あのスパルタ野営訓練を思い出す。魔物の出る森で一週間の寝食、食料はもちろん現地調達……背中が寒くなる。テントを建て終えると、夕食まで少し時間が余ってしまった。
「レオンくん。せっかくだし、森に狩りに行かない?」
「いいね! 食材は持ってきたけど、現地調達の新鮮な肉でバーベキューとか最高だよね」
ヒマだった俺は、ユウキくんの提案を即採用した。
「では私も行くかな」
「良いですね、リヒト様」
リヒト様とカインくんもノリノリだ。
「私は行かないからな。戦闘力皆無のよわよわなんだぞ」
ミナミさんが自信満々に弱さ宣言してくる。
「あ、あの……私も行っても良いですか?」
エリスが控えめに手を上げる。
「それじゃ、ミナミさんはお留守番で――」
「私一人だけ置いていく気か!? 寂しいじゃないか! エリスが行くなら私も行くぞ!」
こうして俺たちは、全員で森へ狩りに向かうことになった。
「いいか、私を絶対守るんだぞ!」
――いや怖いなら来なければいいのでは……?




