第31話 ピーちゃん爆散事件再び
初めての魔法の授業。俺たちは学園裏手の広い修練場へと集合していた。空は澄み渡り、魔法演習には最高の天気だ。端に置かれた魔力吸収の的が、入学試験の記憶を呼び起こす。生徒は皆、緊張した面持ちで、張り詰めた空気が漂っている。
「初めまして。魔法の授業を担当します、リュミナ・エルフェリアといいます」
耳の長いエルフが一歩前に出て、涼やかな声で自己紹介した。
──うん、知ってた。
そこに立っていたのは、俺の家庭教師だったリュミナ先生だった。アレクシス先生が担任だった時点で「もしかして」と思っていたが、まさか本当に学園にまで来ているとは。これも《千客万来》さんの仕事なのかな。
(いや、リュミナ先生は俺の家庭教師がなくなって無職になったからか……)
「さて、では魔法の基本から説明していきます」
リュミナ先生の授業が始まった。
「みなさんは魔法の上達に必要な“魔力の自然回復”と“魔力操作”に関してはご存じですか?」
──懐かしいな。初めて魔法を教わった時のやつだ。
俺が少し感傷に浸っていたら、先生が突然こちらを指した。
「ではレオンくん、答えてください」
「へっ、あ……はい。“魔力の自然回復”は魔素を体内に取り込み魔力を回復させることで、“魔力操作”は魔力の流れを細かく制御することです」
いきなりの指名に驚いたが、以前教わったことを思い出しながら何とか回答した。
「はい、その通りです。教えた方が優秀だったのでしょうね」
(……いや優秀って、教えたのあなたですよ。自分で言いますかそれ)
先生は俺のジト目をガン無視して、説明を続ける。
「この二つを鍛えることで魔法の精度と威力が上がっていきます」
先生は微笑を浮かべながら説明してくれる。すると周囲からは
『エルフだ……』
『綺麗……』
というどよめきが。
──分かる。先生見た目だけなら完璧美人だからね。俺も昔は騙されてたよ……。
(あの微笑は周りの声に喜んでる顔だな)
先生は周りの声に嬉しそうに頷きながら、授業を続行した。
「では実際に“魔力操作”をやってみましょう。レオンくん、こちらへ」
「は、はい」
──おっと、また俺をご指名か。久しぶりに弟子に会えたのが嬉しいからって、まったく、しょうがないなぁ~。
まんざらでもない俺はチョッと嬉しくなりながら先生の元へ。
「まず水球を出してください」
言われた通りに水球を生成。
「上空に浮かべて、頭の周囲を回転させてみてください」
(これは子供の頃に散々やったやつだから余裕)
するすると水球が軌道を描く。
「良いですね。では今度は水球を……蝶々の形にしてみましょうか。こんな感じです」
先生は手元の水球を変形させ蝶を羽ばたかせた。水球がふわりと光をまとい、蝶の羽の形へと滑らかに変わっていく。
──ん?それは俺の魔法では?
疑問は浮かんだが、とりあえず俺は言われた通り形を作ることにした。すると先生からアドバイスが。
「レオンくん、いきなり動かさず形を作ってからの方がやりやすいですよ。こんな感じで――」
――!
それは俺がリュミナ先生に《アクア・パピリオ》のやり方を説明したときの言葉そのままだった。
――まさかこの先生、さも《アクア・パピリオ》を今考えて、俺に教えてくれてる感を出そうとしてる? 俺を指名したのもそのためか!
(くそぉ~……! 俺の胸きゅん返せ!?)
俺は小声で先生に詰め寄った。
『先生、これ《アクア・パピリオ》ですよね』
リュミナ先生は頬を染め、耳先までピンと立てて視線をそらした。
『ち、ちが……。い、いいじゃないですか。レオン様は私の弟子なんですから、ちょっとくらい師匠の私にカッコつけさせてくれても……』
(かわいいなおい)
――昔は俺もこんな顔に騙されてたんだよな……いや、今もか!
ため息をつきつつ、俺は観念したように言った。
『……はぁ。まぁ、いいですけど。貸しですよ』
俺がそう答えると満面の笑みでリュミナ先生が言った。
『ふふ、ありがとうございますレオン様。私は本当に弟子に愛されてますね』
――うぐっ! その笑顔は反則だぞ。まったくこの残念エルフ師匠は、しょうがないんだから……。
なんだかんだでリュミナ先生には甘い俺であった。しかし、ここからが良くなかった。調子に乗った先生はさらに続けた。
「このように変形させ動かすことで魔力操作は更に上達します。そして鍛錬すれば、こんなことも――」
先生は蝶から鳥の形へ変形させる。水の鳥が翼を広げ、細かな水滴を散らしながら形作られていく。それは俺の魔法。
――おっと、まずいぞリュミナ先生。その魔法はリヒト様がみたことある…… 。
案の定、後方から声が飛んだ。
「おや? それはレオンの魔法……」
リヒト様の言葉が終わる前に──
ズバァン!!
「ぶっ……!?」
水の鳥がリヒト様の顔面に直撃。水飛沫が派手に散り、リヒト様がぐらりとよろめいた。
「あっ、しまっ……いゃ〜!!ピーちゃん!!!」
(いゃ~って、リュミナ先生、自分でやっておいて)
――それよりリヒト様の心配をしようよ。
水飛沫が落ち着き、場に残ったのは気まずい沈黙――と、ずぶ濡れになったリヒト様だけだった。
「ひゃっ……ち、違うんです、これは事故でして……いや、耳が滑ったと言いますか……えっと、大丈夫ですか、リヒトくん」
テンパりながらも、なんとかリュミナ先生がリヒト様を気遣っている。そんな先生にリヒト様は水滴を払いながら笑顔で答えた。
「……えぇ、問題ないですよ、リュミナ先生」
(さすがリヒト様。メチャクチャな先生の言い訳に笑顔で答えてる。人格者だ)
そんなリュミナ先生たちを見て、周りの生徒たちはざわざわと騒ぎ始めた。
『リュミナ先生ってあんなすごい魔法使えるのか?』
『さすがエルフ……!』
『リュミナ先生に教えてもらったら私もあんな魔法が?』
リュミナ先生はというと、胸を張って満足げに頷いている。
――完全に調子に乗った顔だな。
こうして俺の初めての魔法授業は、先生の威厳と濡れた王子を残して幕を閉じた。
――先が思いやられる。でも、まぁ……退屈だけはしなさそうだ。




